第二話 白い部屋
突然未月の前から姿を消した少年。
彼が一人たたずむのは、悲しいほどに白一色の部屋。
夢を見たんだ。
何だかぼんやりとかすんだ白昼夢。
でも何故か、何度も鮮明によみがえる。
「洸一くん?寝てるの?」
明るい女の人の声で、洸一はゆっくりと目を開けた。
その瞳に映るのは、白い部屋。
壁も、机も、カーテンも調度品のほとんどが白色に統一されていた。
「そうみたい。」
ぼんやりと焦点の定まらないままに返事をする。
「座ったまま寝てたの?器用だね…。」
洸一の視界に、声の主が現れた。
全身を白衣で包み、首には聴診器をかけている。
胸に着けたプレートには叶という文字。
「ていうか、叶サン。暇なの?」
洸一は相手を胡散臭そうに見上げた。
「叶さんじゃないっ!先生と呼べ!」
「うわっ!なにす…。」
叶はいきなり洸一の髪をわっしゃわっしゃとかき回した。
見る見るうちに栗色の髪は鳥の巣と化す。
「なかなか男前よ?洸一くん。」
「…っ。」
勝ち誇ったかのように微笑む叶を、洸一はにらみ上げる。
「…ほんとに、何の用?」
左手で髪を直しながら、仏頂面のまま訊く。
「ちょっと時間が空いたからね。様子見に来たのよ。」
「やっぱり暇なんじゃん…。」
洸一は小声でつぶやいたが、叶は無視して視線を外す。
視線の先にはテーブル。ベッドと一体になり、そこに座ったままでも作業ができる。
洸一は、ベッドの上にいた。
「リハビリ頑張ってるみたいね。」
テーブルの上には、何枚もの紙。そして、スケッチブックとマジック。
紙の何枚かは、鶴や風船といった形に姿を変えていた。
「まあ、ほどほどに。」
「そう。」
叶が一枚の紙を取り上げる。
その手の中で、赤色の正方形は美しい折鶴へと姿を変えてゆく。
テーブルの上にあるものより形が整っている。
「大丈夫よ。きっと元通りに動くようになるから…。」
そう言いながら洸一の右手を取り、赤い折鶴を握らせた。
ぽとり。
洸一の手から、折鶴がこぼれ出た。
そこに、叶の姿はない。
彼女はとうに看護師に呼ばれて出て行った。
「元通り…か…。」
左手でそっと右手を掴んでみる。
感覚が、ない。
いや、少しはあった。
動かそうとすれば、何とか動く。
しかし。
意思とは関係なく、引きつる。
さしてひどくもない事故だった。
ほんの少し、バイクと接触しただけ。
けれど、洸一は右手の自由を失った。
同時に、だいすきだったものもその手を滑り落ちた。
「…。」
洸一は、視線を窓の方へと向ける。
そのすぐ下に置かれた、ローチェストの上にこげ茶色のグローブが置かれていた。
あちこち擦り切れて、ところどころに土の残るグローブ。
それを、とても愛おしそうに見つめる。
「俺にはもう、出来ないんだよな…。」
自嘲めいた微笑を浮かべ、洸一はテーブルの紙を手に取る。
表も裏も白色の折り紙。
四角く半分に折って、開く。
角を真ん中の線に合わせて折る。
同じことを、もう一回。
最初と同じところで折って、翼の部分を折り返す。
出来上がったのは、紙飛行機。
洸一は、左手にそれを持って仰向けに倒れた。
顔の上にそれをかかげたまま、静かに目を閉じる。
「さっきのは…夢だよな…。」
紙飛行機を飛ばしてみれば、自分は何故か学校の屋上にいた。
そこに、洸一が自殺すると勘違いしたお人よしの女の子がやってきた。
とても一生懸命に。息を切らせて。
さよならの理由が知りたいと、瞳がそう言っていた。
だけど、別に深い意味なんてなかった。
ただ、何もかもどうでもよくなった。
だから、『さよなら』
いつの間にか、手が勝手に動いてそう書いていた。
右手も顔の前にかかげて、再び目を開ける。
「さっきは…動いたんだけどな――…。」
窓から吹き込む風が、テーブルの上の折り紙を巻き上げた。
その紙ふぶきの中、洸一は両腕で目を覆う。
そして。
声も無く、泣いた。
第2話 白い部屋 <完>