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78.親愛なるひとたちへ。

読んで下さり、ありがとうございます。

少し残虐に思われる表現があります。


「ガーディ様、あの娘……王の呪を解きましたぞ……」


 花の突飛な行動により魔力の器を解放されたリコを見て、魔術師はまるで脅えているかの様にガーディに訴えた。

 しかし、ガーディは楽しそうにその顔に笑みを浮かべる。


「やはりおもしろいな」


 そう呟くと、ガーディは魔術師を冷たく一瞥(いちべつ)しただけでその場から消えてしまった。


「ガーディ様!!……くそっ!!……」

 

 その場に一人残された魔術師は恐慌をきたして口汚く罵った。

 そしてその目に狂気を宿し、王城を崩壊させかねないほどの最大の攻撃魔法を放つ。

 あまりにも咄嗟の事に対応が遅れたが、それでもリコは花とザックを庇うように前に立ち塞がって対抗しうる防御魔法を発動させた。だが、まだ力が安定しない為にすべてを防ぎきる事が出来ない。

 激しい衝撃音の後に花が目にしたのは、苦しそうに椅子からすべり落ち石床へと膝をつく王の姿だった。

 王がリコの防御魔法を補ったのだ。


「父上!!」


 リコがふらつきながらも王へと近づき傍に跪く。


「父上!!」

「王!!」


 部屋にはニコスや異変に駆け付けた元大臣らが駆け込んで来た。

 魔術師が消滅した事で、閉じられていた扉が開いたようだ。己の力を越えた魔法の発動と共に魔術師はその体を塵と化してしまったのだった。

 王は駆け込んで来た者達へと視線をやり、元は宰相であった男に声をかけた。


「メルク、急ぎ宝剣を持ってきてくれ」


 王の言葉にメルクと呼ばれた男は酷く辛そうな顔を見せたが、すぐに表情を戻すと一礼をしてその場から姿を消す。


「リカルド、すまない……私の弱さゆえに、結局はそなたに辛い宿命を負わせてしまう……」


「父上、私は……」


 リコの言葉は途中で途切れた。メルクが宝剣を持って現れたのだ。

 それを受け取った王はそのままリコへと差し出す。


「リカルド、この剣で私の胸を突いてくれ」


「父上!?」


 驚愕の声を上げたのはニコスだった。

 しかし、ニコスをすぐ側に立つ者が押し止める。ニコス以外のこの場にいる者達は皆、避けられぬ宿命を理解しているのだ。


「ニコス、そなたにも恐ろしい思いをさせてしまったな……またこの先は辛い思いをさせてしまう。でもどうか、皆と共にリカルドを支えてやってくれ」


「――はい」


 涙を堪え絞り出すように答えたニコスに王は微笑みかけ、その場の者達を見渡した。

 そして、剣を受け取るのをためらうリコに諭すように言う。


「そなたにもわかっておるだろう? 私は闇に浸食されてもう助かりようがない。この剣で闇を封じてくれ。本来なら私自身で為すべきなのだが、私にはもうこの剣を抜くことすらできぬ。今のそなたなら扱えるはずだ。私の中の闇が再び暴走せぬ間に……」


 セルショナード王家の宝剣は封魔の剣。扱う事が出来るのは選ばれた者のみ。


 リコは覚悟を決めた様に、その優しい顔を厳しい表情に変えて剣を受け取った。

 花は言葉を発する事もできず、ただその場に座り込んで目の前の光景を信じられない思いで見ていた。


 王はいったい何を言っているのだろう?

 その花の震える肩にそっと、優しく手が置かれた。

 花は縋る様にその手の主を見上げて、その瞳を涙で滲ませる。


「ジャスティン……」


 カイル達もトールドもいる。

 彼らは皆、傷と埃と血にまみれていたが、それでもここにいてくれる事に花は大きく安堵の吐息を洩らした。


「ハナ様、退室致しましょう。お立ちになる事は出来ますか?」


 ジャスティンは花に気遣わしげに声をかけ、カイル達に目配せをする。

 カイル達は花の下へ跪き手を貸そうとしてくれたが、花は動こうとしなかった。


「ジャスティン、私は……」


 これは私がリコの呪を解いた結果なのだろうか。

 花はその場から逃げ出したい気持ちを必死で抑え、宝剣を手にしたリコを見つめ続けた。

 宿命というのは、リコが王を――子が親を殺す事なのか。

 そんなものからは逃げて当たり前だ!

 予言とは悪い事を避ける為にあるのだと思っていた。でもこれでは悲劇を生んだだけではないのか。

 いったいどこからやり直せばこの宿命は避けられたの?

 『神様』はいったい何をしているの!?


 花は嗚咽を堪えるだけで精一杯だった。

 そんな花に王が慰めるように優しく微笑みかける。


「ハナ、そなたには感謝したい。私がこうして正気を保っておれるのもそなたのお陰だ。愚かな私からリカルドを救ってくれた。そして王妃の……クリスタベルの想いを伝えてくれた」


 花は何も応えられず、ただ首を振ることしかできなかった。

 王が何を言っているのかわからない、わかりたくもない。


「マグノリアの……此度の戦は全て私の罪である。この命で償えるものではもちろんなく、きちんと裁きを受けるべきである事は重々承知。しかし、時間がないゆえどうか許して欲しい。そして見届けて頂きたい」


「――承知致しました」


 王の言葉にジャスティンは一瞬の沈黙の後、厳しい表情で承諾した。

 最後に王はリコへと視線を戻す。


「リコ……どうか許して欲しい。私も王妃もそなたが生きる事を心から望んでいたのだ。その為にそなたがどれ程の苦しみに嘆く事になろうとも……すまない。そして出来る事ならマックスを……」


 王はそれ以上話を続ける事ができなかった。

 体から再び滲みでようとする闇を抑えるかのように蹲り、唸る。


「リコ……早く……」


 リコは悲痛な顔をして、それでも決意に金色の瞳を光らせて鞘から剣を抜いた。

 臣たちから微かなどよめきが上がる。

 宝剣がリカルドを認めたのだ。

 花はただ、悲鳴を上げないように両手で口を抑え見つめる事しかできなかった。

 

 それでも結局、リコが王の胸へと剣を静かに突き立てた時、花は目を瞑ってしまった。

 その閉じた瞼の裏にも、眩しいほどの閃光が煌めく。


「父上……」


 静かに流れ出す王の血と共に、ニコスの小さな声が冷たい床に染み込んでいく。

 剣を手から力なく落としたリコは横たわった王の体を抱き起こし、安らかな王の死顔を見つめ続けていた。

 その頬をとめどなく涙が零れ落ちる。


 ただそこには厳かな沈黙が流れるのみ。

 やがて悲しみに満ちた部屋にゆらゆらと淡い光が舞い始めた。


「……母上?」


 リコの小さな囁きに応えるように、光は優しく全てを包み込んでいく。


 それはまるで月の光。

 厚い雲に覆われ、暗く翳る世界を明るく照らす真昼の奇跡。

 優しい光の輝きは花が月光の下で歌っているかのように温かく、リコの、皆の嘆きを癒していったのだった。




        *************************




 親愛なる妹へ


 元気にしているかしら?

 侍女達からの噂で、ジャスティンとずいぶん仲良くしているようだと聞いたから、きっと元気ね。

 お父様にもやっと認められたのだから嬉しいでしょうけれど、あまり羽目は外さないように……まあ、あの子がいるとそれも難しいかしら?


 私の方は、もう長くないと思います。

 日々、魔力が流れ出していくのがわかるのです。

 それなのになぜこれほどに視えてしまうのでしょうか。それともこれが、死に向かうという事なのでしょうか?

 ただ死にゆくだけの何もできない私を運命は嘲笑っているのかもしれません。


 己の宿命がもし視えていたのなら、私は王を望む事はなかったでしょう。

私は王とリカルドに苦しみを生む事しかできなかった。私はリカルドを選び、王はそれを承諾して下さいました。

 それがリカルドにどんなに辛い宿命を負わせてしまうことになるのかがわかっているのに。


 もうすでに運命の歯車は動き出しているのです。

 皆の過酷な宿命が、ひとつの大きな運命へと(あざな)われていくのでしょう。

 その運命に、王もリカルドも翻弄され苦しむというのに、あまりにも強く激しい為に私にはどうする事もできない、ただ嘆くことしかできないのです。


 そして、ルークもまた過酷な宿命を負い、運命に翻弄される一人なのです。

 あの子と別れた時にはまだ小さな少年だったけれど、今は立派な青年になっているのでしょうね。

 ルークは繊細で優しい子だから、きっとこの先に待ち受ける悲しい宿命に酷く苦しむ事になるでしょう。

 でもきっと、この苛烈な運命からの救いは現れるはずです。


 王とリカルドに苦しみしか残す事のできない私ですが、それでも月へ願い祈るのです。

 このまま月の光となって暗闇の中でも皆を明るく照らしたい。

 どうか、私の愛する人たちの苦しみを、嘆きを癒してあげたい、と。


 そして、できることなら……


                                  

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