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ダメと自由と

作者: 松宮

「やばいよ……」

 駅にたどり着いたわたしは、思わずそう呟いた。

 時計を見る。現在、七時三十二分。電車が来る三分前だ。

 ここから家に帰るまで、走っても五分はかかる。往復で十分。あまりにも厳しい。

「どうしよう……」

 まさかこんな失態をするなんて。こんなことなら冷蔵庫に貼らずに、ちゃんとカバンの中に入れておけばよかった。

 対策よりも先に後悔が頭に浮かび、こんなことを考えている場合じゃない、と自分を叱る。それでも、後悔は頭から離れない。

 わたしは今日、教員免許を取るために必要な試験を受ける。それなのにわたしは、受験票を家に忘れてしまったのだ。



 1



 電車が来るまで、ついに一分を切った。隣の、さらに隣の駅の名前が点滅している。電車がそこまできている証拠だ。

 わたしは、動かなかった。寒い風の吹くホームで、電車の線路を見つめていた。

 電車が来た。たくさんの人が降り、乗り込んで行く。わたしはそのどちらにも属さず、駅のホームの、四人掛けの椅子に座りこんだ。

 電車の扉が閉まる。もう、乗れない。

 そんな当然のこと、そして本来なら慌てるべきことが、どうでもいいことのように思えた。

 絶望しているわけではない。いや、それともあれが絶望だったのか。

 わたしはすべてが無価値になるふしぎな世界のなかにただ立っていて、そこから人生を意味を見つけ出そうとしていた。

 ――そもそも、なんで試験を受けようと思っていたんだっけ。

 自分に訊く。

 ――教員免許を取りたいと思ったからでしょ?

 百点満点の回答だ。誰に言っても恥ずかしくない回答だろう。しかし、わたしは納得できない。

 ――なんで、教員免許を取りたいと思ったんだっけ?

 ――教師になりたいからでしょ。

 追い討ちに対しても、さらっと答える。教員免許を取るのは、教師になりたいから。当然のことだ。

 それでも、わたしは釈然としない。

 ――なんで、教師になりたいと思ったんだっけ?

 ――だって……。

 ――本当に教師になりたいと思っている人が、受験票なんて忘れるかなぁ?

 自分は、もう答えられない。

 沈黙する自分を見て、ふふっと笑みが漏れた。

 笑ったのはわたしだ。しかし、どの「わたし」が笑ったのかはわからない。ただその笑いは、精神を落ち着けるのに必要な動作だったようだ。

「帰ろっか」

 自分に向けてそう言い、わたしは立ちあがった。気づけば後悔はなくなっていた。

 霧に隠れていた自分の進むべき道は晴れ渡り、ずっと遠くまで見通せるようになっていた。



 2



 お母さんにはすごく怒られた。

「気が抜けてたんじゃないの」

「だからあれほど準備しておきなさいって言ったのに」

「お金を出しているのは誰だと思っているの」

 お母さんの言うことはどれも正論で、とても言い返せない。正論だから、そしてなんだかんだ言って思いきれていないから、心がずきずきする。

 親がわたし以上にショックなんだとわかるようになったころから、お母さんの叱責には逆らえない。

 「鬱陶しい」が心の痛みになったのも、そして心の痛みを「鬱陶しい」という言葉でごまかしていたことに気づいたのも、確かそのころからだ。

「ごめんなさい。次こそはちゃんと気をつけます」

 そう言うと、お母さんはもう怒らない。

 お母さんはわたしをいじめたいわけではない。わたしに八つ当たりしているわけでもない。ただ、ショックだったのだ。

「まあ、次はちゃんとがんばりなさいね」

 そう許してもらえるのは、基本的に「いい子」だったわたしのキャリアか、それともお母さんの優しさか。

 わたしは、後者だと考えている。前者だと、あまりにも自分が持てていない、と思ってしまうから。



 3



 パソコンを立ち上げ、好きな小説サイトをいくつか回った。

 いつも同じ小説を読み、いつも同じところで目熱っぽくなる。ビデオを巻き戻すように、好きなところだけを何度も読み返すこともある。

 わたしの生活も感性も、基本的に、とことんいつも通りなのだ。

 高ぶった気持ちのままSNSサイトを開き、呟きで告白する。

『試験サボっちゃった☆』

 すぐにコメントがつく。

『明日、槍が降るんじゃない?』

『どうした優等生wwww』

 みんな、わたしのことをよく知っている。でも、わたしの深みで息を潜めている「わたし」のことを知ってくれている人は、どのくらいいるだろう。

 コメントはそれっきりで、あとはいくつかの「WEB拍手」が入った。WEB拍手はコメントではない。ただ、相手の発言に共感したときや、いいと思ったときに使う機能のことだ。ボタンひとつで拍手ができる。自分の意思表示ができる、とは思わないようにしている。

 拍手した人の名前を見た。今回は3人だ。彼らは、どういうつもりなのだろう。


 たまにはサボることも大事だって、というありふれたことを言いたいの?

 ざまあみろ。本当はそう言いたいけれど、意見が直接的すぎるから、その代弁のつもりなの?

 それとも、なにも考えず条件反射的にボタンを押しただけ?


 わがままだとは思っているけれど、わたしは拍手があまり好きじゃない。拍手からは、相手の気持ちがわからないという不気味さが感じられるのだ。また、逃げられた、と思ってしまうからだと自分では解釈している。

 でも本当に逃げているのは、それをちゃんと言わないわたしなのかもしれない。

 わたしはとにかく、当たり障りのないことが仲良しと勘違いしてしまう人間なのだ。

 パソコン画面を見つめたまま考えにふけっていると、携帯電話が鳴った。わたしの、一番の親友――理沙からのメールだ。

『今日、カラオケ行かない?』

 正直なところ、そんなに行きたい気分ではない。

 当たり障りのない理由を考えようとした。

 いや、この子なら普通に行きたくない、と言っても大丈夫な気がする。

 迷う。何度も打った理由を消した。

 結局出した結論は、

『行く』

 だった。決め手になった考えは、見失ってしまってもうわからない。



 4



 ふたりで適当にマイクを回しあいながら、それぞれ好きな曲を歌った。

 わたしが歌うのは、切なくて、それでいて温かい気持ちになれる曲が多い。

 理沙が歌うのは――アニソンだ。しかも国民的アニメのオープニングなどではなく、深夜にやっているような、限られた人しか見ないようなアニメの曲だ。

 そう、理沙はいわゆるオタクなのだ。

 理沙とは小学生からの付き合いだけれど、中学校、高校は別だった。小学生のときに優秀だった理沙は、私立の中高一貫校に行ってしまったのだ。

 そして理沙は現在、日本で一二を争う学力を持つ大学の二回生だ。もちろん現役生。

 「有名だけど誰でも入れるよね」と評される大学に入ったわたしとは、まったく違う人生を送るはずの理沙だったのだけれど……。


 一回生のある日、わたしたちふたりはカラオケに行った。

 わたしがネタでアニソンを歌ったところ、画面にそのアニメの映像が流れた。理沙はそれを、食い入るように見つめていた。

 翌日、「そのアニメを徹夜で見た」というメールが来た。

 理沙はそれからアニメに目覚めてしまい――、理沙は一回生前期の単位をほとんど落とすという輝かしい業績を残した。


 わたしは思った。思ってしまった。

 理沙は、おわった。

 理沙の姿が講義中、後ろのほうの席で騒ぐ学生の姿と重なり、せっかく名門の大学に入ったのに、という憐みにも似た気持ちが吹き出たのを覚えている。

 わたしは、理沙をダメだなぁ、と思ってしまったのだ。でも本当にダメなのは、そう思ってしまう自分だ。こんなふうに自己嫌悪して、勝手に暗くなる。それが、わたしという人間だ。


 理沙の歌声が聞こえる。相変わらずうまい。少しも音程を外さない。無理して合わせているわけではなく、どこまでも自然だ。

 音楽がふいに止んだ。セリフのシーンだ。

 うわぁ。浮かんだセリフを見て、そんな感想が出た。

 これ、言うの? 理沙を見ると、理沙は真剣な表情をしてマイクを握り締めている。

『××××××××××』

『××××××××××』

『××××××××××』

『××××××××××』

 言った。聞いているこっちが恥ずかしいような、語りとしか言いようのないセリフを、堂々と言ってのけた。

 茶色に染めたセミロングを揺らしながら、キレのいい声で語る理沙。白い小顔がまったく赤くなっていないのを見て、わたしは吹き出す。馬鹿にしているのではない。これは賞賛の笑いだ。

 わたしは改めて確認した。理沙とのカラオケは、楽しい。



 5



「アニソンの持ち曲、今どれくらい?」

「うーんと、確か三百五十くらい」

 この人は、休みの日は歌う以外に何をしているんだろう。そう思いつつも、素直に尊敬している自分に気づく。

 話題が切れた。今思ったことをそのまま訊くのは憚られて、わたしは返す言葉を失ったのだ。

 なにか言おうとしたとき、理沙が口を開いた。

「そういえば、今日の試験大丈夫なの?」

「無理。受けてないから0点だね」

「いいと思うよ」

「なぜ?」

 理沙が笑う。わたしも笑った。

 特に理由がなくても笑える。相手の不幸を堂々と笑え、自分の失敗にはより笑える。わたしたちは、そういう関係なのだ。

 笑いが切れたとき、理沙がまた口を開く。

「勉強しないと」

 留年してもおかしくないギリギリの理沙が言うと、リアリティーがあってまた笑ってしまう。

「うん、卒業してね?」

「多分」

 また笑う。理沙の「多分」はその場しのぎであることが多い。それでも、理沙はギリギリなんとかなるくらいには努力する。

 言われなくても、わたしはそのことを知っている。

「帰ろっか」

「うん」

 わたしの提案に、理沙はうなずいた。清算し、ふたりで駐輪所まで歩く。

「それじゃあ」

「うん」

 自転車で、お互いとは逆のほうへと走る。

 一緒にご飯食べに行こうよ、と言いだすことはない。お互いほどよく淡泊で、相手のひとりの時間を尊重する関係なのだ。



 6


 自転車をこぎながら、理沙のことを考えた。

 理沙は、将来のことを考えているのだろうか。考えていないかな、と思う。

 それでも、じゃあ将来のことを考えるように仕向けないと、とは思わない。理沙は理沙、わたしはわたしだ。

 わたしは、理沙にはなれない。理沙のように、将来の仕事に繋がらないようなことに、本気で挑むことはできない。


 わたしは、「優等生」という巨大な信仰から逃れられないのだろう。

 多くの人が「優等生」という生活を歩み、「不良」という誘惑に汚されずに生きる。そういう宗教に、わたしは身も心も支配されていたのだ。

 教義に反して、はじめてそれを知った。自分の生きている世界もまた、結局ひとつの世界にすぎないのだと知ることができた。

 加害者はいないかもしれないけれど、わたしは優等生という宗教を、鵜呑みにしすぎたのだ。

 いないかもしれない神さまの影におびえ、自主的にではなくて、多くが進む方向に身を任せた。


 ゲームセンターの隣を通ると、いわゆる不良たちが談笑していた。

 彼らはどうなのだろう。今だけでなく、将来のことも考えているのだろうか。

 浮かんだ答えは――考えていないだろうな、だった。それでも、考えていないことが間違いじゃないんだよ、と自分に言い聞かせる。


 彼らのことをきっと世間は、ダメな連中、と思うかもしれない。

 世間――いや、わたしだってそうだ。それでも、わたしたちは、そんな彼らを内心ではうらやましいと思っているんじゃないかな。

 認める。わたしだって、サボりたい。ダメなやつ、って言われたい。怖くたって、明日のことを考えてなくたって、ブレーキの壊れた生活も送りたい。がむしゃらを、知りたいんだ。

 だからわたしは、そんな「ダメ」のことを、「自由」って呼びたいな。

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