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91.バナナはおやつですか。

 

 昼食を花と約束していたルークは青鹿の間へと飛び、目にしたものに眉を寄せた。


「何だ? それは」


 ルークの視線の先にあるのはテーブルの上に載った三つのバスケット。


「お弁当です」


 嬉しそうに答える花に、ルークは更に眉を寄せた。


「……オベントウ?」


 ユシュタールに弁当という概念はない。

 仕事などで外に出掛けることはあっても、昼食は家に戻って食べるか、食堂で済ませる。

 また、長距離の移動の際は、貴族階級の者達は料理人を同行させるし、一般庶民は現地調達で調理するか、せいぜい日持ちのする乾パンやチーズ、干し肉などをそのまま食すのだが、弁当とは意味合いが違う。


「はい。これからピクニックに行きましょう」


「ピクニック?」


 ユシュタールにはピクニックもない。

 だが花は眉を寄せたままのルークを気にすることなく、バスケットを一つ差し出した。


「自分の荷物は自分で持つのが遠足のルールなんです」


「エンソク……」


 新たに出てきた知らない単語に、ルークはそれ以上考える事は無駄だと悟り、素直に花に従う事にした。

 そんな二人の行動を周囲は驚きに満ちた表情で見るのだが、花はそれには頓着せずにもう一つをセレナに渡し、最後の一つを持ち上げた。


「申し訳ありませんが、レナードはその敷物を持って下さい」


 折り畳まれた柔らかな床敷を指して花はレナードにお願いした。


「あ? ああ」


 戸惑いながらもレナードが床敷を持つと、出発? した花とルークとセレナと、そしてレナード。

 ルークとレナードがいる為、花の護衛達はエレーンとお留守番である。



 王宮の回廊を行き交う者達は、普段姿を見せるはずのない場所に現れた皇帝に驚き(恐らくそれだけではないが)、更に花を伴っている事に驚愕しながら慌てて深く頭を下げるのだが、一行が通りすぎると、その後ろ姿を呆気にとられた様に見送った。

 だが、目聡い者達は花の右手小指の指輪に気付き、喜びと安堵に胸を撫で下ろした。

 一部の利己的な者達を除いた王宮の者達は皆、花がルークの正妃となる事を望んでいるのだ。

 そして、この事は瞬く間に王宮内に広がった。

 当然、セレナとエレーンも花の指輪にはすぐに気付いていたが、敢えて触れる事はせず、後でコッソリ二人で祝杯を挙げていたのは秘密である。


「どこに行くんだ?」


 行き先を問うルークの言葉に、花はニコニコと微笑む。


「今日はとてもお天気がいいですから、絶好の遠足日和ですね」


「……」


 ピクニックはどうなったのかと思いはしたが、ルークはもう何も言わなかった。


「本当は中庭などが良かったんですが、あそこは人目に付きやすいので、別の場所にしました」


「……」


 人目に付くとまずいらしいピクニック――いや、遠足はいったい何をするのだ、とルークは頭を悩ませていたのだが、そうこうしているうちに花の目的地に気付いた。


「月光の塔か」


「はい。あそこは大きな天窓がありますから。窓を開ければ風もよく通りますし、人目にも付かないですからうってつけの場所だと思います。ただ神聖な場所ですから少し悩みましたが、いけない事をするわけではないので、大丈夫だと思います」


「………そうか」


 なぜか返事が遅れたルークだった。



 そして到着した月光の塔、祈りの間で花はセレナと窓を開け放ち、レナードに床敷を敷いてもらうと、そこへ靴を脱いで上がり、座った。


「……」


 直接床へ座って食事をするなど貴族階級の者達にとっては有り得ないこの世界の三人は花の行動に驚いて、無言のまま花を見つめていた。


「慣れないかもしれませんが、どうぞ? セレナも」


「いえ、私は……」


 諦めたように素直に従ったルークとレナードとは違い、セレナはためらいを見せた。

 いくら床敷の上とはいえルークや花達と同じ席? に着くなどと、セレナには恐れ多いのだ。


「ダメです。お弁当は皆で囲んで食べるのが、遠足のルールなんですから」


「……ハナ様、これがエンソクと言うものなのですか?」


 早々に悟って口を閉ざしてしまったルークの代わりに、レナードが疑問を口にした。


「はい、いつもと違う場所で皆と一緒にお弁当を食べるんです」


 正しい様で、何だが微妙に違う花の遠足論に突っ込める者はこの場には残念ながらいない。


「マグノリアにも、貴族の子女達が通う学院があると聞きましたが、そこでは遠足のようなものは無かったんですか?」


 マグノリア――正確にはユシュタールにも学校はある。

 学校では、庶民達は読み書きや簡単な計算などの基本を学ぶが、幼い頃より教育係などがいる貴族の子女達は勉学の為ではなく、集団生活を学び、学友を作るという意味合いで十歳から十二歳となる子ども達が二年間、それぞれの階級の学校へと通うのだ。

 だがなぜか、花の問いにルークとレナードは遠い目をした。


「学院か……そう言えば、そんな物もあったな……」


「ええ、確かにありましたね……」


 皇子であったルークが学校へ通ったのかどうかはわからなかったので、一般的な事を訊いたつもりの花だったのだが、二人の不自然な態度に疑問が湧いた。その為、更に質問をしようとしたが、それはセレナの慌てた様な言葉に遮られた。


「あ! いえ!! こ、この様な……エンソクの様なものはなかったです!!」


「……そうなんですか? 残念ですね」


 花はそう応えると、二人を深く追求する事は諦めて、お弁当を広げる事にした。


「料理人の方達に無理を言って作ってもらったんですが、すごくおいしそうですね」


 お弁当を広げて嬉しそうに微笑む花に、一同も頷いた。

 そして、和やかに四人で食事をしていたのだが、あらかた食事が終わった頃、レナードが急に立ち上がった。


「あ! しまった!! ちょっと兵舎に用事があるんだった!!」


 するとセレナまで立ち上がり……。


「まあ、大変!! エレーンに大切な事を伝えるのを忘れておりました!!」


 と、二人は暫く側を離れる事を深く謝罪しながら去っていった。


「……」


――― レナードどころか、セレナまで……白々しさではレナードの方が何枚も上手でしたが……。


 二人を呆れて見送っていた花だったが、窓辺にとまった二羽の小鳥に気付いてそちらに目を向けた。

 季節外れの暖かい風が、花の頬を優しく撫でて柔らかな髪と戯れる。

 ルークは、花の姿があまりにも儚げに見え、今にも消えてしまいそうな恐怖に、思わず花へと手を伸ばした。

 が――


「はとポッポ」


「………は?」


 花の不可解な呟きを聞いたルークは伸ばしたその手を宙でとめた。

 しかし、何事もなかったように振り返った花は、ルークの伸ばしたままのその手に気付くと、そっと両手で包み込んで遠慮がちに微笑んだ。


「ルークは……少しは楽しめましたか?」


「――ああ」


 『はとポッポ』が何なのか疑問に思わない事はなかったが、それはひとまず(恐らく永遠に)置いて、ルークは不安そうな花の問いに頷いた。


「私もすごく楽しいです」


 ホッとしたように笑う花に、ルークも微笑み返す。

 花は微笑みながら、それでもその瞳に真剣な色を宿らせてルークを見つめた。


「ルークが楽しんでくれたのなら、私はすごくすごく嬉しいです」


「……そうか」


 ここ最近、どこかルークが緊張しているように花は感じていた。

 リコ達の来訪を控えている為ではない、何か苛立ちを含んでいるような……だから少しでもルークの気分転換になればと行動に移してみたのだが、独りよがりだったらどうしようと、少し不安だったのだ。

 だが、今度はルークがためらうような、困ったような顔で微笑んだ。


「ハナは……窮屈ではないか? ここから――王宮から出たいとは思わないか?」


「――まさか!」


 ルークの言葉に花は驚いたように声を上げたが、すぐに落ち着いて否定した。


「いいえ、全く思いません。少しもそんな風には感じないです。それに……私はずっとずっとルークの傍にいたいんです」


「ハナ……」


 心からのこの気持ちが伝わってほしい。

 そう願いながら花は微笑んで繋いだままの手を強く握ると、同じようにルークの手にも力が込められた。

 瞬間、花は引き寄せられ、気が付けば柔らかな床敷の上に寝転んでルークの顔を見上げていた。

 ルークの左手は庇うように花の後頭部に添えられている。


「あれ?」


 何が起こったのか分からず不思議そうにする花を見下ろして、ルークはニヤリと笑った。


「せっかく二人が気を利かせてくれたんだから、有効に使わないとな」


「……え?」


 まだ思考が追いついていない花の唇にルークは自らの唇を重ねた。

 ルークが優しく花の唇をなぞっていると、徐々に花の動揺した気持ちが伝わってくる。どうやら、思考が追いついたらしい。

 ルークは花からそっと離れて、真っ赤になった花を見下ろした。


「あ、ああ、あの! こ、ここは祈りの間です!!」


「そうだな」


 あっさり肯定したルークは、動揺する花に再び顔を近付けると、花の額、こめかみ、頬へと軽いキスを落としていく。


「ルーク!!」


 うろたえる花の頬に唇を触れたまま、ルークは訊いた。


「いけない事か?」


「え?」


「これは、いけない事なのか?」


「あの……その……」


 低くかすれた艶のあるルークの声に花の胸は激しく高鳴る。

 何と言えばいいのか、そもそも自分が何を言いたいのかわからずに口ごもった花は視線をさまよわせて出入口の扉に目をとめた。

 ルークは、まるで花の心を読んだように―― というか、実際読んだのか、花に軽いキスを繰り返しながらも、優しく微笑んで囁く。


「心配しなくても、結界を張ってあるから誰も入っては来れない。それに……」


 花の耳元に響くルークの声は甘い。


「――声も洩れない」


「ッ!?」


 その言葉にこれ以上ないほど真っ赤になった花は、自分の口を手でふさいだ。

 ルークは、瞳に涙をためて焦る花が可愛くて仕方がないのだが、花の方は限界だった。

 このままだと、心臓が破裂してしまう。


「だ、だだ、ダダダ、ダメです!! 遠足はお家に戻るまでが遠足なんです!!」


 嫣然と微笑んで再び近づいてくるルークを見ないように花はギュッと目を瞑ると、必死で押しとどめた。

 が、ルークを押さえる手のひらに細かな震えが伝わる。

 それを不思議に思った花がそっと目を開けて窺うと、ルークは必死で笑いを堪えていた。


「ッ!!――からかったんですね!?」


 ルークは堪え切れず、遂に吹き出した。

 伝わる花の想いにルークは感情が昂りすぎて、冗談にしないと自分を抑えられそうになかったのだ。


 起き上がる花に手を貸しながらも笑いの止まらないルークに、しばらくムっとして怒っていた花だったが、声を出して笑うルークを見ているとその怒りも続かない。

 しかも、抱き寄せられて謝るように優しく頭を撫でられては尚更だった。



 その後、戻って来たレナードとセレナ、そしてルークと共に再び歩いて祈りの間を後にした花は、青鹿の間に入った途端、ルークに「お家に戻ったがどうする?」と耳元で囁かれ、もう一度その顔を赤く染めたのだった。



**********



 翌日の昼過ぎ、マグノリア王宮はにわかに騒がしくなった。

 そして花の元にも、ジャスティン、カイル、ジョシュが無事に帰還したとの報告と共に、セルショナード王――リコ達一行の来訪が伝えられたのだった。




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