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この世は愛の歌で溢れている  作者: 瑞月風花


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歪んだ愛の歌

残酷描写とさせていただきました。この章だけ血がたくさん出ています。

つたない文章ですが、読んでいただければ、と思います。

 プロローグ



世の中には愛の歌が溢れている。もう心苦しくなるほどに。年を重ねても、毎年毎年新しい愛の歌を歌う。もう、息苦しくなるほどに。こんなにも簡単に。



 じゃあ、愛を歌えないわたしは一体どうなっているのだろう。体のどこかが壊れてしまっているのだろうか。それとも、元々そういう機能がなかったのだろうか。



 歪んだ深い愛の歌



 人の血は温かくて、思いのほか臭くて、粘っこく纏わり付いて、何をとっても気持ち悪いものだ。いくら体を洗っても、いくら服を着替えてもその感覚は拭えない。それは起きていても寝ていてもずっと付き纏って離れない。だけど、僕はそれだけのことをしたのだ。そのことはよく分かっている。目の前にある骸もその同じ血に塗れて路地裏の土まで付いている。これがついさっきまで生きて叫んでいたとは思えない。僕は刺さったままの出刃包丁を抜き取った。血がじんわりと服に滲み出てくるのを見て、きっとこれはまだ生物ではあるのだ、と思った。そして、僕はそのままの格好で路地を出て、誰だか知らない奴らの叫び声の中に佇んだ。これで最後。やっと終わった。



 君はとても優しくて、勘違いされやすくて、一生懸命になればなるほどに空回りをして周りに敵を作るような人だった。だから、僕はいつも心配で、よく「大丈夫かい?」と尋ねた。君は少し考えると「大丈夫」だと答えた。そう言われるとどうしてあげればいいのかが全く分からなくなって、笑うしか出来なかった。


「あんまり無理しないでね」

「うん」


君は寂しそうに笑う。大丈夫だよ。僕は君が悲しいことをちゃんと知ってるから。そう言えば良かったのかな? だけど、「そうだね、君なら大丈夫だよね」なんて強がりに付き合ったから・・・。

 

 僕は君に笑ってもらおうと時々おちょけてみたり、君に大きな花の付いたピエロの帽子を被せて君をおちょくってみたりした。君は時々怒っていたけれど、僕に付き合って笑ってくれたりした。元気になったんだと思わせようとして、元気な振りをして笑ってくれていることに安心した。僕は、そう信じたかっただけなんだ。いつか本当に元気になって大丈夫になるだろうと信じていたから。


 花が好きなわりに花粉症で、寒がりなのにスカートを穿いて、先の見えない未来を心配するくせに、先の見えない路地に入り込んで、「残念、行き止まり」と言って何ともなかったかのように引き返したりしていた君は、とても話が下手くそで、一つのことを伝えるのに何分も掛けて話していた。僕はその間暇で仕方がなくて、それをぼんやりと上の空で聞いていると、突然「さっきも言ったけど」や、「前も言ったけど」と意地悪く口調を変える。僕はすぐに謝るのだけれど、君はすぐには許してくれなくて、ずっと機嫌が悪かった。きっと僕が何度も同じ失敗をすることに怒っていたんだと思う。そして、それをうまく伝えられない自分に対しても怒っていたんだと思う。だけど、次に会うまでにはちゃんと許してくれていて、いつも通り話をし始める。だから、本当に大丈夫だと思っていたんだ。今は元気じゃなくても、いつかきっと元気になっていくんだって。


 でも、僕は君の職場のことをあまりよく知らなかった。君がどんなことで悩んでいて、どんな状況にいて、どういう風に思っているのか。君が話さなかったから。だけど、疲れているとメールの返信が滞ったり、僕に会うのを嫌がったり、ついには話をするのも嫌になったりして一ヶ月以上全く連絡が取れなかったりした。最初のうちはそれに腹を立てていたけれど、待っていれば君がいつも連絡をくれることを知って、待つことには慣れてしまった。そして、久しぶりに会うと君はいつもこう言う。


「元気だった?」


僕は「うん」とただ自分の健康だけを気にして答えていた。だから、「風邪を引いたよ」とか「変な奴がいてさ」なんて世間話のようなものをずっとしていた。君はずっと聞いていて、相槌を打ちながら笑う。だから、それでいいんだ、と思うようになって、僕は僕の話をたくさんした。君は聞き役。僕が話し役。話をしている間に君がどんどん壊れていって、戻れなくなっていっているなんて全く気付かなかった。だって、君は笑っていてくれたから。


 君が「あいつらが悪いんだ」と言うその時まで。「殺してやる」と口にするまで。

 僕は何があったのか全く知らない。だって、君が何も話さなかったから。だけど、名前は聞いていたんだ。僕だって全く成長しないわけではない。君が口を滑らせるための話術くらい、僕にもあった。それなのに、僕はそれまでずっと気付かない振りをして、使わなかったのだ。


 そして、僕は君を殺した。真っ直ぐで思い込んだら進むしか出来ない君を殺人者にはしたくなかったから。


 僕は君を一日でも綺麗なまま置いておきたくて、寝かせた後たくさんの保冷剤を傍に置いて、白雪姫のように君の周りを花で飾った。君の体温がどんどんなくなって、冷たくなっていく。でも、不思議なもので、本当に君が白雪姫のように見えてきたんだ。社会の毒というものに冒されてしまったりんごを食べた白雪姫に。


 僕はとても悲しくて、冷たくなっていく君の手をずっと握り締めながら、苦しくて後悔もした。やり直せるのなら、もう一度、あの時の中を今の僕のままやり直したいと思った。もしかしたら、君が中った毒を消し去れば・・・、なんて馬鹿な想像もした。しかし、もう、何も動かない。もう、戻れない。もう、君は動かない。もう話せない。もう笑えない・・・。「もう」がたくさんあり過ぎて、僕の目からは涙がずっと零れていた。「大丈夫だよ。君に人を殺させたりはしない。大丈夫だよ。僕が変わりに殺してあげる。僕が全部の罪を持っていってあげる。もう、苦しまないからね」

 

 君は、何も知らないまま、冷たくなっていく。大丈夫。君に悪いことは何も振りかからないからね。きっとみんな僕を恨み、憎むだろう。だけど、君を恨む者も憎む者もいない。だから、僕は奴らをこの世から消したことを後悔はしていない。奴らは君を壊していった報いを受けただけだ。ただ、奴らの家族や、奴らの近しい者達は、また僕と同じ思いで僕を恨み憎み、僕を殺したいと願うんだ。きっと。


 もし、君が本当に白雪姫ならば、毒りんごはただ喉に引っかかっているだけで、生き返るんだ。僕が王子様でなくても構わない。

僕はそれをどこかで望んでいたんだと思う。どうしようもない事をどうにかしたくて。



 今日未明。世間を騒がせていた連続殺人事件の犯人が自首しました。容疑者である男は「人を殺してみたかった」と供述しています。最初の犠牲者になったのは男の交際相手である女性で、犠牲者は合計四人になります。二人目の犠牲者からはその残忍さで世間を震撼させるほどでした。犠牲者達は最初の女性の携帯電話から見つけた名前から無作為に選ばれて、呼び出していったということです。男をよく知る関係者は「物静かでそんなことをするような奴には見えなかった」と語っています。会社での評判もよく人当たりもよく、誰にでも親切にしてくれる好青年だったようです。


 そして、コメンテーターがそれぞれの意見と誰にでも言えそうな意見とを交わし始める。



「全く恐ろしい世の中だわね。あなたも気を付けなさいよ。あら、近くじゃない。本当に変な男に騙されたら大変だわ。気を付けなさいよ」

「放っておいてよ」

母と娘はテレビの前で日常の会話をする。



次章はテレビの前の母の話です。

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