第五話 事実
忽然と少女の前から姿を消した少年。
少女は少年の本当の姿を知る…。
私は訊いてしまって良かったのだろうか
今となっては取り返しがつかないことだけれど…
一陣の風とともに、彼は消えた。
今度は未月の目の前で。
罵りの言葉の、断片を残して。
はじめは本当に些細な疑問だった。
けれど。
話すうちに膨らんで、確信が生まれた。
少年の後ろ姿に寂しさを感じた。
怒りの中に涙を見た。
彼を傷つけると分かっていても、言葉を重ねずにはいられなかった。
「ねぇ!今、ここに誰かいた?」
半ば放心状態だった未月を、男の声が現実に引き戻した。
「え…?誰か?」
「あんま背がでかくなくて、茶髪の男。」
目の前にいるのは、汚れたユニフォームに身を包んだ野球部員。
長身で、これでいいのかと疑いたくなるような長めの黒髪。
彼は、先程までここにいた少年のことを言っているのか。
「あー…間違いかもしれないから。いなかったんならいいんだ。」
軽く手を上げて、未月から離れていく。
「待ってください!」
思わず呼び止めてから思った。
確かにいたけれど、どこに行ったと訊かれたら?
「なに?」
ちょっとおどけたような表情で、上半身だけ振り返る。
「え…っと…。」
未月が必死に言葉を探す。
「あの…。」
「和哉!洸一のことなんか放っとけ!!あんな役立たず!」
未月の言葉を遠くからの声がさえぎった。
「…役立たず?」
思わず繰り返すと、和哉と呼ばれた男が再び金網に近づいてきた。
「ひでェこと言うよな…。別にアイツが悪いってんじゃないのに…。」
「アイツ…?」
「ああ…俺が探してたやつ。交通事故で、試合に出れなくなった。だから、あれ。」
苦笑しながら、ちらりと後ろに目をやった。
「洸一がいなきゃ勝てないって思い込んでるらしい。散々今まで頼っておいて、出れなくなったらあの態度。」
「…。」
期待されてた一年生エース。
不意にそのフレーズが頭に浮かんだ。
「そんで、なんかアイツの声がしたみたいだったから来たんだ。空耳だったみたいだけど。まあ、当然か。アイツ入院してるはずだし。」
「入院?」
「うん。」
すんなりとうなずいて、和哉はじっと未月を見た。
「君、洸一の知り合い?」
ここまで話して、いまさらそれを訊くのか。
そう思ったが、今は黙ってうなずいた。
「あの…洸一君ってどこの病院にいるんですか?」
もう一度、逢いたい。
また怒らせるかもしれないけれど、話がしたい。
気がつけば未月は両手で金網を掴み、頼み込んでいた。
第五話 事実〈完〉