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80.また会う日まで。


「ハナ!!」


 祈りの間へと踏み込んだリコはすぐにその足を止めた。そしてルークの腕の中にいる花を見て、思わず目を逸らす。


「ハナ様!!」


 ジャスティン達も花の元へと駆け付け、そして片膝をついて騎士の最敬礼をする。


「陛下……」


「――ジャスティン、ジョシュ、カイル、コ―ディ……皆、御苦労だった」


 ルークはジャスティン達に(ねぎら)いの言葉を掛けると、花へと優しく声をかけた。


「ハナ、立てるか?」


 その言葉に、花はルークの胸に顔をうずめたまま頷く。なんとなく恥ずかしくて顔を上げられないのだ。

 そうして俯いたままルークの手を借りて立ち上がった花だったが、そこへ王太子の唸るような声が響いた。


「なんで……なんでお前がここに!!」


 王太子は咆哮と共に闇の魔力によって増幅された攻撃魔法を繰り出した。

 しかしルークはそれを簡単に防ぎ、反転させようとしたがすぐに抑止して破断する。王太子はすでにその体を闇に囚われ、呻き苦しんでいたのだ。


「マックス……」


 リコの苦渋に満ちた声が王太子の呻き声と混じる。


「ハナ」


 ルークはそっと花の視界を遮る様に抱き寄せ、微かに震えるその背を宥めるように優しく撫でた。

 だが、ルークの手にいつも柔らかく絡んでいたはずの艶やかな花の長い髪がない事に、ルークの纏う気が急激に冷たくなり圧力を増す。

 それは花でさえ感じる程であった。


「ルーク?」


「……何でもない」


 心配そうにする花にルークは安心させるように微笑みかける。

 そしてリコへと向けた視線は、厳しいものに変わっていた。


「リカルド、その剣で王太子を楽にしてやれ」


 ルークはトールドが持っている宝剣に目をやり、リコへと命じるように告げた。

 しかし、その言葉に躊躇(ためら)いを見せたリコをルークは(さげす)むように笑う。


「私がやろうか?」


 その声の冷たさに花はルークの衣服を強く握り締めたが何も言わず、ただ瞳を閉じてルークの胸の鼓動を聞いていた。

 リコは歯を食いしばり、ルークを睨み付けるとトールドから剣を受け取り、部屋の隅で(うずくま)る王太子へと向かった。

 王太子はもはや、近づくリコに攻撃を加える事もなく、その体から闇を滲ませはじめている。

 その闇はリコをも飲み込もうとするかのように押し寄せるのだがリコに触れると、途端に霧散していった。


「――殿下?」


 今までにない現象にザックも他の者達も、そしてリコ自身も驚くが、それをルークは呆れたように見ていた。


「お前達はその剣の力に気付かないのか?」


 その問いに答えられないまま、それでもリコはこれ以上苦しむ王太子を見ていられず、剣へと魔力を注ぐ。すると、先程よりも魔力の消費が感じられないばかりか、魔力が安定し強い力を感じるのだ。

 その事に、ルークの言葉の意味を何となくだが理解した。


 この宝剣はヴィシュヌの剣。

 ユシュタールをヴィシュヌが統治した時に共に戦った剣であり、王国建国の折に、時の皇帝より初代セルショナード王である皇子に下賜されたものだった。

 ヴィシュヌの再来とまで言われる皇帝の出現によって剣が力を得ているのだろうか。

 しかし、リコはそれらの事を一旦全て忘れ、目の前で苦しむ王太子に意識を集中させた。


「マックス、すまない」


 王太子には抵抗する力さえなく、ただ為されるがままであった。

 リコが静かに王太子の胸に剣を突き立てると再び剣から閃光が放たれ、その場に蠢いていた闇が一瞬にして晴れていったのだった。


「兄うえは……ずるい……」


 王太子は闇から解放された、涙に滲む翡翠色の瞳をリコへと真っ直ぐに向けて呟くと、その瞳を閉じた。


「……そうだな」


 リコはもはや届かないであろう言葉を王太子へ静かに返した。

 暫しの沈黙の後、王太子の亡骸を駆けつけていた王の近衛達に託すと、リコは血に汚れた剣を払った。その剣筋に沿って床に血が散り、宝剣は刃こぼれひとつなく輝きを取り戻す。

 剣を鞘へと納めたリコは、厳しい表情でルークへと向き直った。


「皇帝陛下、私はこれ以上貴国との戦を望みません。よって講和による和平の締結をお願いしたい。此度の戦は全て我がセルショナードに非があり、我が国は全面的に帝国側の条件を呑むつもりです」


 そう言うと、メルク達に同意を促す。


「お前達も異存はないな」


「……はい」


 その場にいる元大臣たちも、王と王太子を欠いた今、これ以上の帝国との無益な戦を続ける事は望んでいなかった。それがこの先、どんなにかセルショナードにとって苦しいものになろうとも。


「……受け入れよう。しかしセンガルへの仕打ちを思えば条件は厳しいものとなるぞ?」


 ルークはリコ達へと険しい表情で問う。


「承知しております」


 リコの返答を受けて、ルークはジャスティンへと顔を向けた。


「ジャスティン、そなたに全権を委ねるゆえ、悪いがもう暫くセルショナードへ留まり講和に向けて話を進めてくれ」


「かしこまりました」


 深く礼をするジャスティンの額にルークは手を翳した。


「陛下……」


「これは私のではない」


 ジャスティンの困惑したような声に、ルークは苦笑して魔力を移す。

 その途端、リリアーナが抗議するように小さく剣が鳴った。


「これは……」


「姉上からだ」


「しかし、これ程の力は……」


 ルークから与えられたシェラサナードの魔力は、彼女の器の半分以上にもなる程であった。


「心配しなくとも姉上はお元気だ。今、マグノリアの者達の魔力は満たされている」


 そう言って、ルークは今まで黙って成り行きを見ていた花に微笑みかけた。


「ハナ、そなたのお陰だ」


「え?」


 突然の言葉に花は驚いた。


「ハナがマグノリアに歌を届けてくれたからな」


「……届いていたの?」


「ああ」


 その言葉に花は瞳を涙で濡らしたが、それでも嬉しそうに微笑んだ。

 今までの悲しみと苦しみから解放される様にハナの心は軽くなっていった。

 が、そこへ気の抜けた声が割り込む。


「あ、あの~」


 その場の者達が皆、声の主であるザックに注目した。


「ところで……皇帝陛下? なんでここにいるんすか?」


 今更のようで(もっと)もな質問に、今度は皆の視線がルークへと集まった。

 花も思わず、ルークを見上げる。

 当のルークはリコへと目を向け、そしてその手に在る宝剣に視線を移した。


「その剣――そのヴィシュヌの剣が本来の力を得たからだ。それによってこの場にも小さいながらマグノリア王宮と同じ力が存在している。それに……」


 ルークは一度、言葉を切った。

 一番の大きな理由は、勢いを増していた虚無の力が先程急に衰えた為だった。

 恐らく宝剣によって王の闇を封じたからではないのか? ルークの推測は、王太子の闇が封じられた事で更に顕著に表れた虚無の衰えに確信に変わっていた。

 しかし、その事は告げなかった。

 ルークは小さく息を吐き出し、花の瞳に溢れる涙を親指で拭う。

 

「今……私の魔力は満たされているからな……」


 結局その事だけを告げ、リカルドへと視線を戻した。


「リカルド、そなたの力はまだ安定していないが、その剣が真の主とそなたを認めたのだ。そなたはこれからヴィシュヌと……リカルド・ヴィシュヌ・セルショナードと名乗るがいい」


 ルークの言葉に、リコは金色に輝きだした瞳を驚きに見開いた。

 臣達からは驚嘆の声が上がっている。セルショナードの歴代王達の中でヴィシュヌの称号を冠した者はいないのだ。

 王達の死を払拭するような吉事に沸き立つセルショナードの臣達をそのままに、ルークはジャスティンに告げた。


「では私はハナを連れて帰るが――」


 その言葉にトールドが驚き反応した。


「ハナ様を連れて帰るって……一気にマグノリアまで転移する気ですか!?  そんな無茶な!! ハナ様のお体にどれ程のご負担が――」

「大丈夫だ」


 トールドの抗議をキッパリとルークは撥ね付ける。

 花は心配そうにするトールドへ安心させるように微笑んだ。ルークが大丈夫と言うなら、大丈夫なのだ。そして同じ様に心配に顔を曇らせているリコへと微笑み……。


「――あ!!」


 花はルークから離れ、リコの傍に行った。


「リコ、指輪を……」


 そう言って、右手を差し出す。

 その小指にあるのは翡翠色に光る指輪。


「……ああ」


 リコは花の右手をそっと手に取り、なぜか顔を顰めた。

 花の手の甲に己が付けた傷痕を見つけたのだ。


「ハナ、左手も出して」


 その言葉に素直に従った花の左手にも同じ様にリコの爪痕が残っていた。

 リコは小さく囁くように治癒魔法を詠唱する。途端に花の両手の甲から傷が消え去り、なめらかな白い手に戻った。

 一瞬で傷を治した事にリコの力の強さが窺える。その事が嬉しくもあり、花はリコに向かって微笑んだ。


「ありがとう」


 その微笑む花の顔を見つめ、リコは握ったままの両手を引き寄せて、何事かを花の耳元で囁いた。

 花は一瞬、キョトンとした顔をしたが、すぐにその顔に再び笑みを浮かべる。

 リコはそんな花の微笑みを見て苦笑すると、花の右手に意識を集中させた。


 それまでの様子をルークは無表情に、それでも拳を強く握り締め黙って見ていたのだが、リコの詠唱の後に起きた出来事に一瞬、驚きに目を見開いた。

 それはジャスティンやザック、今まで一緒に行動を共にしていた六人以外のその場にいた全ての者達も同様で、驚きにざわめきだす。


 花は再び体が痺れるような、それでも最初の甘い痺れとは違う、少し痛みを伴うことに顔を顰めて目を閉じたが、小さくパリンと何かが割れてしまったような音に目を開けた。

 そして、自分の右手小指から指輪が消えている事に気付く。

 しかし、それ以外に何も変わった事はなかったので、リコへと感謝の気持ちを込めて再び微笑んだ。


「ありがとう」


 その言葉にもリコは苦笑して応えただけだった。

 そして花は周りの動揺には気付かずルークの下へと戻る。


「ハナ……」


「はい?」


 少し戸惑ったようなルークの声に花は不思議そうに返事をしたが、ルークは花を抱き寄せるだけだった。

 それからルークはリコの瞳を真っ直ぐに射貫いたが、リコも怯むことなくその厳しい程の視線を受け止める。暫く黙ったまま、睨み合うように視線を合わせていた二人だったが、やがてルークが口を開いた。


「感謝する」


「――いえ……」


 リコは小さく答えると、目を逸らした。

 そんなリコから花へと、ルークはその視線を和らげて微笑む。


「ハナ……帰ろう」


「はい」


 花はルークに嬉しそうに答えると、ジャスティン達に感謝の気持ちを込めたお礼の言葉を口にした。


「ジャスティン、カイル、ジョシュ、コ―ディ、ありがとう。マグノリアで待っていますね」


 それから再びリコへと向き直る。


「リコ、本当に今までありがとう」


 三度の言葉と同時に向けられた花の笑顔は本物の、心からの笑顔だった。

 それにリコは目を細めて微笑みを返す。

 ルークはジャスティン達へと視線を向け、それを受けたジャスティンが強く頷いたのを確認すると、花と共に一瞬にしてその場から消えてしまった。


「殿下……よろしかったのですか?」


 トールドの躊躇いがちな問いに、リコは呟くように答えた。


「俺は……ハナの本当の笑顔が見たかったんだ」


「え?」


 リコの声は小さくトールドには聞き取れない。

しかし、リコは構わずに続けた。


「別に諦めた訳じゃないさ。今回はあまりにも……誰にとっても公平(フェア)じゃなかったからな」


 そう言って苦笑したリコの顔は、それでも楽しそうだった。

 しかし、すぐに決意に満ちた厳しい表情へと改めると、リコは臣下達へと向き直ったのだった。




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