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90.どっちもどっち。

 

 薬が効いたのか、お昼前にはすっかり元気になった花は寝台で体を起こして本を読んでいた。と、そこへ朝議に出ているはずのルークが急に現れたので花は驚いた。


「何かあったのですか?」


「いや、何も。大丈夫か?」


 気遣う様にルークは優しく微笑んだが、それでも花は何かがあったのだろうと察した。

 だが、それ以上は何も訊かずに花も微笑み返す。


「はい、もう大丈夫です」


 それから、ルークとお昼を一緒に過ごせた事を花は素直に喜んだのだった。


***


 ルークとの昼食を終えた花は念の為に横になり休んだが、結局わずかな時間しか眠れなかったので早々に寝台から起き出した。

 そして、居間でセレナ達と取り留めのない話をしていると、護衛の近衛からコーディがセルショナードより戻ってきた事を伝えられた。


「もしハナ様のお身体にご負担がないようでしたら、少しだけご挨拶に伺いたいと申しておりますが、どうなされますか?」


「もちろんです! 是非!!」



 暫く後に青鹿の間を訪れたコーディは、少し疲れている様だったが、それでも元気そうだった。


「ハナ様、コーディ・アシュラン只今戻りました」


「コーディ……」


 膝をついて最敬礼をするコーディの無事な姿を目にして、花は嬉しさのあまり言葉を詰まらせた。そんな花にコ―ディは顔を上げて微笑み、言葉を継いだ。


「私が皆より先に戻りましたのは、こちらをハナ様にお届けする為です」


 恭しくコーディが差し出したのは、花がセルショナード王城に置いてきてしまったシューラだった。


「……ありがとうございます」


 花はシューラを震える手で受け取りお礼の言葉を口にしたのだが、それ以上は込み上げる感情に胸がいっぱいで上手く伝える事が出来なかった。

 それでも何度か深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けると、コーディに椅子を勧めた。


「いえ、私はすぐに失礼致しますので……ああ、やはり少しだけお言葉に甘えさせて頂きます」


 辞退しかけたコーディは、自分が座らなければ花もまた座らないだろう事に気付き、勧められたソファへと腰を下ろした。


「ハナ様、お体の具合が宜しくないと伺いましたが……ご無理をさせてしまい申し訳ございません」


「いいえ、もうすっかり元気になりましたから。それよりも、コーディが無事に戻って来られて本当に嬉しいです。……コーディはいつ王城を発ったのですか?」


 やっとコ―ディが無事に戻って来たことの喜びを伝える事が出来た花は、同時に湧いてきた疑問を口にした。


「ハナ様が陛下とお戻りになられた次の日に……私だけ一足先に発ちましたが、ジャスティン様もカイルとジョシュと共に、リカルド殿下の即位が終わればすぐに発つ予定でしたので、恐らく明日にはご出立なされて……四日後にはお戻りになられると思います」


 それを聞いた花は安堵の吐息を洩らした。


「そう……では、講和の為の使者の方と戻られるんですね?」


「はい……いえ、まあ……」


 使者として誰が来るのだろうかと、花は知っている政務官達を思い浮かべたのだが、コーディの返事はずいぶん歯切れの悪いものだった。

 そんなコーディの態度に不思議に思い、花は首を傾げる。


「どなたがお見えになられるのですか?」


「はい。あの……リカルド殿下が――いえ、セルショナード王が直接お見えになられます」




**********




 セルショナード王――リコ達の来訪を控えた前日、再び王宮に侵入者が現れた。

 しかし、今回は強引にルークの結界を破っての侵入だった為、すぐさま警備兵達の知るところとなり、六名の侵入者が警備兵と数名の近衛によって捕らえられたのだった。



「またサンドル王国なのか!?」


 ディアンの報告内容を聞いたレナードが驚きの声を上げた。

 前回の侵入者達の件にしても、ダンケル伯爵の背後にはサンドル王国がいたのだ。


「ええ、どうやらサンドル王国は王太子が乗り出してきたようですね。あそこの王太子は相当性質(たち)が悪いですから」


「……」


 ディアンのサンドル王国王太子に対する評価を聞いたその場の者達――ルークとレナード、セイン、そしてグランは、色々と思うところはあるものの口には出さなかった。


「だが、あいつら……侵入者達は浮民だろ? あれほどの力を持った奴らを雇うとなると、ずいぶん金がかかっただろうに……」


 侵入者達の型も何もない荒っぽい力技のみの剣筋から、レナードは浮民の傭兵達だろうと当たりを付けていた。

 浮民とは、どの国にも籍を置かず、旅芸人などで身を立てて各国を放浪している者達の事であり、その中でも特に魔力の強い者達は術者や傭兵となり、行商人達の護衛などに雇われる事が多い。

 また、規律違反などで軍を追われた者が傭兵となり浮民となる事もある。

 あれ程の力を持った術者や傭兵達をあの人数雇うとなると、相当の金銭が必要となるはずだ。


「あの国はお金だけはありますからね。しかも、民達は馬鹿みたいにユシュタルへの信仰心が強い。恐らくユシュタルの御使いと言われているハナ様を自国に迎え入れる為と名目をつければ、布施と称していくらでも徴取できるでしょう」


「迎え入れるって……」


 呆気にとられたレナードの呟きを聞いて、ディアンは溜息を吐いた。


「ですから、あそこの王太子は性質が悪いと言っているでしょう。これらはあくまでも警告です。あの国からの要望に応じなければ、この先いくらでも嫌がらせに使い捨ての傭兵達を送り込んで来ますよ。そしてあわよくばハナ様を略奪しようとするでしょうね」


「なんだよそれ!?」


 今度は怒りを含んだレナードの声が執務室に響いた。

 そこへグランが静かに口を開く。


「しかし、そこまで強引に事を進めれば、さすがに各国の非難は免れないでしょう? セルショナードの前例もある事ですし……」


「いえ、残念ですがそれは期待できないでしょう。何もハナ様を欲しているのはサンドル王国だけではありません。セルショナードで毎晩続いたあの奇跡は、瞬く間に各国に広がり、いよいよハナ様のお力が本物だと知らしめてしまったようです。ハナ様のお力は各王家も喉から手が出るほど欲しいものでしょうから、いつサンドル王国のように暴挙にでるか……」


 その言葉に皆が息を呑んだ。

 ルークは黙ったまま目を閉じていたが、その心情は穏やかなものではないだろう。


「ですが、ハナ様は陛下のご側室です。それを……本当に帝国皇帝の側室を略奪するつもりなのでしょうか? この時期に?」


 セインの疑問は(もっと)もなものだった。

 今、ユシュタールは勢いを増す『虚無』によって崩壊の危機に瀕している。

 そしてその『虚無』を抑える為に、世界の崩壊を防ぐ為に、各国はマグノリア帝国皇帝の力を必要としているのだ。にもかかわらず……。


「――この時期だから尚更なのです。我々は別に今までも仲良しこよしでやってきた訳ではありません。いつの時代も、どの国も、己の利を追求して虎視眈々と他国の隙を狙っていたではないですか。今、ハナ様のお力を手に入れる事が出来たなら、どれ程の強みになる事でしょうか」


 淡々と述べるディアンの言葉を誰も否定する事はできなかった。

 そもそも各国の王族達が皇帝に頼らなければならないのは、虚無を抑える為に必要とする魔力に、自身の『生成力』が追いつかないからなのだ。だとすれば、魔力の『器』を満たす力を持つ花が手に入るなら、皇帝の力を必要としなくても――今のように帝国の顔色をうかがわなくてもよくなる。

 花は今や、皇帝の寵妃としての価値ではなく、『癒しの力』を持つユシュタルの御使いとして、皆の欲をかき立てる存在になってしまったのだ。

 一度、王宮から攫われるという失態を犯してしまった以上、この先、欲深い者達はなんとかして王宮警備の穴を突こうと躍起になるだろう。


 ルークは込み上げる焦燥と苛立ちをなんとか抑えていた。

 今でさえ花を王宮に閉じ込めてしまっているというのに、これ以上籠の鳥にしてしまっていいのだろうか。

 だが、花を手元から離すなどと耐えられない。再び奪われるような事があってはならないのだ。

 しかも、もしあの事が知れたら……。

 突如襲いかかって来た恐怖に慄然とする心を、ルークは必死で押し殺した。

 そんなルークにディアンは一瞬心配そうな視線を向けたが、誰にも気付かれる事無くすぐに表情を戻すと、再び口を開いた。


「以前より、陛下の元には各国からのハナ様への招待状が届いてはおりましたが……ハナ様がセルショナードよりお戻りになられてからのこの短い間に、ハナ様を独占する事へ抗議する書簡が招待状と共に届くようになりました。更に、一部の狂信的な馬鹿達が、陛下がハナ様を……無理に閉じ込め自由を奪っているのだと、だから救出すべしと計画を立て始めているようです。この馬鹿達を煽り、裏で糸を引いているのはサンドル王国の王太子で間違いないでしょうが……」


「なあ、ハナ様の意思を無視して、そこまでサンドル王国の王太子はやるのか?だって王太子は……」


 信じられないと言った様なレナードの言葉に、ディアンはその顔に凶悪な程の笑みを浮かべた。


「だからこそでしょう? しかし、いくら追い詰められているからといって、女性の意思を無視して奪おうなどと、愚の骨頂。口説き落として手に入れるからこそ、喜びが得られるのだという事を徹底して教えて差し上げないといけないでしょうね」


 その笑みを見たレナード、セイン、グランの三人は、背筋に冷たいものが走り抜けた。

 ただ一人、無表情のままのルークは急に立ち上がると、何も言わずにその場から消えてしまった。それをレナードが追う。


「さてと、お昼ですか……私は侵入者達を眺めながら食事を頂きましょうかねぇ」


 ディアンもそう呟くとその場から消え、残った二人は顔を見合わせた。

 しかし、どちらもディアンが呟いた言葉の意味を考えることは敢えてせず、その場から立ち去ったのだった。




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