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8.甘い話には罠がある。


「ふあああぁぁぁ……ああ!?」

 

 朝、目覚めた花はいつも通りベッドの中で大きく伸びをしたのだが、自分が寝ている場所に見覚えがない事に気が付いて驚愕した。

 

 ――― どっ、何処、ここ!? 何? この豪華なベッド……まさか、これが噂の異世界トリップというやつ!?

 

 天蓋付きの五,六人は眠れそうなベッドの上に飛び起き、花は辺りを見回した。

 

 ――― いや、異世界トリップは昨日済ませたんだった……。

 

 徐々に思考回路も動き出し、昨日の出来事を思い出した。

 バカボンに迫られバルコニーから転落して『神様』に助けられ、イケメンズフォーに出会って、この部屋に泊めさせてもらうことになったんだ……そうそう。

 

  **********

 

 昨晩、ルークたちの居た部屋を出た後、イレイザに案内されて連れてこられた部屋を見て、花は驚愕した。お見合い相手の桜庭から逃げ出した部屋、あのホテルの部屋にも全く劣らない豪奢な部屋だったからだ。

 出入り口となる青い鹿が描かれた両開きの扉を開けると、落ちつきはあるが明らかに高級と思われる家具が据えられた居間、そしてそれに続く寝室、バスルーム、それと……衣裳部屋?他にも小さな部屋がいくつか……とにかく、花が泊るには気が引けてしまうような部屋だった。

 

「あの……本当にここに泊っていいんでしょうか?」

 

 花は間違いじゃないかと思い、イレイザに声をかけた。

 

「はい。陛下のお申し付けですので」

 

 イレイザは単調な声で返答する。

 

「陛下……陛下とは、ルークの事ですか?」

 

 ――― そういえば金髪剣士も、ルークの事を『陛下』と呼んでいたな。

 

「そ、そのようにお呼びすることは私には出来ませんが……確かに、その通りでございます」

 

 今までの、どこか冷たいとも取れる感情を見せないイレイザの言動に、初めて動揺が見られた。

 

 ――― やっぱりそうか。偉い人なんだろうとは思ったけど……『陛下』って、たぶん国で一番偉い人に対する呼び方なんじゃないだろうか?

 

 それ以上は許容範囲を超えそうなので、花は考える事をやめた。

 

 ――― まあ、いいや。今日はもう疲れたし、難しい事は明日にしよう。

 

 そうして、イレイザが下がった後、帯を解き振り袖を脱いで、長襦袢でベッドに入り、あっという間に寝入ったのであった。

 

 

  **********

 

 

 これからどうしたもんか……と考えていたら、寝室の扉がノックされた。

 

「はい?」

 

 花の返事に扉が開き、イレイザが入って来て一礼した。

 

「おはようございます。陛下よりお召物が届いておりますので、お支度を手伝わせて下さいませ」

 

 花にはイレイザの言葉の意味がわからなかった。

 いや、言葉自体は理解できるのだが、内容が理解できない。

 

「……お召物?」

 

「はい。何点か届いておりますので、ご覧になられますか?」

 

 そう言ってイレイザは居間への扉を大きく開ける。

 すると、その扉の向こう、花の視界に入って来たのは色とりどりのドレスだった。その他にも小物等が並んでいる。

 

 ――― クラクラする……甘い……甘すぎるよ、ルーク……。

 

 痛む頭を押さえながら花は呻いた。

 花は楽観主義者ではない。

 面倒くさがりな為、「まあ、いいか」で済ますことは多いが、現実というものはわかっているつもりだ。

 要するに『うまい話には裏がある』『甘い言葉には罠がある』これらの言葉を十分に理解している。

 

 ――― いったい、ルークは私をどうするつもりなんだろう?

 

 そうこう考えているうちに、イレイザに「湯浴みの用意が出来ました」と告げられ、あれよあれよと言う間にひん剥かれ、お風呂に浸けられ、体を洗われ、気がつけば、髪も結われ、朝食の席についていた。

 

 朝食を食べているとノックの音が響き、イレイザが応対した後に扉が開かれた。

 部屋に入って来たのは、おそろいの服を着た若い女の子二人、昨晩のイケメン剣士と同じような、しかし少し色の違った服の若い男性が二人、この二人は帯剣しているので、やはり剣士らしい。そして四人よりは少し年上の、ウェーブがかったこげ茶色の髪の全体的に柔らかい空気を纏った男性だった。

 五人はそのまま花の傍まで来ると、深々とお時儀をし、年長者と思わしき焦げ茶の髪の男が少し前へ進み出て来た。

 

「ハナ様、お初お目に掛かります。私、この宮廷で侍従長を務めております、ジャスティン・カルヴァと申します。どうぞ、お見知りおきを」

 

 そう言って、更に深くお時儀をした後、顔を上げた。

 温和な雰囲気の中に、知性と鋭さを湛えた紺碧の瞳は真っ直ぐに花の瞳を射抜いた。

 

 ――― うわっ! この人もまた、すごいイケメンだ。他の四人も美男美女だし……ここはイケメン王国ですか?

 

「いえ、マグノリア帝国です」

 

「え!?」

 

 心のぼやきに返事が返ってきて、慌てて花は声の主、ジャスティンを見返した。

 

「あの……カルヴァさん、ひょっとして私、声出してました?」

 

「はい」

 

 笑顔で肯定され、花は真っ赤になった。

 

 ――― 恥ずかしい、バカだ私……。

 

 赤面する花に、ジャスティンは話を続けた。

 

「ハナ様、どうか私の事はジャスティンとお呼び下さい」

 

「えっ? あ、はい」

 

 ジャスティンはハナの返事にニコリと微笑み頷く。

 

「それでは、この者たちを紹介致します。セレナ、エレーン、前へ」

 

 その声に若い女の子二人が前へ進み出る。

 

「この者達は今日より、ハナ様付きの侍女となります、セレナとエレーンです」

 

 ジャスティンの紹介と共に、二人は頭を下げる。

 

「ハナ様、セレナと申します。これからどうぞよろしくお願い致します」

 

 赤い髪の娘が挨拶した後、少し薄い茶色の髪の娘もそれに続く。

 

「エレーンと申します。ハナ様にお仕えでき、大変光栄でございます。どうぞ何なりとお申し付け下さい」

 

 侍女二人の挨拶が終わると、入れ替わるように剣士二人が前へ進み出て花の足元に跪く。

 

「この者達は、ハナ様の護衛を務めます、ジョシュとカイルです」

 

 二人の剣士は顔を下げたまま、挨拶をした。

 

「ジョシュ・ダグラスと申します」

 

 灰色がかった黒髪の若者が先に挨拶を述べる。

 

「カイル・ハートと申します」

 

 少し茶色がかった金髪の若者が挨拶を終えると、二人はそのまま後ろへ数歩下がり、立ちあがると扉まで移動し、直立した。

 そうした四人の挨拶の間、花はただポカンとしていたが、ハッと我に返り、ジャスティンに問いかける。

 

「あの……これはいったい……?」

 

「ハナ様がご不自由を感じられないようにとの、陛下のご配慮です。それでは、私はこれにて失礼致します。何かございましたら、この者たちにお申し付け下さい」

 

 そうしてジャスティンは一礼して、扉へと向かった。

 

「あの、待って下さい!」

 

 それに慌てて花は声をかける。

 

「何でしょうか?」

 

 その場で振り向き、ジャスティンは答えた。

 

「あの、ル……陛下にお会いしたいんですが」

 

「陛下でしたら朝議が終わり次第、こちらにお見えになるそうですので、もうしばらくお待ちください」

 

 そう言って、ジャスティンは部屋を出て行ってしまった。

 

 ――― 恐ろしい……私はいったい何に関わってしまっているのだろう。この甘い罠から抜けだせる気がしない。

 

 花はどんどん追い詰められてしまっている気がしたのだった。

 


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