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考えるのは楽しいですね。
AEEの兵士が降下を開始して二時間。
和也は、目標である西ブロックへの行程の半分しか消化出来ていなかった。というのも、そこかしこにAEEの兵士、戦車や、人質となってしまった住民が存在しており、その中でも急を要するものは彼が担当していたからである。
〈和也さん、A-21を右に230m、敵歩兵複数!〉
「了解」
オペレーターの声に短く応え、ビルの間を、道路を、モノレールの線路を縦横無尽に駆け巡る。頭に送られてきた映像を確認し、ビルの屋上から飛び降りると同時に手榴弾を敵のど真ん中に放り込む。
爆発音と共に、敵の身体が吹っ飛ぶ。二人の兵士が死んだのを一瞬で確かめ、サブマシンガンを残った兵士に向かって乱射した。
「敵沈黙」
開きっぱなしの通信回線に報告してから、兵士が持っていたポーチから手榴弾や弾薬を抜き取る。
既に彼が持ってきていた武器はほとんど撃ち尽くしてしまっていた。今持っているサブマシンガンもアサルトライフルも、AEE製の武器だ。
弾薬に付けられた使用制限をハッキングで外し、全ての武器を使用可能にすると、和也は再び西ブロックを目指す。
通信が入る。
〈S-36北側のビルに敵!〉
手近なビルの窓に手を引っ掛けて止まり、ビルを観察する。
「四階に複数の熱源を発見」
呟き、腰のホルスターからナイフを抜き取る。ビルの壁を蹴り、ビルの『五階に』突っ込んだ。
ガラスの割れる音を察知し、敵が階段で登ってくる。彼らの姿が見えた瞬間、スタングレネードを投擲。怯んだ隙にナイフで首を切り、残り二人はハンドガンで処理する。
「敵、沈黙」
リロードをして、西へ。
道のりは長い。
「総員、戦闘準備」
AEEの兵士達は、その声と共に行動を開始した。
強化外骨格を纏うSES兵は、自らのロッカーから武器を取り出し身に着ける。整備兵は、無人兵器AF-27『ウォーカー』をはじめとした機動兵器の最終チェックを始める。そのいずれもが、先ほど展開された部隊と比べると異質な雰囲気を漂わせていた。
AEEが誇る機械歩兵混成部隊『オートマタ』である。
特徴は、最先端の技術を惜しげも無く使用した兵器群と、エイジスと呼ばれる兵器による圧倒的な戦闘力と、無人兵器の会話機能搭載AIを使ったデータリンクシステムによる高度な戦術だ。
そのオートマタを今回統率するのは、中学生程の金髪の少女だった。
モコモコの白い服を着た少女は、全員の準備が整う頃を見計らって、ドロップシップ機内全域に放送をかける。
「みなさ〜ん、聞いてくださ〜い」
間の抜けた、それでいて可憐な声に、全員が向き直る。
「今回のミッションは、非公式なものです。ですから、もし万が一捕虜にされたとしても救出作戦は組まれないものとお思いください」
少女が紡いだ言葉は、その小さな唇から放たれたとは思えないほど残酷なものだった。
「よって、私たちオートマタは、基本的に通常の作戦行動を支援する義務はありません。何があっても、予定通り作戦を進めてください」
分かりましたか〜?少女が言うと、彼女の『脳』に直接返ってくる〈了解〉の返事。
「私と無人兵器群のみんなは、『シヴァ』でお兄ちゃんを引きつけます。あなた達は『明けの明星』の設置をしたら、すぐに撤退して下さい」
あ、と気付いたように声を出す少女。
「忘れてました〜。もし、誰か…民間人、軍人、敵味方問わず、発見された場合は、発見者の脳髄を破壊した上、『クリーナー』を鼻から流し込むようにして下さい。今回は秘匿性が重視されるオートマタの任務の中でも特に重要な物です。私たちがAEEだと知られると、後々面倒な事になります」
言い終わると、彼女はマイクの電撃を切る。
振り返ると、ここの搭乗員であり、本来降下作戦を行うはずの兵士が、死体となって転がっていた。
「ごめんなさい、お兄ちゃんの為だから、ね?」
恍惚と微笑みながら、エイジスC-14『ルイス』は、ドロップシップに穴を開け、飛び降りる。
ルイスが、口の中で何かを呟く。その瞬間、彼女の細い腕は巨大なビーム砲とシールドを携えた赤い機械の腕になり、羊毛で出来た柔らかな服は、黒と赤の入り混じった凶悪な形のアーマーへと姿を変える。顔すらも、いくつかのカメラアイが輝く頭部ユニットとなった。その直後、兵士と兵器がドロップシップから一斉に降下を始める。他の兵士も、『変身』するかのようにその顔形を変えていく。均一のパワードスーツに覆われ兵隊の出来上がりだ。
用無しとなったドロップシップが、遠隔操作で自爆した。同時に、彼らの姿が文字通り消えた。
日が傾き始めた時、和也はようやくといった面持ちでため息をつき、その場にしゃがみ込んだ。
研究所を飛び出して、西ブロックに入るまで四時間。手当たり次第に住民を探し、全ての建物の捜索を終えるまでに五時間。
(もう東部では戦闘が起こっている)
途切れた無線。その直前に入ってきた、敵艦隊の情報。上空を通り過ぎたドロップシップから、和也はそう結論づけた。
電磁パルスの影響だろうか、通信回線は使用不可能になっていた。
「…あれを使うか」
短く呟き、いくつかの球体を懐から取り出す。見た目もサイズも、ビー玉と余り変わらないそれは、つい最近開発された新兵器だ。
「起動」
言うと、ビー玉が一斉に彼の手元を離れ、ひとりでに転がっていく。一分ほど経つと、彼の視界にビー玉はなくなった。
ビー玉の正体は、自律行動を行う監視カメラだ。電波ではなく、空気の振動を使うことにより、電磁パルスの中でも問題無く映像の送信が行える。
視界からビー玉…『サーベイランス』が消えたしばらく後、彼の顔が不快な感覚に歪む。
(この目が複数になる感覚は、中々慣れる事が出来ないな)
それでも、一分後には普通の表情に戻り、百程の映像を確認しながら通常通りの動きが出来るようにはなっていた。
流石はブレンダン博士だ、と和也が思ったところで、再び彼の表情が歪む。
「…?」
ビル屋上のサーベイランスが、何かを捉えた。ドロップシップだ。AEEのドロップシップが、一機だけで飛行しており…その僅か数秒後、大量の兵器と兵士が飛び出し、ドロップシップは自爆した。飛び出した兵器と兵士は、一瞬形が歪み、姿を消す。光学迷彩か、と和也は予想づけた。
「こちら桐嶋和也、敵部隊を迎撃する」
聞こえているかも、届いているかすらも分からない無線に一応報告をしながら、和也はその場から姿を消した。
「…この力、たまには実戦で試させてもらわなくちゃな」
ビルの中に入っていった彼は、自らの『目玉』から、壊れかけの兵器の数々を眺めていた。
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