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75.後悔先に立たず。

 

 リコが執務室代わりに使っている部屋に、ザックとトールドが報告の為に入って来た。

 窓の外をぼんやりと眺めたままのリコへトールドが心配そうに声をかける。


「リコ様、本当にハナ様をマグノリアへと、皇帝の許へとお帰しになるのですか?」


「そういう約束だ」


「しかし、先程も街でたくさんのハナ様への謝辞と賛美の声を掛けられました。民達も戦の影に脅えておりましたから……またマグノリアへ侵攻した兵たちの多くがハナ様の歌によって癒されていると……センガルでの事は兵たちの心の傷になっておりますから」


「――なあトールド、それらは全て誰のせいだ? マグノリアへの侵攻を決めたのは誰だ? センガルの殺戮を指示したのは誰だ?」


「リコ様、それは……」


 リコの口調は穏やかだったが、トールドはその答えに詰まった。しかし、それをすぐにリコは引き継いだ。


「父上だ。しかしその責任は父上だけにあるのか? 父上を(そそのか)した者、父上を止めなかった者、悪いのは誰なんだ?……ただ逃げ回ってばかりだった俺はどうなんだ?」


「ですがリコ様は、ハナ様をお助けになったではないですか」


「それは誰の為だ? 国の為、戦を止める為、いくらでも理由はあるさ。だが本当にそうなのか? 俺は……俺の為にハナを利用したに過ぎないんじゃないか? いずれにしろハナの為でないのは確かだ。その上、更に俺達はハナに救いを求めるのか?」


 そこまで一気に吐き出すと、リコは己を落ち着けるように深く息を吸った。


「今、国境の向こうでは着々とマグノリア軍が進軍の準備をしているのはお前も聞いているだろ? 上手くいけば、三日後には無事合流できるだろう」


「しかし、だからといって戦は――」

「止められないだろうな」


 トールドの言葉を遮ったリコは、振り向いて続けた。


「俺は結局、父上を説得してみせると言った約束も、ハナを守ると言った約束も、守る事ができそうにない。それならせめて、皇帝の許へ帰してやるという約束くらいは守りたい……なあ、なぜ父上はハナが歌うのを止めないと思う? 俺はそれに賭けているんだ」


 リコは再び窓へと向き直ると、それ以上の話を打ち切ってしまった。

 その事を理解したトールドは諦めのため息を吐くと、「残念だったな」となぜか嬉しそうに笑うザックの鳩尾に一発拳を入れてから、部屋を出て行った。


「今、本気でやったよな? 俺、防御魔法で防がなかったらマジで死んだよな?」


 と、文句を言いながらザックもトールドを追って出て行ったのだった。

 長い付き合いの二人が、リコが一人になりたいのを察して出て行ってくれた事に感謝しながら、リコは昨夜のジャスティンとの話を思い返した。


 なぜ急に父上は変わってしまったのか、ずっと疑問に思っていた。

 父上は誰よりもこの国を思い心を砕いてきたというのに、今は破滅に導いているとしか思えない。

 だが、父上は変わったのではなく操られていたのだ。

 そんな事が闇の魔力で可能だとは思いもよらなかったが。

 ジャスティンの剣に宿る魔族・リリアーナが言うには、魔族にとっても異質の力で、リリアーナとは相性がよくないらしい。しかもクラウスに対しては脅えてさえいると。


 クラウス。

 やはりあの男が全ての元凶だったのか。

 魔族でもないのに闇の魔力を操り、魔族を脅えさせるなど、クラウスはいったい何者なのか?

わからない事ばかりだが、とにかく今は、父上達を正気に戻さなければならない。

 それと同時に、早急にハナを逃がさなければ。

 これ以上、彼女を巻き込む訳にはいかない。

 嫌な予感に、心がざわつく。

 なぜ、彼女を王城に連れて来たりしたのだろう。

 どこで俺の選択は間違った?

 いや、初めから間違っていたんだ。裏切り者になろうとどうしようと、彼女をマグノリアへと逃がすべきだったのだ。


「くそっ!!」


 リコは固めた拳を強く壁へと叩きつけた。


 やはり俺は弱虫の卑怯者でしかなかった。

 だが、もう選択を間違ってはならない。

 それが例えどんなに辛いものでも、逃げてはならないのだ。



*****




 毎日遊びに来るようになったニコスと、花はいつものようにシューラを弾いていた。


「義姉上、王城の靄がすっかり消えてしまいましたね!」


 嬉しそうに笑うニコスに、花は曖昧に微笑むだけだった。

 確かに花も最初は、靄が消えたと思っていた。

 でも、何かがおかしい。

 胸の中を覆う不安がそう思わせているだけで、ただの思い過ごしならいいのだが。


 花は気を取り直すためにお茶を頼みに、自ら侍女たちの控え室へと向かった。

 控え室へと近づくと、男女の囁き合うような声が聞こえてきたので、花は思わずそちらの方へと足を向けた。


「――気配が消えてん……でもやっぱり無理……」


「いえ、私の方こそ無理を言って……十分ですから、もう立って下さい」


「ごめんなぁ、役立たずで……」


 そこにいたのはジャスティンと、ジャスティンの足元に跪いている妖艶な美女。

 二人が花に気付き、視線を向けた。


「お……お邪魔しました」


 なんとなく気まずくて去りかけた花をジャスティンが引き止める。


「ハナ様、せっかくの機会なので紹介させて下さい。この子が私の剣に宿っているリリアーナです」


「あ……はじめまして、花と申します」


 花はリリアーナの美しさに圧倒されながらも何とか挨拶を口したが、リリアーナは花を上から下までジロジロと眺めてから口を開いた。


「ふ~ん……この子がねぇ……まあ、人の好みも色々あるしなぁ」


 嫌味を全く感じないその言葉に花は微笑みを返す。


「あんなぁ、ハナペチャんお願いしてもええ?」


「――リリアーナ」


 ジャスティンの窘める声にもリリアーナは気にした様子もない。


――― ハナペチャん……ハナペチャ?ハナちゃん?……ハナペチャん? お上手です!!


 花も気にするどころか、妙に感心していたが。


「ルークにお願いして欲しいんやけど……ちょっとでええから、ルークの精気を吸わせてって――」



「………はい?」


 花の微笑みは固まったまま、今度は強く窘めているジャスティンの声も耳に入らない。

 しかし、思考はめまぐるしく動いていた。


――― えっとえっとえっと……どういうことどういうこと……?


 空回りするだけであったが。

 そこへジャスティンが何事もなかったかのように、いや、リリアーナの口を強引に塞いでいる所を見るとそうとも言えないが、それでもいつものように微笑んで花に尋ねた。


「ハナ様、何かこちらに御用でしたか?」


「あの……侍女さん達にお茶を頼もうと……」


「かしこまりました。それでは私が言い付けておきますので、どうぞハナ様はお戻り下さい」


 そう促されて、花は微笑みながら素直に引き返したのだった。



 花を見送った後、ジャスティンは呆れたようにリリアーナを再び窘めた。


「リリアーナ、からかいすぎですよ」


「え? 本気やったのに?」


「リリー……」


「でもあの子、顔色良くなったしええやん」


 顔色が良くなったと言うより、真っ赤になったという方が正しいのだが、悪戯っぽく笑うリリアーナの頭を、ジャスティンは嘆息しながらも優しく撫でたのだった。



 一方、花は居間へ戻るなり、走り出して寝室へと駆け込んだ。

 その様子にニコスも護衛達も驚き心配したが、花にとってはそれどころではなかった。


――― えっとえっとええっと……さっきのは……いやいやいや、違うから!! 変換間違っちゃダメだから!! 間違っちゃダメ!!……あれ? でも……いやいやいや、と、とにかく……落ち着け!


 花の動揺はしばらく続いたのだった。



 その後、ニコスが帰った後に花はジャスティンからあるものを渡された。


「ハナ様、これはリリアーナの気から作ってもらったものです。これを持っていて下されば、万が一、(はぐ)れてしまった時でもハナ様の居場所がわかりますし、もし何かあった時には少しですが助けになるはずです」


 そう言って渡された物はオパールの様な、濃い黒の中にも様々な色が混じり合った不思議な色彩を放つ石だった。それを小さな巾着に入れて首から提げる。


「ありがとうございます……あの、ひょっとして先程はこれを作って下さっていたんですか?」


「ええ、もちろん。それ以外に何を?」


 優しく微笑み問い返されて、花は言葉に詰まった。


「……え? いえ……特に何というわけではないんですが……」


 なぜか花は再び動揺し視線をさまよわせたが、ふとジャスティンの魔剣に目を止めた。


「ジャスティン……リリアーナさんの形が変わってないですか?」


 魔剣の形状が幅広の真っ直ぐなものから、剣先が少し湾曲した細身のものに変わっているようだったのだ。


「ええ、よくお気づきになられましたね」


「まさか、これを作って下さったせいですか!?」


 花は急に心配になって訊いた。


「もちろん違います。これは、この子の本来の剣としての形なのですよ。剣として戦うための。レナードの魔剣、メレフィスも剣として戦う時には形が変わりますよ。ディアンのアポルオンは………どうなるのかわかりませんが……」


「魔ペンの戦闘モード……」


「……」


 花の心配は杞憂に終わったのだが、その場には何とも言えない空気が残ったのだった。




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