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忘れてましたごめんなさいお詫びに焼いてください。
PRA非常警報。所属不明機が領空に侵入。
東京全域に鳴り響いた警報と同時に、迎撃戦闘機GF-43は基地を飛び立った。
「報告。爆撃機20機、兵員輸送機17機。最初の会敵で一人2機は落とさないと間に合わないぞ」
『了解』
空気を引き裂く甲高い音を携えて、24機の戦闘機は空を飛ぶ。しかし、近づく程に彼らは困惑の表情を浮かべた。
そして目標まで3kmを切った時、彼らの表情は皆一様に、呆然としていた。
「目標までもう間も無く」
通信員の報告。
「目視出来ない」
『こちらでも確認出来ません。レーダーには写っています』
「周辺を捜索しろ」
「焦ってる、焦ってる」
機械の身体を弄びながら、カエデは満足気に呟いた。彼女の耳には、無様に『存在しない』爆撃機を探しているパイロット達の戸惑いの声が聞こえている。
(イアンの奴、良くやってくれた)
今どこに居るかも分からない少年に向かって、彼女はひゅう、と口笛を吹いた。
彼女のエイジスである『ベトリューガー』は、中遠距離戦を得意とするエイジスだ。
黄色と黒の鮮やかな本体色。背中のバックパックからは電子戦用のアンテナが伸び、控えめながら補助スラスターも付いている。機動力ではイアンのロキに譲るものの、その超多角的な攻撃と手数の多さは、他のエイジスを寄せ付けない程のポテンシャルを秘めている。また、彼女には様々な後付け武装も多く、今彼女がパイロット達の会話を聞けるのは、バックパックの内部にある電子戦用装備のおかげでもあった。
イアンのエイジスは、同じく第三世代機の『ロキ』という複合迷彩システム搭載のエイジスだ。今回は、彼に戦闘機のCPUを細工してもらい、誤作動を起こさせたのである。
「…あれ?」
パイロットの中でもやけに低い声の男が指示を出している。どうやら無駄だと判断し、帰ってしまうらしい。
「仕方ないなあ…だからスクリーンコントロールも必要だって言ったのに、あの融通の利かない姉さんは…」
まあ、あの姉さんは別の事も考えてるんだろうけど、と愚痴りながら、彼女は電子戦装備を格納。代わりに取り出したのは、長大な粒子ライフルだった。
アームドスイッチ、オン。機体出力、グリーン。ダメージ量、皆無。スコープリンク、グリーン。…。
「時間稼ーぎ」
自身の目的を再確認するように呟きながら、背中の増設ブースターを吹かし、一気にマッハ0.7まで加速。慣性を無視して急停止、ライフルを構え、黒い機体をロックする。
その一瞬の後。戦闘機がコックピット、エンジンを一直線で綺麗に貫かれ、爆発した。
無線を聞くに、ようやくカエデの存在に気付いたようだ。雁首揃えてやってくる戦闘機達に、彼女は逃げるどころか突っ込んで行く。
スカートのようになっている部分から、黒いひし形の物体が射出される。カエデはそれを操り、戦闘機に向かわせる。ひし形の先端からビームが飛び出し、戦闘機の翼を、コックピットを、エンジンを食い破るように焼き切った。すぐに戦闘機の中から光が漏れ、赤い炎が吹き上がり…。
それをひし形の兵器『プリーズラク』を通して感じ取ったカエデは、推進エネルギーが残っている内に帰還命令を送る。スカートにプリーズラクを収め、彼女はHMDに『RECHARGING』の文字が踊り、自らの専売特許でもある遠隔兵器にエネルギーが充填されている事を確認すると、目線を右から左に移す。
武装選択と書かれた枠に、粒子ライフルの3Dモデルが映し出されている。それを切り替え、プリーズラクの表示にするとスカートが膨れ上がる。プリーズラクは二倍…26もの数になった。
それじゃあ、とカエデは獰猛な笑みを浮かべる。
「せいぜい足掻いて、獲物を呼んでちょうだいね!」
プリーズラクの内の半分を飛翔させたカエデは、それと共に再び獲物の群れに突っ込んだ。
警報が鳴り響いた時、和也もまた、既に研究所を飛び出ていた。
腰にはスタングレネード、手榴弾、ハンドガン、ナイフを収めたベルト。手にはサブマシンガンを持ち、背中には救命キットに携行式キャノン、弾薬を入れたバッグを背負っており、とてもじゃないが16歳の少年が持てる代物ではない。
だがCNTで補強された和也の身体は、モノレールを追い越す程の速度で走り、並走するモノレールに向かってジャンプした。
東京で稼働しているモノレールは基本的に無人運転の為、中央管理所と車両にはネットワークが繋がっている。和也はモノレールの下部に取り付くと、ネットワークにハッキングを仕掛け、即座に全てのモノレールを管理下に置く。
(爆撃機にドロップシップ…おそらくシェルターへの避難は間に合わない。迎撃戦闘機も一部が落とされているし、到着予定から逆算するとこいつの速度では乗客は助からない)
モノレールの速度を無理矢理上げ、シェルターまで高速で届けるのも考えたが…乗客の安全は保証出来ない。
そこまで考え、彼は通信回線を開く。
相手は…副所長の灯。
「灯!!!」
〈なんだい!?〉
「モノレールの乗客を救出しろと軍に通達してくれ!」
〈了解!気を付けて!!〉
回線を閉じ、和也はモノレール全ての動きを制御した。東部からやってくるであろう救出部隊になるべく近付かせるように路線を変更し、ギリギリで到着予定には間に合うようにする。
だが、情報を更新しようとした瞬間、全てのモノレールが動きを止めた。
いや、それだけではない。ビルの電気も、街灯も、信号機も、電気自体が通っていない。
〈和也君!〉
「何が起きてる?」
〈地下の発電所が全て停止した〉
「…もう、AEEの奴らは来てるのか?」
〈恐らく、もう市街地に入ってるかもしれない、和也君は西部に行ってくれ〉
「了解」
モノレールから離れ、ビルの壁に取り付く。
壁を登り、ビルの屋上にまで来ると…
「…なんでレーダーに引っかからないのか…」
呆れか、感心かと言わんばかりに、はぁ、とため息をついた和也の目には、黒い鳥のように見える恐ろしいほどの数のドロップシップと、そこから降りてくるAEEの兵士だった。