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83.言葉は最も危険な凶器。


――― あれ?……朝?


 カーテンの隙間から差し込む光に目を覚ました花は、慌てて起き上がった。

 そして辺りを見回して、やっとここが青鹿の間の寝室なのだと気付く。

 花は思わず自分の頬をつねって確認してしまった。


――― 夢じゃない?


 そんな典型的な行動をしてしまうくらいにマグノリアに戻れたことが信じられなかった。

 それなのに、嬉しさよりも寂しく感じるのはルークがいないからだ。

 差し込む光の強さはもうすでに朝議の始まっている時間だと告げているのだから、ルークがいないのは当然なのに。

 花は身勝手な自分の心を宥めるように大きく息を吐き出した。

 と、そこへルークが現れた。


「ルーク!!」


 嬉しそうに顔を輝かせる花を眩しそうに目を細めて見たルークは、声に心配を滲ませて聞いた。


「ハナ……大丈夫か?」


「はい、大丈夫です……けど、寝すぎてしまいました」


 気まずそうに答える花に、ルークはホッとしながらも楽しそうに笑った。


「まったくな。だが、顔色も良くなったようだ」


 安堵したように微笑むルークに花は思わず見惚れる。


――― ルーク……カッコ良すぎ!!


 久しぶりに、改めて見る美麗すぎる姿のルークに、なぜだか花は恥ずかしくなってしまった。

 頬を染めて俯く花を見るルークの瞳は愛情に滲んでいたが、すぐに逸らすと小さく息を吐き出して今度は残念そうに微笑んだ。


「もう行かなければ……花は腹が減ってるんじゃないか? 朝食をとって、今日は一日ゆっくり過ごすといい。ではまた夜に」


 そう告げると、慌てて顔を上げた花を置いて消えてしまった。


「……」


 あっという間に去ってしまったルークに、花はなぜだか違和感を感じた。

 ルークは朝議を抜けて来てくれたのだろうから、急いで戻るのは当たり前だ。

 でも―――何かがおかしい。

 再び俯いた花は、枕元に視線をやってハッとした。

 寝台にルークの寝た形跡がないのだ。


――― やっぱり私は……。


 花は心に淀む不安を押さえつけるように唇を噛みしめて、身支度に取り掛かったのだった。


***


「やはりお疲れだったのですね。陛下もずいぶんご心配なさっておいででしたが、お顔の色も戻られたようで安心致しました」


「あの……」


「はい?」


 身支度を手伝ってくれながら嬉しそうに話すセレナに、花はルークが昨晩どこで休んだのか聞こうとして、やめた。


「……いえ、なんでもないです」


 そう言って微笑む花に、セレナは不思議そうにしながらも続ける。


「お夕食もお召しになられなかったので、お腹が空いてございましょう? 今、エレーンが用意しておりますから」


 夕食どころか、昼食も食べていなかった花は確かにお腹が空いていた。

 そうして花は、朝食をとった後ゆっくりと過ごす事にしたのだが……。


――― ああ、私なんて事を……せっかく届けてもらったシューラを置いてきてしまった。


 午前にシューラを弾くことはセルショナードでも日課となっていたのだが、昨日の騒動ですっかり忘れてしまっていた事を花はひどく後悔した。


「セレナ、エレーン……シューラをありがとう。すごく嬉しかったです。でも、あの……セルショナード王城に置いてきてしまいました。ごめんなさい」


「何をおっしゃられるのですか! 私たちにお謝りになられる必要などございません!!」


「そうでございます。お役に立てたのなら私共も嬉しゅうございます。シューラはきっとジャスティン様がお持ちになってお戻り下さいますでしょうから……ああ、それよりも使いを出して先に届けて頂きましょうか」


 頭を下げた花に二人は慌てたが、エレーンに続いたセレナの言葉に今度は花が慌ててしまった。


「いいえ! それはあまりに申し訳ないです!! 大丈夫です!」


 結局、シューラは何事にも抜かりのないジャスティンが持ち帰ってくれるだろうと、それまで待つ事になったのだが、使いを出すまでもなく三日後には、ジャスティンによって花の下へと届けられたのだった。


***


 その日は久しぶりによく眠れたお陰で体の疲れは殆どなく、午前中はゆっくりと本を読んで過ごす事が出来た。実際、十八時間近く眠ったようだ。

 しかし、花が戻った事を聞き付けてか、早速面会の申し込みが入っているようだった。

 それらは全て断っていたのだが、一人の少女がどうしても受けて欲しいと中々引き下がらなかった。

 どうやらどこかの貴族の侍女見習いのようなのだが、どうも受けてもらえるまで戻ってくるなと言い付けられているようなのだ。

 セレナとのやり取りに気付いた花は、少女が気の毒に思えて受ける事にした。



 そうして午後になってやってきた伯爵令嬢は、以前、正妃候補に決まったと花に挨拶に来た三人のうちのタラコさんであった。


「ハナ様、イザベラ様のお越しです」


――― そうそう、イザベラさん!! タラコさんはイザベラさんでした!!


 セレナのお陰で、すっかり忘れていたタラコ令嬢の名前を思い出した花は、無事にイザベラと儀礼的な挨拶を交わし、応接ソファへと落ち着いた。

 

「ハナ様、今日はご無理を言って申し訳ありませんでした」


「いえ、構いません。大切なお話がおありになると伺いましたが?」


「ええ、実はそうですの」


 花の言葉に嘘臭い微笑みを浮かべて答えたイザベラは、ジッと花を見つめて小さく呟いた。


「もう陛下の気を纏っているのね、ずうずうしい」


「え?」


 あまりに小さいイザベラの声は花には届かず、思わず聞き返したのだが、イザベラはそれには応えず心配気に顔を曇らせて再び口を開いた。


「昨日は大変恐ろしい事がセルショナードで起こったそうですわね? ハナ様もその場に居合わせてしまったとか……大丈夫でございますの?」


 花は昨日のセルショナードでの出来事をイザベラがすでに知っているらしい事に驚きながらも、なんとか微笑んで答えた。


「ご心配頂きありがとうございます。でも大丈夫です」


 イザベラはそんな花にわざとらしく驚いて見せた。


「まあ! 大丈夫だなんて……ハナ様はご立派ですわね!! もし私がその場に居合わせていたなら恐ろしくて、とても正気ではいられないと思いますわ。やはり市井の方はたくましい神経をお持ちですのね」


「イザベラ様!! ハナ様に失礼です!!」


 イザベラのあまりにも無神経な言葉に、控えていたセレナが思わず抗議した。

 しかし、イザベラはそんなセレナを不快そうに見る。


「まあ、なんてこと……ハナ様の侍女は私に何という口をきくのかしら。主人達の会話に口を挟むなんて礼儀知らずもいいところ……ハナ様、側に置く侍女は選んだほうがよろしくてよ? でないとハナ様の品位も疑われてしまいますわ。まあ、市井の方に品位なんてないのかしら……でも、なんでしたら私が新しい侍女を紹介致しますわ」


「それには及びません」


 つらつらと嫌味を述べるイザベラに、花は怒りに青ざめながらもキッパリと断った。

 確かにイザベラは名門伯爵家の令嬢であり、男爵家のセレナとは同じ貴族でも家格が違うのかも知れないが、だからといって今の言い様を許すわけにはいかない。

 花はいつも以上にニッコリ微笑んだ。


「イザベラ様? 申し訳ありませんが、大切なお話とやらがないようでしたらご退室頂いてもよろしいでしょうか?」


 毅然とした花の態度に、イザベラは顔を引き攣らせながらも微笑みを浮かべた。


「いいえ、もちろん大切なお話はございましてよ。でも、この様に侍女が口を挟むのでは……ハナ様、お人払いをお願い頂けます?」


「なりません」


 イザベラに否定の言葉を返したのは、今まで扉の内側に黙って立っていた近衛のランディだった。

 今は花の護衛達がその役目を果たせない為、ルークの近衛達が花の護衛を務めているのだ。

 しかも花は気付いていなかったが、扉の外には今までより一人増えた二人の近衛が立っており、また花の護衛の人数を増やす為にレナードは急ぎその人選を進めていた。

 イザベラはランディを睨みつけはしたが、先程のセレナの様に貶める事はしなかった。

 恐らくそれは、ランディが次男とはいえ、イザベラと同じ家格の名門伯爵家の出身であり、ルークの近衛という立場だったからだろう。


「ここは女同士の内緒話も出来ないのね……まあ、いいわ」


 独り言のようにイザベラは呟いて、何かの呪文を唱える。

 瞬時にランディは剣に手をかけたが、すぐにその呪文の内容に気付いたのか、眉を寄せながらも剣から手を離した。


「今のは?」


 不思議に思って聞いた花の問いに、イザベラは馬鹿にしたように微笑んだ。


「まあ……ハナ様ったら、こんな簡単な魔法をご存じないのですか? これは聞かれたくない話をする時の魔法ですわ。これで私たちの会話は他の者には聞こえませんのよ」


――― そんな魔法まであるんだ。便利というか、馬鹿らしいと言うか……。


 心配そうに二人を窺うセレナ達に花は微笑みを浮かべながらも、得意満面なイザベラに呆れていた。


「それで結局、大切なお話というのは何なのでしょうか?」


 この馬鹿馬鹿しい茶番をさっさと終わらせたくて、花は話を促した。

 そんな花を申し訳そうに見ながらも、イザベラはもったいぶった口調で話し始める。


「私……ハナ様がお戻りになられて本当に嬉しく思っておりますのよ。何と言っても、ハナ様のお歌には素晴らしいお力がおありですものね……皆様もその事は喜んでおられるようですわ……でも……ユシュタルの御使いと言われるハナ様にご遠慮なされて、恐らく皆様おっしゃられないでしょうから、私が心を鬼にして申し上げようと思いましたの」


 イザベラは一旦言葉を切ると、紅茶を口に含んだ。

 花はイザベラが何を言いたいのかがわからず、ただ黙って聞いていた。

 すると、先程までの微笑みが嘘のように、その目に侮蔑の色を浮かべてイザベラは告げた。


「この青鹿の間からご退去なさいませ」


 その言葉に花は目を見開いた。


「そもそも、この青鹿の間はご正妃様の『白凰の間』に次いで位の高いお妃さまのお部屋。それをいくら『癒しの力』をお持ちだからといって、市井の出であるハナ様がお使いになられる事自体が間違っているのです。しかもハナ様は事もあろうに他国の王子のご正妃にまでなられた方。例え偽りだったのだとしても、再び陛下の許にお戻りになられるなど信じられないほど厚顔というもの。陛下はお優しくていらっしゃるから、何もおっしゃられずにハナ様をお受入れになられたのでしょうが、本来ならハナ様から身を引くべきなのです。皆様、ユシュタルの御使いとハナ様にご遠慮なさっているでしょうから私が申し上げに参りましたの」


 そこまで言い切ると、イザベラは魔法解除の呪文を唱えて立ち上がり、青ざめた花の顔を満足そうに見下ろした。


「それでは私、これで失礼致しますわ。お見送りは結構です」


 そして、さっさと扉の外へと消えてしまった。

 花は見送りの為にソファから立ち上がったものの、そのままそこから動く事は出来なかった。イザベラの言葉にすっかり打ちのめされていたのだ。


「ハナ様、大丈夫でございますか?」

「何をおっしゃられたのです?」


 心配そうなセレナとエレーン、そしてランディに向かってそれでも花は微笑んだ。


「大丈夫です。ただやはり少し疲れたので休みますね」


 そう告げると、花は溢れだした不安を胸に抱えて寝室へと下がったのだった。



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