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青い焔がろうそくの上に灯り、暗い部屋を明るくしている。僕は気が付いたら“太陽月混合型魔法陣”の中央にいた。

 瞬きしたほんの一瞬。確か僕は友人のほたると偶然道で出会い、喋っていたはずだ。どちらが夢なのかわからないけど……。

「はえっ?」

 急激すぎて頭が思考を停止させ、言葉が漏れる。口元には変な笑いができていて、人間驚きすぎたら自己防衛のために笑うというのは本当なんだなとどうでもいいことを思い出す。

「ここ……、う、うん?えっ、はぁ!?」

 いやいやいやいやいや!?

 えっ、どこよここ!?日本、日本でいいわけ?Is it Japan here?

 なにが起こったの!?まばたきしたほんの一瞬の隙にクロロホルムでも嗅がされて誘拐されたわけ?こんな20歳の男の大学生を?いや、無いでしょ。聞いたこと無いよ。きゃー、恥ずかしいってそういうのいいから。

 辺りをキョロキョロと見回してみる。なにがなんだかわからない。

 そんなことをしていると後ろから気配を感じ後ろを振り向く。

「ふむ、召喚は成功したの」

 そう言って僕を見下ろしたのは、黒い服をまとい、視線を鋭くさせ、ニヒルに笑う……幼女がいた。

「状況の理解ができてないようじゃな」

「えっとー」

「なんじゃ?」

「キミ、ここどこかわかるー?お父さんかお母さん近くにいたら教えてほしいんだけど」

「なっ、なっ……」

「あっ、僕は篠崎しのざき健也けんやっていうんだけど、気が付いたらここにいたんだー。怖い人じゃないから、ね?」

「わ、私を、子ども扱いしよって」

 なんか、プルプル震える幼女。見た目7歳ぐらいなのにお喋り達者だなぁ。おばあちゃんかおじいちゃんっ子なのかな?いや、確か広島弁もじゃって使うっけ。というか、綺麗な金髪なのに日本語操れるんだ……。ハーフ、でもないだろうし。もしかしたら日本に出稼ぎに来てそのまま居ついた感じの子かな?

「お前は―――」

「魔王様、落ち着いてください」

「ぬ、ぬぅぅ」

 唐突に声を張り上げようとした幼女を、若い女性が止めに入る。お母さんかなぁ……。にしては、若すぎるから、年の離れたお姉さんとか?

「突然お呼び出しご混乱のことでしょう。私は魔王様の側近をしております、アニエス・エロー。アニエスとお呼びくださいませ、健也様」

「は、はぁ」

 アニエスと名乗った彼女は幼女と同じく金髪で、透き通った髪をしている。見惚れそうなほど綺麗だ。というか、僕の名前は……名乗った時近くにいたのかな。それに、魔王っていったい。

「健也様、ここはインフニと呼ばれる世界です」

「イン……フニ?」

「健也様のおられた世界―――私どもがアスガルと呼んでいる世界とは別次元にある、並行世界。健也様は私達どもの儀式によってこちらの世界にお呼び致したのです」

「えっと……。悪い冗談か、なにかですか?」

「いえいえ。本当ですよ。証拠といたしまして……。小さな灯火キャンドルミニ

「うわっ」

 アニエスさんが右手を出すと、その手のひらの上にこの部屋を囲むろうそくの火のような青い焔が表れる。

「魔力を用いて炎を生成いたしました」

「マジック?」

「種も仕掛けも、ございません」

「まだ理解できておらぬのか。本当にこの者を勇者として連れてきてよかったのか?」

「私の目に狂いがなければ間違いありません」

「いや、あの……。えっと」

 わけがわからない。う~ん。

「つまりつまり」

「はい」

「なんだ?」

「僕は普通に暮らして大学から下校していたと」

「はい」

「そしてあなたたちが、なんらかの理由で僕の住んでいた世界―――えっとアスガル?から人を召喚しようとしたと」

「うむ」

「そしてそして、その召喚しようとした人が僕だったと」

「その通りです」

「そしてこの世界は魔力、というものがあると」

「それ以外も存在しとるがな」

「そしてそしてそして、僕は勇者と呼ばれて現在に至ると」

「はい」

「そうだ」

「へー……」

 納得。そして。

「いやいやいやいや!?無理だよ、返して!家に返して!大学もあるし、そもそも勇者って勇者だよね!あの勇者だよね!戦えないよ!勝てるわけないじゃないか!」

 状況の理解……を、完全にしたわけではないが、とにかく大変なことに巻き込まれていることは理解できた。喧嘩はしたことあっても、暴力を使ったものはしてこなかったし、体育で一番嫌いな授業は武道な僕には戦闘のイロハも知らない。そういったアニメや漫画も見てこなかったし。

「大丈夫ですよ、健也様なら」

「いや、無理だって!だいたい僕は君たちみたいに魔力?とかいうのもないし!」

「それがあるんですよ」

「そう、ないんですから無理なものは無理……今なんて?」

「あるんですよ、健也様には魔力やら戦闘術やらが」

「……うそでしょ?」

 ポカンとアニエスさんを見上げる。幼女こと、魔王は飽きたように少し離れた所で床に座り込み「説明たのむぞ」と言ってあくびをしていた。

「健也様は記憶にはいくつか種類があることを御存知でしょうか?」

「短期記憶とか、長期記憶とか、ですか?」

「それもございますが……、たとえば記憶喪失は多くの場合思い出を失っても、ボールペンの使い方を覚えてることがほとんどですよね?」

「あぁ、そうですね」

 といっても、記憶喪失なんかアニメやドラマの世界でしか見たことは無いが。ただ、心因性の記憶喪失の原因として過去のショックな出来事から、そのエピソードを封印するというものがあるというのは聞いたことがある。その場合はそのエピソードが悪なわけで、基礎的な知識はいいのだから保持したままということになる。もちろん場合によって異なるらしいけど。

「それで?」

 唐突な記憶講座はなにがいいたいのだろうか?まさか勇者として働くにはまず、脳科学やら心理学の勉強をしなければならないわけではあるまい。そもそも勇者になんかなりたくないし。

「健也様は勇者として召喚された時点ですでに、魔法などの記憶が根付いているのです。ですので、なぜ知っているのかを知らなくとも、魔力について少し考えてみれば自然と知識があふれ出すことでしょう。その知識に従って白魔法を使ってみてください」

「そんなバカな……」

 口ではそう呟くがなんとなく魔力と白魔法について考えてみる……。

「っ!?」

 頭に起こされる複雑な術式の数々。魔法形態と、それに付属する世界の在り方を一時的に捻じ曲げる数字達。口から自然とこぼれる言葉。

輝きの星シャイン

 その瞬間、手のひらにぼおっとした白い光が表れ、室内を明るく照らす。蒼い焔のろうそくや”太陽月混合型魔法陣”が一面に現れる。

 ……あれ?どうして僕はこの魔法陣が“太陽月型魔法陣”ということを知っているのであろうか?魔法陣なんて初めて見ることはそうだし、そもそも魔法陣に名前があることをどうして僕は知っているのか。どこでその知識を手に入れたのか……。

「おわかりいただけましたか?」

「頭の中に知らない単語が……。いや、知らないはずの単語がよく理解されて知っています」

「それは魔法を使うのに必要なことなのです。急激に色々与えれば頭の情報処理が追いつかなくなる可能性があるため、勇者様には魔力について、妖力についての知識、そして戦闘技術についてのみ植え込んでおります」

「そうなんです……か」

「あっ、無理はなさらず、ゆっくり思い出してくださいね」

「は、はい」

 とはいってもすでに魔力についての記憶は頭の中に根付いた。

 魔力。体力などと同じく具体的な数値として可視化することができない未知の力。体力と同じく著しい消費は体に異常をきたすが、休めば自然と回復する。ただし、体力とは違い年代とともに衰えず、むしろ質の濃いものなっていくのが特徴。

 根付いた記憶を理解するために反芻させる。塾の先生が言っていた暗記をすると理解をするが違うということの意味がよく分かった。

「まるで、誰か別の人が僕の中にいるみたいだ」

「その表現は当たらずも遠からずですね。ともかく、謙也様は勇者としては十二分な力をお持ちになっているわけでございます」

「……というかですね」

「はい?」

「あの、魔王さんがいらっしゃるということは、ここは」

「魔国です」

「僕たちの世界の常識では、魔王を倒すために人間が勇者を生み出すんですけど」

 ずっと引っかかっていた疑問をぶつける。

「あぁ、それは」

 アニエスさんが説明を始めようとしたその時。

 ギュルルルゥ。

 場違いな音が僕のお腹から響く。

「あっ」

 思わずお腹を抑える。大学からの帰宅途中。お腹が空いていたのだが驚きや戸惑いで今まで腹の事を忘れていた。意識すると猛烈に空腹を感じる。

「あぁ、そうですね。では、謙也様。お食事にいたしましょう。魔王様も先にお食事にいたしましょう」

「うむ。了解した」

 威厳たっぷりにうなづいてるんでだろう魔王さん。というか、見た目で判断するなら魔王ちゃんはのそのそと立ち上がる。

「では、謙也様。どうぞ、こちらに」

「はい」

 アニエスさんにつられるがまま僕はこの部屋か出た。




 フランス料理のような豪華さ。中華料理のような温かみ。和食のような清潔感。ホテルで並べられるような素晴らしい匂いを発する料理の数々がテーブルに並ぶ。

「おおぉ」

 自然と口から声が漏れる。

 おそらく食堂と思われるこの部屋に通じる道のりや、この部屋そのものは想像に反して質素な造りだった。もっと煌びやかで豪奢なものを想像していただけに拍子抜けだったのだが、それと反比例するかのように並べられた料理は一流ホテルに負けずとも劣らないものたち。そのアンバランスな感じが心をくすぐり、ますます料理が美しく綺麗なものに感じる。

「ふむ、今日は豪華だな」

「はい、謙也様がいらっしゃっいましたので豪勢にしてみました」

「その……すごいですね」

「お気になさらずに。さあ、お食べになってくださいませ」

「は、はぁ」

 と言われても慣れないフォークとナイフ。生粋の日本人で、あまりこんなものを使ってこなかった僕にしてみれば未知との遭遇といっても過言ではなかった。

見様見真似で肉を切ってみる。

 スゥーっとナイフが入り、ミディアムな焼き加減の柔らかな肉にフォークを突き刺し口に運ぶ。

豊満な香りと肉汁がジュワッと口に溢れる。

「美味しい」

 それ以外で形容できる言葉などなく、ただただ美味。すごい。

「お気に召されたようで嬉しく思います」

「あっ、はい。専属のシェフさんでもいらっしゃるんですか?」

「いいえ。これは私が作りました」

「えっ?」

 固まる僕。この料理の数々を一人で?そもそもさっきまで僕と話していたのに。

影渡りの一人歩きドッペルゲンガーを持ち入りましたので正確には私数人で作ったのです」

「ドッペル……ああ、なるほど」

 影渡りの一人歩きドッペルゲンガー。それについて考えた瞬間に脳内に術式とこの白魔法の効果がわかる。簡単に言えば分身の術というわけか。いや、それにしてもすごい技術だと思うけど。

「にしても、こんな豪華なものを。さすがは魔王さんですね」

「私もこのような豪華なものは久しぶりじゃ」

「えっ?」

 肉を上品そうに食べようとして失敗しているまるで子どもみたいだ。まあ、見た目幼女だから年相応だけど、そんな姿で魔王さんはいう。というか、ものすごく犬歯が鋭く長いのが見える。

「はい。もちろん、普段の料理も上流家庭並みの食事ではございます」

 ……だが、それは逆に言えば魔国を総べる王(であると思われる)魔王は魔国で一番の料理を食べているわけではないということだ。先ほど感じた、ただっぴろいだけで豪華絢爛な装飾品がないことから妙なアンバラス差を感じさせることにもつながるような違和感。

「そのことじゃ」

「えっ?」

「我らがお主を呼んだ理由じゃ」

「…………?」

 どうもつかめず黙ってしまう。すると助け舟のように、そばで控えていたアニエスさんが口を開く。

「健也様、元来魔国は土地が痩せており作物が育ちにくい場所となっております。また、魔国が包む空気が家畜動物に合わないようで繁殖を苦手としているのです」

「……それじゃあ、この料理は」

「もちろん、なんとか料理をつくり枯れることはございません。繁殖が難しいと言えど不可能ではありませんから。人間国との貿易もありましたから」

「ありました?」

 その過去形の言葉がひっかかる。あったというのはすでに終了していることを表している。

「先代の魔王様が早くにお亡くなりになり、今代の魔王として就任されました、ファニー・エル・ブレーズ様になってから、人間側が一方的に貿易を絞り、魔国の土地を奪おうとしてきたのです」

「ひどい……」

「恐らく、15という若さがゆえになめているのでしょう」

「へ~……15!?」

 そんなことは大切でないということは重々承知しているが、それでも驚いてしまう。見た目完全7歳ぐらいの幼女だし!

「なんじゃ」

 ムスッとした表情で肉を頬張る魔王さんことファニーさん。というかファニーちゃん。

「因みに魔王という役職を持つ者は、その素質から通常より寿命が長く、我々で換算いたしますと10歳ぐらいとなります」

「そ、そうなんですか」

 それでも年の割に見た目が幼いように思うのだが……。

「コホン、続けてもよろしいでしょうか?」

「あっ、はい」

 空気を入れ替えるように咳をするアニエスさん。ファニーちゃんはいまだにムスッとしたままだ。

「ですので、健也様」

「はい」

「勇者として、絶対的な力を持ち、人間の侵攻を抑えこむためにも対談にこぎつけてほしいのです」

「対談だけでしたら、こちらから呼びかけたらいいのでは?」

「恐らく反応してもらえないでしょう。ですから、脅しのような形で、勇者様が人間国に入り込むことで……相手にとって少しでも不利な状況を作ろうということです」

「……ですが、僕にそんなことができるとは」

「健也様ならできます。魔力も妖力も操れ、そして身体能力もある、健也様なら」

「ま、待ってください!僕体育での成績も平凡ですよ!」

「いえ、勇者として召喚された時点で、貴方には大きな力を持っているのです。自分を信じれば大きな力が手に入ります」

「まさか……」

 そう口の中でこぼしてみるが。あふれ出る僕の中の魔法の知識がそれの認識を疎外する。それに先ほどからちょくちょくと出ている妖力という言葉も、不思議と違和感を感じずにストンと入ってくる。まだ、思い出そうとしていないからか、それがどのような力なのかは不明。だけどもなんとなくそういうものが存在していることはわかる。

「だけど……」

「健也様」

 真の通った凛とした声。

「健也様には縁もゆかりもないこの国です。ですけど、ぜひとも我々を助けてください。お願いします」

「…………」

 だけど、僕にそんな力が本当にあるのか。そもそもどうして僕なのか。

「勇者」

「えっ?あぁ、僕か。えっと?」

「お前に自信をつけさせてやる。アニエス、カーラに連絡を入れろ。手合せすれば力がよくわかるだろう」

「かしこまりました。健也様はお食事をお続けくださいませ。その後少しおつきあい申し上げます」

「……わかり、ました」

 そういってアニエスさんは去っていく。よくわからないこの世界に一抹の不安を感じさせつつ、口に含んだ野菜は、苦味がきいていてチクリとした。

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