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Dominator  作者: 秋刀魚3号
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file:9

遅くなりました。申し訳ございません。

シュヴァルツヴァルトはドイツ語で黒森を表す言葉だが、AEEの特殊工作員には黒森の何処かにある機密拘置所の名前として広く知られていた。

辺りに生い茂った森は方向感覚を喪失させ、樹木や地面に埋め込まれた装置から発せられる妨害電波は、地下数百メートルにある拘置所を完全に隠蔽する。一つしか無いエントランスにはいくつものセキュリティシステムが施されており、予め登録された識別IDを持たなければ、例えAEE加盟国首相であっても無人兵器が容赦なく肉塊とする。死の玄関を抜け、打ちっぱなしのコンクリートの壁に覆われた通路を歩き、不気味な音を発する(老朽化しているためだ)エレベーターに乗って地下へ行けば、そこは一本の通路を挟んでひたすらに独房が立ち並ぶフロアが一つ。

この大袈裟とも呼べる拘置所に収容されているのは、簡単に言えば、普通の刑務所では扱えない程の犯罪者、もしくは正規では到底行えない拷問を行なう必要がある人間だ。さらに言えば、公に出来ない『もの』も。

その独房前にある、ある程度の広さを持つ通路。

白人の若い男が、三人の看守に囲まれて歩いていた。

病人服のような簡易なつくりをした服だけを纏う男。拷問や刑罰の一環なのか氷点下にもなるこのフロアを素足で歩くなど想像しただけで足裏がひりつきそうだが、彼の端正な顔は眉一つ動かない。

彼は僅かに顔を傾け、独房を視界の端に収める。当然の事だが、囚われの身である彼には、厚さが1mにもなる鉄の扉を透視する技術も、道具もない。しかし男は、その檻に閉じ込められているのが「C計画」…かつて男と、その仲間たちで行ったスパイ活動の一環として打ち立てた計画によって生み出された『もの』であることを、ハッキリと分かっていた。

「弄くり足りないか、この博士様は」

視線に気付いたのか、看守の一人がニヤけながら言う。

屑が。

そう吐き捨てたくなるのをぐっと我慢し、看守の舐め回すような視線から目を逸らす。

通路をまっすぐ進むと、やがて両開きの扉の前にたどり着いた。

前の一人が、片方だけを押し開ける。扉の傍に立ったもう一人の看守が、入れ、と言った。

特に抵抗もすることなく足を動かし、看守の横を通り抜ける。扉を抜けると、音もなく扉が閉まり、辺りは暗闇に包まれる。

だが、それも一瞬の事であった。

天井に光が灯り、暗闇を影の中へ追いやる。光源は、この時代には骨董品扱いの蛍光灯だった。

そこで男は、ここがようやく医務室だという事を知った。無論、死んでも構わない囚人用の、最低限のものではあるが。

一つだけの粗末な作りをしたベッドに、ガラスの棚に乱雑に置かれた薬品の数々。その中に麻薬の名前が書かれたボトルを見つけ、男は僅かに辟易しながらベッドに腰掛けた。

数年前に捕らえられてから、久しぶりに外の空気を吸い、数百メートルも歩いた。正直疲れた、と男は思っていた。

「…聞きたいことがある」

声がしたのは、疲れに負け、思わずベッドに横たわろうとした時だった。

ガバリと起き上がると、いつの間にか、目の前には簡素なテーブルと二つのパイプ椅子が置いてあった。

二つの内一つに腰掛けているのは、ロシア系の顔立ちをした壮年の男。顔には斜めに大きく傷が走り、鋭い眼光と合わせて抜き身の刃物の様な印象を若い男に与えた。

「聞こえていないのか?それとも標準語が分からないインディアンか?」

嘲るように男が言う。唇は嘲笑の形に歪み、中から概ね白い歯が覗く。概ねというのは、前歯の一つは金の差し歯だったからだ。

「…お前は?」

「忘れたとは言わせんぞ、モール」

芝居がかった口調。モールと呼ばれた白人の男の顔が、僅かに歪む。反対に、ロシア系の男の顔は愉悦にまみれた。

「イリヤ・エフィモヴィチ・グレコフ」

白人が、血反吐を吐くように男の名前を言う。

「そうだ。お前のかつての友であり、お前達に裏切られた、希望を失った哀れな男だよ」

大げさに手を振り上げ、肩を竦めるイリヤ。それに合わせ、その肩から僅かばかりのモーター音が聞こえた。

「気になるかね?」

イリヤが言う。

「別に」

そっけなく答える。

「ふむ」

興を削がれた。

そう言わんばかりにため息をついたイリヤは、突然モールの手を取る。

「!?」

モールは反抗する。だがイリヤの左手は石の如く動かない。「無駄な抵抗はするな」と、イリヤは言った。

彼は懐から、鉄のへらを取り出した。それは慣れているとは言い難い動きでモールの指に当てがわれ…一気に爪を剥がす。

モールの顔が、痛みによって真っ赤になる。悲鳴を上げ飛び退くが、その足は虚しくも、床を激しく叩いただけだった。

逃げられない。解放されることもない。

悟ったモールは、再び自らの指に当てがわれる鉄のへらを、ただ暗い瞳で眺めていた。






和也がベトリューガーの一撃を回避した時、カエデは大して驚きはしなかった。

(流石に反応するか。ま、兄ぃのカラダを使ってるんだから、それ位してくれなきゃ困るんだけど)

出し惜しみはしない。

バシュッ!!と、プリーズラクが勢い良く飛び出す。有機的な機動で和也を取り囲み、その腕を、足を、首を、撃ち抜こうと銃口を煌めかせる。

和也は冷静に対処する。

ハミングバードを何機かプリーズラクに突っ込ませる。僅かに銃口が傾き、射出された光条はサイボーグの肌をギリギリで掠める。

(銃口補正、マイナス4からマイナス2へ。エンジン出力を最大)

カエデは頭の中でプリーズラクの機動を修正、指示を出す。

ルイスに呼びかける。

「シヴァ!」

機体名。

呼びかけに応じ、彼女はいくつもの武器を展開する。中空に浮かぶ銃身は、その照準にサイボーグを捉えると、超高速の弾丸を吐き出す。

それにも、サイボーグは動じない。

弾丸を遮るようにハミングバードを高速で移動させると、全てのハミングバードを自爆させる。それによって、実弾であるルイスの攻撃は方向を僅かに変え、サイボーグはその隙間を縫うようにして回避した。

この様にして、実に五分が経っていた。

(ここまで、やってるのに…)

何故だ。何故当たらない。

カエデは怒りで沸騰しそうな頭で、そんな事を思う。

彼女達第三世代のエイジスは、和也の駆る筈であった『烈風』の性能を一部分引き継ぐというコンセプトで開発されている。

唯一のオリジナルのエイジスである烈風が特に強大というのもあるが、彼女達も烈風に追従する程の…一部に至っては烈風以上の…性能を持つ、謂わば烈風の子供とも言える存在だ。その力は既存の兵器は勿論、只のサイボーグなど歯牙にも掛けないだろう。普通ならば。

だが、目の前の男は何故か倒せない。

カエデは引き返してきたプリーズラクをスカートに格納すると、ルイスの真横に滞空しながらサイボーグを睨む。視界の端に赤く光る文字を見ると、その目つきはますます鋭くなる。

銃身が熱くなりすぎて、粒子ビームを発射出来ないという意味の文章を確認する。それが意味するのは、彼女の最も重要な武装が使えないということであり、あの男が「逃げ回る事しか出来ない卑怯者」ということだ。少なくとも、彼女はそう考えた。

不敵に笑う、サイボーグ。その機械の塊である笑顔を見ながら、カエデはぽつりと呟く。

「…和也兄ぃを、侮辱するの?」

桐嶋和也を、騙るな。

その目で、口で、肌で、内臓で、骨で、肉で、脳で、心で、記憶で。

その、偽りだらけの穢れた生命で。

兄ぃはあんたじゃない。

兄ぃは機械じゃない。

兄ぃは卑怯者なんかじゃない。

偽物。お前は偽物。許さない。絶対に許さない。

凄まじい速度で、カエデが突進する。一度目よりも速く、左手にはナイフを、右手は拳を握りしめて。

「ふっ!」

ヘルメットの下で、一瞬息を吐き出す。スカートからプリーズラクが飛び出し、彼女の周りを動きながらサイボーグに突撃する。

サイボーグは一瞬止まった後、焦ったように身構える。その瞬間、カエデは獰猛な笑みを浮かべた。引き裂けそうな、悪魔の様な笑みを。

ダァン!!と銃声。

ルイスがプリーズラクを撃つ。爆発したプリーズラクは破片を撒き散らし、サイボーグの動きを抑える。

「防いだ、なぁ!!!」

更に二つ目、三つ目と爆発し、サイボーグを完全に縫い止める。

焦りの表情が見えるようだった。肉薄したカエデは、先ほどまで手も足も出なかったサイボーグにナイフを突き出す。

「これで…終わり!!」

赤熱したナイフを脇腹に一直線に突き出す。当たればサイボーグの動きは決定的なまでに鈍り、そこから更にプリーズラクによる特攻を食らわせ、カエデは一瞬で目の前の憎たらしい男を達磨にしただろう。

そう、当たれば。

実際には、脇腹から僅か数センチの所で刃は止められていた。ナイフの腹で攻撃を受け止めたサイボーグは、先程のカエデと同じように獰猛な笑みを浮かべる。反対にカエデは、ポカンとした、よく分からないといった顔をしていた。

ガギン、とナイフが弾かれる。余りの力にカエデは一瞬体勢を崩す。慌ててブースター出力を変更しながら立て直すが、カエデと同じく、男もその隙を見逃す程愚かではない。

逆手に持ったナイフが、吸い込まれるようにカエデの首に向かう。

「ぐっ!」

一瞬で距離を取るベトリューガー。それでも、ほんの少し切っ先が触れる。

焦りすぎたのだろうか。一時的にディスプレイにノイズが走り、風景が僅かに歪む。様々な数値も一瞬バグが起こったようにめちゃくちゃになり、そんな状況に陥った事が無いカエデは目を白黒させた。

そのまま弾かれる様に空中を滑る。可愛い妹の側まで来ると、カエデは減速しながら一直線に切られた顔を撫でる。

「…ルイス」

隣に滞空し、ルイスの赤い肩に手を置く。

彼女はバイザーなどを格納し、問いかけてくる。

「なんですか?」

「ドライブシステムを使う」

「!?」

ルイスの顔が、驚愕に彩られる。

「時間が無い。これ以上ここで足止めされれば、後の計画に支障が出るかもしれない」

「…ダメです」

カエデはその声に違和感を覚え、ルイスの顔を見る。

ルイスの青い目が、カエデを射抜く。強固な意志を感じるその瞳に、カエデは僅かに気圧される。

「理由は?」

ルイスが答える。

「不確定要素が多すぎます。そもそも、烈風の能力の劣化コピーであるドライブシステムがしっかりと起動した試しはありません。それにドライブシステムをしっかり起動したとしても、その動きや能力は個体によって差が出るかもしれません。それらを余り把握出来てない以上制御が成功するとは限りませんし、起動は余りお勧め出来ないと思います」

…成る程。

カエデは妹に若干引きながら相槌を打つ。

急に饒舌になったルイスに、カエデは未だ慣れずにいた。

兄…更には兄から生まれたエイジスについては、彼女はカリン、研究者のミカに次いで三番目に詳しい彼女。

加えて、彼女にとって…もちろんカエデにとっても、またイアンや他のきょうだいにとってもだが…兄である和也という少年は、他の何よりも優先すべき絶対的な存在である。その為、和也の事となるとタガが外れたように話し出すのだろう。

そういう所が、この金髪の少女の可愛いところではあるが。

戦闘中にも関わらず少々和んだカエデだったが、頭を軽く振るとルイスの言葉に集中し始める。

「…でも、やってみてもいいかもしれません」

ルイスがぽつりと言う。

「お兄ちゃんは実験の時、ドライブシステムの元となった能力を完璧に制御していました。その後すぐにカリンお姉ちゃんが同じ条件で実験したところ、起動はしたものの上手く制御出来なかった」

「…で、それがどうしたってのよ」

やたらと長い前置きに、つい荒い口調になってしまうカエデ。しかしルイスは気にした様子もなく、カエデの疑問に答える。

「つまり、烈風の能力は強力過ぎるんだと思います。確かに私たちエイジスを使った実験はまだ行なっていませんが、あくまで劣化コピーであるこのドライブシステムであれば、制御は難しくないかもしれません」

ですが、とルイスは続ける。

「やはり上手く制御出来ない場合、お兄ちゃんの身体を傷付ける可能性があります。いくら機械の身体であると言っても、本質は和也という私たちの兄です。もし万が一ドライブシステムを制御出来ず和也お兄ちゃんを傷付けたら、カリンお姉ちゃんや研究員さん達がどれ程怒るか…」

ふむ、とカエデは考える。

どちらにもメリットとデメリットがある。迷いに迷った結果、カエデは言う。

「ドライブシステムを起動する。ルイス、あんたはいざという時の為に撤退準備を。私が失敗しても成功しても、明けの明星は絶対目標。影響も考えて、速やかに離脱を」




無数のモニターに囲まれた部屋には、一人の少女がぽつんと立っていた。

その少女は緑色の髪をやたらと伸ばしており、その先端は床にのたうっていた。ノースリーブにミニスカの服からはスラリとした手足が伸び、右手には大振りのナイフが握られている。

さくりと、自らの左手にナイフを突き立てる。その傷口から赤い液体が流れ出ると、少女の顔は苦痛ではなく喜悦に歪んだ。誰もが見惚れるような、そんな笑顔だった。

「あは♪」

そのまま、肉を無理矢理に引き裂く。くりくりとした鳶色の瞳が白い骨を捉えると、表情はますます輝いていく。

傷を撫でながら、無邪気に…まるで子供のようにニコニコと笑っていた少女は、ふと、何かに気付いたように顔を上げる。

いつの間にか、一人の男が部屋の中にいた。モニターに照らされた肌は黒く、反対に髪は白銀。2mはあるその身長を厚手のコートに隠し、彼は少女に呼びかける。

「姉さん、どうだ?」

落ち着き払った声。その呼びかけに、少女は朗らかな声で答える。

「見れば分かるよ♪」

男は少女に近づく。片膝をつき傷口をしげしげと眺め、彼は目を見開いた。

「…生体か、成功したのか?」

「見た目はね。ヒトの体裁を保ってはいるけれど、実際は金属をお兄様の力で歪め、ヒトに見せかけてるだけ。でも進歩はあったよ、確実にね」

そこまで言うと、彼女はナイフをデスクに置く。右手を丸め左肩に打ち付けると、左腕は根元から外れ、少しだけ埃っぽい床に落ちた。

それを拾い上げた男は少女の意図を汲み取り、部屋の中央にあるテーブルに置く。少女はその間に、血のついた右手をキーボードに走らせ、二つの映像をモニターに映す。

「血液に相当する液体の拡大映像だよ」

右は見たことがある、と男は頷いた。彼女が失敗作と呼んでいた右腕内の液体だ。こちらは見かけは赤いものの赤血球や白血球、その他成分にあたる物が何一つ見当たらなかった。あの時は目の前の少女…カリンが荒れに荒れたものだと、男は懐かしく思った。

ということは、左はたった今彼女が自ら流した液体だろう、と男は考えた。

だが、その映像を見た瞬間、男はそれをにわかには信じ難かった。

「…これが、金属?」

呻くように言うと、少女がニンマリと笑みを浮かべる。

「筋繊維とかも、ヒトと比べて遜色ない出来だよ。形作る物質が普通の人体と違う、再生速度が異常に早いとかまだ問題はあるけど、烈風とお兄様の力のコピーでここまでの物を作れたのは、正直言って驚くべき事だよ。信じられない」

彼女は言いながら、モニターの電源を切る。入れ替わりに照明が部屋を光に包むと、カリンは左腕を無造作に持ち上げ、肩に引っ付けた。

何事も無かったかの様に元の場所に戻った左腕からは、もう血は流れていなかった。

「何度も言うようだけど、これはまだ金属。擬似進化の応用に過ぎないんだよね。だけどこのままシステムが進歩すれば、いずれエイジス全ての機体が、烈風と互角以上の力を手に入れられる」

はあ、と熱っぽい吐息を漏らすカリン。その無垢な顔立ちはとろけるような笑みに歪み、そのくりくりとした目は恍惚とした輝きに染まった。

「お兄様と同じ…♪お兄様と同じ…♪」

ここに異常者がいる。

男は恥も外聞もなく叫びたくなったが、ぐっと堪える。コートからミントのガムを一つ取り出し口に放り込むと、爽快感が口内を刺激する。

陰鬱な気分が僅かに軽くなった気がした。

「ところで、東京に向かった奴らは?」

「ああ、あの三人なら、今ルイスとカエデがお兄様と交戦中だよ。どうやらカエデはドライブシステムを使ってでもお兄様を回収したいらしいね」

ニッコリと、彼女は笑った。

色々と用事が重なり、約二ヶ月程お休みしていました。ブックマークをして下さってる方、ポイントを僅かにでも入れてくれた方、楽しみにしていた方に、謝罪と感謝を。

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