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76.緊張感は意外と大事。


「王妃、そなたはこの子をどう視る?」


「この子は………この子はこの国を……この国をきっと救ってくれます」


「……そうだろうな、私とそなたの子なのだから当然だな」


「王……申し訳ありません……」


「何を謝る? そなたに罪はない。そしてこの子にも。誰にも罪などないのだ」




**********




 次の日は早朝から厚い雲が空に垂れ込め、今にも雨粒を落としそうだった。しかも朝食を終える頃には濃い霧までもが街を覆い始めた。


「姿を隠す事ができますから、(かえ)って有難いですよ。まあ、私の男らしさは何をもってしても隠せませんがね。ですので、ご一緒できなくて残念です」


 心配そうにする花に、ザックが安心させるように笑う。

 その気遣いに花が微笑み返した所に、扉を激しく叩く音が部屋に響いた。

 皆が身構えつつトールドが応対して扉を開けた瞬間、王の近衛騎士達が(なだ)れ込んで来た。


「リカルド殿下に叛意ありとの事、身柄を拘束せよとの命を受けて参りました。我々に大人しく従って下されば、捕縛などといったご無礼は致しませんので、何卒ご容赦を……」


「何を馬鹿な事を!」


 近衛隊長の言葉にトールドが噛みついたが、リコはトールドを手で制して落ち着いた様子で隊長に問う。


「その命は王から下されたのか?」


「は!」


「では、私は王の下へと連れられるのか? 王が直接、裁断されると?」


「恐らく……」


 隊長の返事は判然としなかったが、それでもリコは微笑みさえ浮かべて応じた。


「では、行こう」


「殿下」

「リコ様!」


 うわずった声を上げたザックとトールドがリコへと近寄ろうとして、二人の前に騎士達が立ちはだかる。


「あなた方の同行は許されておりません」


 ザックとトールドは必死に怒りを抑えているようだったが、それを宥めるようにリコが声をかける。


「何日も何度も面会を願い出ていたが叶わなかった。だからこれはいい機会だろう?」


「リコ……」


 花の心配そうな声に、扉の前で足を止めたリコは振り向いていつもの穏やかな微笑みを浮かべたが、花の右手に目を止めると困ったように一瞬眉を寄せた。


「すまない……」


 リコは小さく謝罪してジャスティンへと視線をやる。それを受けてジャスティンが頷いたのを確認すると、踵を返し部屋から出て行ってしまった。

 その場には重たい沈黙だけが残ったが、しばらくしてザックが気を取り直したように笑う。


「いや~なんか先手打たれちゃった感がありますねぇ。奴らは新月まで動かないと思ったんですがね。では、どうやら雲行きも怪しいので、計画前倒しで行きましょうか!」


 その言葉と同時に、皆が準備に動き出す。

 と言っても、ほぼ整っているので後は荷を背負うくらいのものだが。

 それでもその場に立ち尽くしたままの花にジャスティンが近づき、声をかけた。


「ハナ様、ご心配でしょうが私どもにはどうしようもありません。むしろ、このままここにいても却って殿下の(かせ)になり兼ねませんから……」


「……わかりました」


 本当はわかってなどいなかったが、自分が足手まといにしかならない事だけは理解している。

 花は簡単な準備を整えて居間へと戻った。と同時に、今度はノックも無しに騎士たちが傾れ込んで来た。

 それにザックは大きくため息を吐いてぼやく。


「んだよ、今度は王太子(ばか)かよ……」


 部屋へと押し入って来た騎士、王太子の近衛たちはザックのぼやきを無視して花に向かって告げた。


「ハナ様、王太子殿下がお呼びでございますので御同行をお願い致します」


 カイル達が剣の柄に手をかけるが、ジャスティンが花の前へと進み出て、穏やかに問いかけた。


「リカルド殿下のご正妃である私の姪に、王太子殿下がいったいどのような御用がおありだというのですか?」


「そなたに伝える必要はない」


 ただならぬ雰囲気に青ざめた花に、ザックが小さく囁いた。


「ハナ様、第二回お姫様救出作戦決行です。ここが四階なのが(いささ)か物足りませんがね」


 その言葉の意味を花が飲みこむ前に、ザックは花を担ぎあげた。


「ぐえっ!!」


 潰れた蛙のような声を再び発した花は気が付けば窓の外、そしてザックに担がれたまま地へと降り立っていたようだが、ザックは花を下ろすことなくそのまま走りだす。

 今度は目を開けていたにも関わらず、花には何が起こったのか理解が出来なかった――どころか、目を回していた。

 少しずつ状況が飲み込めてくると、カイル達も側にいる事がわかる。

 そして、ジャスティンが一瞬のうちにザックの隣へと並んでいた。

 どうやら転移して来たらしいのだが、同じ様に王太子の近衛たちも転移したり、窓から飛び下りたりして追って来ている。中には魔術師らしき姿も見られた。

 皆が走りながら、追いすがり立ちはだかる敵とも言える王太子の近衛達と剣を交え、魔法を繰り出している。

 状況は緊迫していた。

 それなのに――



「あちょー!!」


 ザックは攻撃魔法を繰り出す度に気合の声?を発している。

 そして、その声に王太子の近衛達は恐れ(おのの)いている様にも見えた。


――― なんかもう……勘弁して下さい……。


 花は緊迫した状況にも関わらず脱力してしまった。

 しかし、ふと違和感を覚えてザックに担がれたまま、辺りを見渡す。

 花を捕えようとしている兵達、王太子の近衛たちに混じって多くの兵たちがいるのだが、その兵達はザックやジャスティン達の攻撃を受けても、再び立ち上がり向かって来るのだ。

 その目は皆、暗く淀み底知れぬ闇を滲ませている。

 数では圧倒的に不利だったが、恐らく魔力や剣の実力でその差を打ち砕く事が出来ただろうに、次第に押されていった。


「気持ち悪い奴らだな~」


 やはり全く緊張感のない声で呟いたザックは、そっと花を下ろした。

 花やザック、ジャスティンたち七人は、暗く淀んだ目をした兵達に囲まれてしまっていた。


「なるほど、リリアーナが嫌がるわけです。趣味が悪い。――さて、どうしましょうか」


 ジャスティンもまた、状況にそぐわず落ち着いている。

 花にはどうする事も出来ないとわかっていたが、それでも必死に考えを巡らした。


 協力者達と落ち合うはずだった場所はここからでは遠すぎる。上手く落ち合えたとしても、ずっと追われながらの逃走となるだろう。

 それで本当に国境まで辿りつけるのだろうか? 足手まといの私がいるのに? それよりもここからだと……


「王にお会いしましょう!!」


 花の言葉に、ザックとトールドの顔に何かの感情が浮かんだが、それは一瞬で誰も気付く事はなかった。

 花は眉を寄せるジャスティンに懇願するように続ける。


「このまま逃げ回るより、王にお会いしてこの状況を止めてもらう方が早いはずです!」


 王太子を止める事が出来るのは王だけだ。

 以前、お会いした王ならば何とかわかってくれるかも知れない。

 リコだっているはずだ。


「やはり宿命とは変えられないものなのでしょうか……」


「え?」


 小さな声のそれは花には聞き取れなかったが、ジャスティンは優しく微笑んだ。


「わかりました」


「ジャスティン様!?」


 ジャスティンの承諾にカイル達は驚いたが、花は感謝するように微笑みを返す。

 そして、にじり寄る兵達に焦りながらも、屈みこみ急いでスカートをたくし上げだした。


「ハナ様!?」


 今度はジャスティンもトールドも驚いたように声を上げた。

 この世界の女性は、胸元を大胆に見せる衣服は纏うが、決して足を見せる事はないのだ。

 しかし、花にとってこの長いスカートは走り難くてしょうがない。靴は足に馴染むものを選んでいたので問題はないのだが。

 膝辺りで邪魔にならないようにスカートを結ぶと起き上がり皆に笑いかける。


「大丈夫です! 私、脚線美には意外と自信がありますから!!」


 昔、沙耶に褒められた事を思い出しての花の発言だったが、当然、的は外れている。


「え~、そうなんですか? でしたら今度ぜっ!?」


 一人動じていないザックが花に笑いかけたが、言葉は途中で途切れた。


「……ジャスティン殿、敵を前にして味方にダメージを与えてどうするんですか」


「何の事でしょうか?……さて、では私はこの子と道を切り開きますので、あなた達はハナ様をお守りして王の下へとお連れして下さい」


 ジャスティンは剣の柄を握って微笑んだが。



「――加減出来ぬ、どうか許してほしい」


 瞑目して祈る様に囁いたジャスティンの言葉は誰の耳にも届かず、地に落ちた。

 そして目を開けたジャスティンは、殺気を漂わせた厳しい表情で剣を抜いた。その刀身は花に授けてくれた石と同じ様に濃い黒の中に様々な色を煌めかせている。

 ジャスティンが脇構えの様に剣を右脇に構えて重心を低くしたのと同時に、花の手を握るザックの手に力が込められる。


「行きます」


 ジャスティンの合図と共に、花もザックの握る手に力を込め瞬時に駆け出した。

 一歩先に踏み出したジャスティンの切り開いた道筋をザックに手を引かれ必死で走る。

 頬にぬめりとした生温かなものが散った感触がしたが気を取られてはダメだ。

 後ろは振り向かない。

 追いすがる兵をカイル達が()なしているのも感じたが、花は前だけを向いてひたすら走った。足が(もつ)れることなく走れるのはザックが何かしてくれているのだろう。

 やがて喧騒が徐々に遠のき、後ろにカイル達の気配もしなくなった事に悲しみが込み上げてくる。


 私はなぜ走っているのだろう。

 いったい何のために?私に何が出来るというのだろう? 皆を盾にしてまでしなければならない事なの?

 もういや、こんな思いはもういや!!


 込み上げる嗚咽を堪えて強く目を閉じた瞬間、急に立ち止ったザックの背にぶつかってしまった。

 そのままザックは花を背に庇うように立つ。

 そこへ兵らしき数人の駆け寄る足音と共に、軽い足音が響いた。


「義姉上!!」


「ニコス!?」


 護衛に囲まれたニコスが、花へと駆け寄って来たのだ。


「義姉上がお逃げになられるのを、僕もお手伝いしようと思って!!」


 勇ましく言うニコスはそれでも少し震えている。

 そんな様子のニコスを見て花は逆に気持ちを落ち着ける事が出来た。

 逃げてはダメだ。今、私ができる事をしなければ。


「違うの、私は王にお会いしようと思っているの」


「父上に?」


 驚いたニコスだったが、すぐに決意したように拳を握り締めた。


「でしたら父上は今、裁きの間にいらっしゃるようですから、こちらの方が近いです!」


 そう言って走り出すニコスを護衛達と慌てて追ったが、ザックが花の気持ちを代弁してくれた。


「殿下、危険ですからここまでで十分です!」


「いやだ!! 僕はもう隠れないって決めたんだ! 父上達がおかしくなっているのはわかっているのに何もしないのは嫌だ。せめて、少しでも力になりたいんだ!!」


 その言葉にザックはそれ以上何も言わなかった。

 花もニコスの王子としての言葉を受け止める。

 そうして花たちは裁きの間へと辿り着いたが、入口を守る騎士達に阻まれてしまった。


「義姉上、行って下さい!!」


 ニコスが騎士達を抑えつけ叫んだ。

 花はニコスとその護衛達に感謝しながら、ザックと共に裁きの間へと足を踏み入れたのだった。



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