エピローグ
がんばりません勝つまでは
「このくそったれ」つぶやいたのが彼女。その傍らにいるのが私。
彼女の立つは戦場であり私は彼女の手中にある。
彼女の姿はとても美しいそうだが私は人間の美醜など、いつからか判断したくなくなってしまった。
城から見える夕暮れは非常に美しかった。
どこまでも続く空の先に浮かぶ恒星は、遥か遠い記憶にある太陽と瓜二つである。
私はきっともう二度と故郷の地へ行くことはない。
あの頃は
「爆発しろ」
なんて口癖のようにつぶやいていたが寂しくないと言えば嘘になる。
私の帰りを待つ人などはいるはずもないが、太陽と月だけはきっと少しは待っていてくれるのではないか。
彼女にとってここはもはや戦場である。
小国アスキューの将校たる彼女は私を強く握り占めている。
その小さな手の平の汗を拭うことが出来ないことだけが少しだけ惜しい。
周囲の強国に長年脅かされてきた我が小国はとうとうアイザック帝国の領土侵犯を許してしまっていた。
戦場へ来たのではない。戦場がここに来たのだ。
彼女はきっと「大丈夫」だなんて思っているだろう。
その通り大丈夫なのだ。私がいるのだ。
男が叫んだ。全体を鼓舞するためだろう。
「我々は数多の英雄を失った。しかしまだ諦めることは許されぬ。
亡き友達の意思を無駄にしてはならぬ。自由と平和を希求する我がアスキューが滅んだその時は
この世界から人々の笑顔が消えるときであろう。
小さな国々の叫びを思い出せ。その叫びこそが我々の力となるのだ。
そして我々には神剣を握るハナがいる。我らが女神たる彼女は今も笑っているのだ。
侵略国家の悪魔どもにその愚かさ思い知らせてやろうぞ」
彼のことは幼い頃から知っている。彼もまた私を握る候補であったのだ。
しかしいつからか鍛錬場には来なくなり目にはしなくなっていた。
私の目の届かぬ場所にいってから10年程経つが気が付けば兵達を指揮する立場に立っていた。
ハナとは兵学校の同期ににあたる彼はしかし剣術の才より学術の才があったのだろう。
彼の演説は続いている。愛国心に富んだ優等生だった。
私が故郷にいる頃には大嫌いな類の人間だった。
「爆発しろ」の対象にいつもいつも含まれていただろう。
「敬礼」若い兵士が叫ぶ。いつも目立つ位置にいる彼もまた「優秀」と呼ばれる人間なのだろう。
名前は知らぬが今では私は素直な気持ちで(頑張れ)と思える。
私は剣であるが声を出すことは出来る。
この世界の言語は故郷のものとはかなり違うが言語というものは不思議で気が付いたら理解出来るようになっていた。
私は単純に剣なので努力とは無縁なのであるがとにかく使えるようになっていた。
「いつの間にやら難しい言葉を覚えちゃって」
ハナが男に話しかけていた。
立場としては確か同等だったかと思われる。
しつこいが、私は剣なので出世レースなど興味はないがハナが第1級兵技長で男が第1級兵理長だったはずだ。
日本語に訳しているが問題はない。適当に訳しているが齟齬は生まないだろう。私はそういう存在になってしまったのだ。
「それはそうさ。互いにいくつだと思ってる」
これは彼の照れ隠しだろう。
「とにかく頼むよ。君はこの作戦の肝心要なんだから」
「この剣がでしょ」
ハナが茶化した発言をする。気が付いたら小娘も成長していたものだ。
私を始めて握ったのは15の頃だったろうか。
筋肉もなく技もない少女だった。私の重みを活かすことも出来ずにただ闇雲に振るばかりでまさか彼女が私の最後の主となるとは思わなかったくらいだ。
「そんなわけなかろう。君が振らねば私は私たり得ないさ」
久しぶりに声を出したら二人は驚き固い表情を一瞬緩ませた。
「そ、そうね。頑張りましょう。ヨーマン君。私は祖国を守るわ。命に変えてでも」
一転、ヨーマンが曇った顔をする。
「俺と俺の考える作戦くらい信じろ。誰も死なせないし、特に」
彼は目線を私に向けた。
「特に神剣を持つ君に死なれては困る」
「神剣を持つ私ね。まぁいいわ。信じているわ天才少年」
私を帯びた彼女は身長で勝る彼の肩を雄々しく叩き自室へと向かった。
ハナ達は勝つのだ。私は知っている。そしてその戦いのあと私が役目を終えることまでも。
しかしそれは終わりではない。今ではそれがわかるのだ。彼女達が紡いでいってくれるだろう。
それでこそ人間は眠れるのだ。そして私はやはり人間なのだ。
私は彼女の生まれる遥か昔からこの世界にいる。この世界に来る前はかの世界での凡百な人間だったと記憶している。
自己言及はこの程度で良いだろう。もはや私は私のことを語るべきではないのだ。
過去の私とそして記憶の君達を語ろう。私が「私」と自称するにそぐわない日々を語ろう。
そして最期に眠ろう。何しろ私は最強の剣なのだ。それくらいのことは出来るさ。