第六話 病室
少年を思い、駆け出した少女。彼女が行き着く先には…。
誰かの言葉が頭に響く
それは夢のはずなのに
起きても色あせず、鈍い痛みを残していた
「…んだよ、アイツは…っ!」
左に固めた拳をにらんで、つぶやく。
消毒液のにおい。
白の病室。
洸一以外に人はおらず、時折看護師が行き交う足音だけが響いていた。
たった今見た夢が、鮮明によみがえる。
暗いグラウンド。
沈黙した声。
あれが自分のいたところだったのだろうか。
さらに拳を握りこみ、ついで右手に視線を移す。
「…んで…動かないんだよ…?」
捨てたいんじゃない。
あきらめたいんじゃない。
さよならを、告げたいわけじゃない。
いくらそう思っても、動かない右手がすべてを否定する。
「お前に…何が分かる…。」
きつく唇をかみ締め、声を殺して言った。
夢の中の、少女に向かって。
何故か自分に語りかける、おせっかいな女。
「…うん。私には分からないよ…。」
返事があった。
空虚に向かって言った洸一の言葉に。
「…なっ!」
一人の少女が病室の入り口に立っていた。
扉に片手を添え、荒い息をしている。
それは確かに、洸一の夢に出てきた少女。
「お前っ…どうして…。」
「やっと…みつけた。」
夢の中の少女は、小さく力のこもった声で言った。
「…っ。」
洸一は確かに起きていた。
眠ってなどいない。
握った左手に痛みすら感じる。
では、この少女は?
「今度は、いきなり消えたりしないよね?」
「え…?」
消える?
自分が?
「なに言って…。俺はまた夢を…。」
言いかけた洸一を少女がさえぎった。
「夢じゃない。洸一君は確かに、私と話してた。」
一呼吸置いて、続ける。
「私は洸一君の心と話してた。」
「こころ…?」
しっかりとうなずいて、少女は病室に足を踏み入れた。
「私はあと少し、あなたと話がしたい。」
ベッドの脇に立って、彼女は言った。
「私の名前は、沢野未月。」
彼女はそう名乗った。
それだけで、ほんの少し混乱がおさまった気がした。
それは未月が現実のものだと、教えてくれた。
夢ではなく、確かにここにいるのだと。
第六話 病室〈完〉