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71.それぞれの思惑。


「王! リカルド殿下の正妃とその縁者たちの面会を許すだけでも甘い措置ですのに、なぜ滞在する事まで許したのですか!?」


 クラウスの焦れたような声にも、王は頭を抑えたままゆっくりと答えた。


「そなたは何を心配しておる? いくらあのカルヴァと言う男の魔力が強かろうとも我らの敵には成り得ないことはわかっておろう……正妃の縁者が訪ねてくれば歓迎し、持て成すのは当然の事。いくら敵国の人間とはいえ、その礼儀を欠いては各国から何を言われるかわからん。これ以上卑怯者の誹りを受けるはこの国にとって……」


 王の言葉はそこで途切れてしまった。

 それでもクラウスが何かを言おうとしたのを王は片手で制し、立ち上がる。


「どうも頭に霞がかかった様ではっきりしない。暫く休む」


 王はそう告げるとそのまま去り、己の抗議が通らないままクラウスは王を見送ることになった。

 だがクラウスは気にした様子もなく薄く笑うと、一人静かに呟いた。


「少し遊びが過ぎたか……」




**********




 部屋に戻る頃にはリコの顔色も回復したようだった。

 そして一行が部屋に入るなり、ジャスティンはリコに向かって立礼の最敬礼をした。


「リカルド殿下、ハナ様を保護して下さり誠にありがとうございました」


「ジャスティン?」

「ジャスティン様!?」


 ジャスティンの突然の言動に花もカイル達も驚いたが、それ以上にリコは驚いていた。


「どういう意味だ?」


 (いぶか)しげに問うリコに、ジャスティンは顔を上げ答える。


「言葉通りの意味でございます。ハナ様をセルショナード王達からお守り頂いた事を大変ありがたく思っております」


「……俺はお前達の大事な皇帝の側室を、手出しできないように正妃にしたんだぞ?」


 リコのせせら笑うような言葉にもジャスティンは微笑みを崩さない。


「殿下、私の妻は殿下の御母君の妹姫でありました」


 当たり前の事実を微笑んで告げるジャスティンに、リコは真顔に戻った。

 花やカイル達と同様に、それまで茫然と二人のやり取りを見ていたザックとトールドは、ジャスティンのその言葉にハッと息をのむ。


「……どこまで知っている?」


 目を(すが)めて問うリコに、やはりジャスティンは微笑んだまま。


「ほんの少しだけ。私はほとんど何も知りません」


 一瞬、顔を(しか)めてジャスティンを見たリコだったが、フッと頬を弛めるといつもの笑んだ顔に戻った。


「暫く五人で再会を楽しめばいい」


 そう言うと、リコはザックとトールドと共に部屋から出て行った。

 花は二人のやり取りが何を意味するのか全くわからなかったが、とにかく今はその事を考えるのを止めて、ジャスティン達に向き直った。


「ジャスティン、カイル、ジョシュ、コ―ディも……ここまで来てくれて本当にありがとうございます」


 花は感謝の気持ちを込めて深く深く頭を下げた。

 そんな花にカイル達は慌てる。


「どうかハナ様、お顔を上げて下さい!」

「私たちはハナ様をお守りする事ができませんでした……」

「我々が不甲斐ないばかりにハナ様を大変な目に……御髪を……申し訳ありません……」


 今度は三人が言葉を詰まらせ、涙をのんで深く頭を下げる。

 それに今度は花が慌てる番だった。


「そんな! どうか頭を上げて下さい!! みんなのせいなんかじゃないですから!!」


「ジョシュ、カイル、コ―ディ、頭を上げなさい。ハナ様がお困りになっておられる」


 そう三人に告げるとジャスティンも花に真剣な顔を向ける。


「ハナ様は何一つ選択をお間違いにならなかった。お辛かったでしょうに……御髪を……それでも、無事お会いする事ができて本当に良かった……」


 ジャスティンが何を知っていて何を知らないのか、やはり花にはさっぱりわからなかったが、それでもその心からの言葉に花は再び涙が込み上げてくる。


「か……髪は自分で切ったんです。だから大丈夫です……あの……お茶の用意をお願いしてきます」


 涙を隠すように踵を返すと、花は侍女たちの控室へと向かったのだった。




「まあ、ジャスティン様!!」


 花がお茶の用意をお願いした侍女はジャスティンを見るなり、用意していたお茶をこぼしそうな勢いで驚きの声を上げた。

 そしてその声を聞き付けた他の二人の侍女たちも慌てて控室から出て来ると、同じ様に驚く。

 ジャスティンはそんな様子の侍女たちに落ち着いて挨拶をした。


「お久しぶりです。ケイト、ルーシー、ジュディ」


 侍女たちは頬を染めて、ただコクコクと頷くだけだった。

 そして花もまたその様子を見て驚いていた。


――― 侍女さん達の様子にも驚きですが、ジャスティンったら全員の名前を覚えているんですね……恐るべし……。


 三人はリコの母であるマグノリア皇女の輿入れの際に付いてきた侍女たちだったのだろう。

 だとすればジャスティンとも顔馴染みなのも頷ける。

 二日前に紹介された侍女たち三人は花にはどこか堅苦しく、よそよそしい態度だった。

 侍女たちにとってみれば、先日まで皇帝の側室だった娘をいきなりリコの正妃だと紹介されたのだから納得が出来ないのも当然だろう。

 しかも、二晩ともリコの寝台で寝たのは花だけで、リコの寝た形跡がないのだから不審にも思っているはずだ。


「無事にシェラサナード様とご結婚なさる事ができたようで、私達喜んでいたんですよ」

「遅くなりましたが、おめでとうございます」

「シェラサナード様はお元気でいらっしゃいますか?」


 機関銃の如く話し始めた侍女たち三人を穏やかに相手にするジャスティンを見て花は改めてジャスティンを尊敬していた。


――― うーん……ジャスティンって女性の扱い上手いよね……それにしてもこの侍女さん達、こんなにしゃべるんだったんだ……。


 この二日間で必要な事以外、口を開かなかった侍女たちの変わりようにも驚いた花だった。




 暫くゆっくり話をした後、ジャスティン達はリコの指示で用意された部屋に案内された。その際、二人は花の下に残り、交代するようにその後残りの二人が部屋へと行く。

 それからジャスティンとカイルは侍女の案内で王城を見て回る事になり、やはり二人は花の下に残った。

 どうやら、常に二人は護衛の為に花の側に付いていてくれるらしいのだ。

 それが花にはとても嬉しく、今までの常に緊張していた状態から少しだけ解放されてとても有難かった。



 そして、花はかなり長い間シューラを弾いていた。

 久しぶりに手にした事が嬉しくて、指が限界を訴えるまで続けたのだ。

 シューラを弾き終えると、ジョシュもコ―ディもとても嬉しそうな顔をしていた。


「再びハナ様の歌声を聴く事ができるなんて嬉しくて……」


 しかもコ―ディは今にも泣きそうだった。

 そんなコ―ディに花も嬉しく思う。だが、ふとある事に気付き窓へと近づいた。


――― もやもやが……消えてる?


 先程、王の謁見の間でも感じたが、気のせいかとも思っていた。

 しかし今、外を見てみると王城を覆っていた黒い靄が完全とはいかないまでも随分薄くなっているのだ。


――― まさか、私の歌が原因だったり?……いや、さすがにそれは……。


 ジャスティン達とも話していてわかったのだが、どうやらこの黒い靄は花にしか見えていないらしく、本当に薄くなっているのかはみんなに聞いてもわからないだろう。

 その為、花は半信半疑ながらも、今度はアカペラで歌ってみる事にした。

 そうして歌い終わり――


――― ……消えちゃったよ、もやもや……。


 今度は花の見える範囲での黒い靄が完全に消えた様だった。


――― なんか……ちょっと……。


 今まで『癒しの力』だの『奇跡の歌声』だの言われてはいたが、どこか他人事のように感じていた花は改めて自分の力というものを実感して驚く。

 それと同時に少し怖くもなったのだった。




 夕食はリコの計らいでジャスティン達四人と一緒にとる事ができた。食後のお茶を飲んでいるとリコ達が戻って来た。

 リコ達は別で夕食をとったらしい。

 その後、時間も遅くなってきたので花はみんなに挨拶をして寝室へと下がった。

 それなのにいつまでも部屋から出て行こうとしない四人にリコは少し苛立ったように告げた。


「――お前ら、俺達は新婚なんだから、いい加減退室しろ」


 それにジャスティンが「はて?」といった調子で眉を上げ、カイル達は聞こえていない訳もないのに無視を決め込んでいる。

 続く沈黙の中、リコが口を開いた。


「ジャスティン、二人だけで話がある」


「……わかりました」


 そう答えるとジャスティンは三人に部屋に戻る様に告げた。渋る三人にジャスティンは「交替の時間が来たらお願いします」と言って三人を下がらせたのだ。


「まさか、ここで不寝の番をする気か?」


 顔を顰めて聞くリコに、ジャスティンは当然だと言う様に肩を竦める。

 それにリコは大きくため息を吐き、ザックは大笑いし、トールドは不満そうな顔をしたのだった。



**********



 ジャスティンとの話を終え、寝室に下がったリコは寝台へと近づいた。

 すでに寝入っている花にリコは思わず笑いを洩らす。


「癒しの力か……」


 ポツリと呟いたリコの顔は一瞬苦しそうに歪んで見えたが、気のせいだったかも知れない。

 リコは暫くいつもの穏やかな顔で花を見つめていた。

 それから花の頬にかかった髪を優しく梳いて耳へとかけてやると、そっとその頬にキスを落としたのだった。



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