償いの歌
そうだった。君が僕に会ったのはあの日、君のお母さんが亡くなった日だ。でも、きっと覚えていないのだろう。本当は半年ほど前に一度出会っているんだ。公園で、君たちはアイスクリームを食べていた。そして、君がアイスクリームを砂地に落としてしまったのだ。泣いている君を見て、捨ててきてしまった娘を思い出した。そして、困った顔をしている君のお母さんを見て、置いてきてしまった娘の母親を思い出した。君よりも少し小さい僕の娘。戻ったくせに。彼女たちの前へ歩み出せなかった。小さな娘は、母親に抱かれながら、大きな声で泣いていた。
「岡田直哉君?」
動かなくなったお母さんが横たわる病院のベッドの前で、君も全く動かなかった。それでも、僕が声を掛けると振り返り、首を傾げて、穴の開く程僕を見つめていた。
「だれ?」
少し考えたけれど、僕はお父さんだと答えた。間違いじゃないんだ。君のお母さんがもうあと少しの命だと知った時、僕は君を育てたいって申し出たんだから。そして、妻の氏にチェックして書類を出した。
「おかあさんが、おとうさんはいないって言ってた」
「でも、一か月前に僕は君のお母さんと結婚したんだ。だから、間違いない」
きみはもちろん不審がっていた。当たり前だ。もし血が繋がっている父親だったとしても、こんなに唐突に現れた男を信じられる訳がない。それに、僕だって君のことをよく知らない。ただ、昼から動かないでそこにいるとさっき看護婦さんから聞いたところだった。
「晩飯食いに行こう」
子どもがどんなものを好むのかさっぱり見当もつかなかったので、とりあえず、ファミリーレストランへと向かった。ハンバーグやらナポリタン、カレーライスにお子様ランチ男の子用、女の子用。メニューには子供が好みそうなものがたくさん並んであった。
そこで君が頼んだのは鉄板ハンバーグだった。少し背伸びしたメニューで、豪華だと思える最上級のものだったのかもしれない。僕はそれを選んだ君が微笑ましいと思えたんだ。フォークとナイフを不器用に使い、肉汁跳ねるハンバーグと格闘する君を素直にかわいいと思えた。
まるで、子どもじゃないんだぞ、と言っているように思えた。お前に騙されたりしないんだぞって言っているように見えた。
だからだろうか。大人気ないことを僕は呟いていた。そんなこと君には関係ないことなのにね。
「僕にも子どもがいるんだ。ちょうど君くらいの。8つになる女の子なんだ」
やっと冷めたハンバーグを口に放り込んだばかりの君の目が丸くなった。そして、口の中にハンバーグを器用に入れたまま、君は僕に尋ねた。
「その子、なんて名前?」
「愛花。名前が変わってなければ、本城愛花っていうんだ」
「ふーん。愛花ちゃん。じゃあ、僕の妹なんだね。だって僕10歳だもん」
あぁ、そうか。つながりとしてはそうなるのだろう。だけど、全くの他人。彼女たちはもう僕とのつながりすらないのだ。
「本当だね」
今頃どうしているのだろう。ちゃんと食べているのだろうか。ハンバーグを頬張って、嬉しそうに笑うのだろうか。そして、ハンバーグひとつで無邪気に人を信じるような子どもなのだろうか。
そうだ、僕は君を利用して僕の罪悪感を埋めようとしていたんだ。だから、その名前はもう忘れてくれて構わない。僕はそれ以来、その話に触れないように気を付けた。
次は第一被害者のお話です。




