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68.一歩進んで二歩退がる。


(おもて)を上げよ」

 

 王の言葉に花はリコと共に伏していた顔を上げた。

 花の顔は緊張に青ざめこわばっている様に見えたが、そうではない。

 この場に満ちる、闇の色濃い淀んだ空気に気分が悪くなっていたのだ。

 

 花は今、リコと共にセルショナード王に面していた。

 顔を上げる事を許されながらも直視はせずにそっと王を窺った花だったが。

 

 ――― わかっ!!

 

 リコと同じように少しクセのある燃えるような赤い髪に少し暗い翡翠色の瞳の王は、リコの父親と言うより兄にしか見えなかった。

 

 ――― そうか……魔力が強いから当然姿も若いままなんだ……。

 

 改めてこの世界の不老長寿とでもいうべき事象に驚いた花だったが、それにしても、と花はその場にいる者達をさり気なく観察して違和感を覚えた。

 いくら不老長寿とはいえ、皆が若すぎるのだ。

 マグノリア王宮の主だった政務官達に比べて格段に若い。

 そして、王の隣に立つローブを目深に被った魔術師らしき男に目を向けた。

 

 ――― あれがクラウスとか言う魔術師かな?

 

 そんな事を考えていた花の耳に王の言葉が入ってきた。

 

「そなたがマグノリア皇帝の側室だった娘か? ユシュタルの御使いなどと言われている?」

 

「……はい」

 

 王の問いに素直に答えた花だったが、王はそれには頓着した様子もなく一人呟くように続ける。

 

「それにしても、皇帝の趣味も変わっておるな……」

 

 もうすっかり慣れっこになったその言葉に花は動じなかったが、続く言葉に動揺した。

 

「リカルド、そなたの趣味もずいぶん変わったらしいな。それもまさか、儂の許可もなく正妃を娶るとはな」

 

 しかしリコは動じた様子もなく、頭を下げて弁明する。

 

「私は此度、初めて己の心が儘ならぬ事を知りました。マックスには悪い事をしたとは思いますがどうしようもないのです。どうかお許し下さるようお願い申し上げます」

 

 その言葉に反応したのは王太子だった。

 

「誰が許すものか!! その娘は私の――」

「マックス」

 

 王太子の激昂した言葉を静かに王は遮る。

 そして再び花に視線を向け、問うた。

 

「娘よ、そなたはこのままリカルドの正妃となる事を望んでおるのか? そなたがマグノリア王宮から消えた時、皇帝は荒れ狂い力を暴走させたと聞き及んでおるが?」

 

 その言葉に顔を再び伏せていた花はきつく目を閉じた。

 しかしそれはほんの一瞬で、その事に気付いた者はいない。

 そして目を開けた花はゆっくりと顔を上げ、王の目を真っ直ぐに見つめた。それが如何に無礼な事であろうと花は構わず、強い視線を向けたまま答える。

 

「私はリカルド殿下の正妃となりました。今はただその事実のみが重要なのです」

 

 王は花の視線に眩しそうに目を細めた。

 暫くその場に沈黙が落ちたが、王はもう一度花に問う。

 

「娘、名は何と申す?」

 

「花と申します」

 

 花は込み上げてくる涙を必死に堪え微笑んで見せた。

 それに王はフッと軽く笑うとリコへと視線を向ける。

 

「リカルド、この婚姻を認めよう」

 

「ありがとうございます」

「父上!!」

「王!!」

 

 王の許諾の言葉に礼を述べるリコと花だったが、そこへ異議の声を王太子だけでなくクラウスも上げた。

 

「クラウス、何だ?」

 

 静かに問う王に、クラウスは頭を下げ発言の許可を得た。

 

「ハナ様にお伺いしたいのですが……二日前に完全に封鎖されている国境が四人の男達に突破されてしまいました。姪であるハナ様を迎えに参ったと申していたらしいのですが……ご存知でしたか?」

 

 その言葉にリコがピクリと反応した。

 

「……いえ、存じませんでした」

 

 花の答えにクラウスはローブの奥でほくそ笑んだ様に見えた。

 

「おや、そうでしたか。リカルド殿下は御存じでいらしたでしょう? あれ程派手に突破されれば、お気付きにならない訳がありませんものね?」

 

「――ああ」

 

 苦虫を噛みつぶしたような顔をして答えたリコにクラウスは満足そうにし、更に花に問う。

 

「名は何と申しましたか……ハナ様、大変申し訳ありません。あなたの叔父上のお名前を忘れてしまいまして、何とおっしゃりましたか?」

 

 クラウスの試すような問いに、花は必死で考えを巡らせた。

 護衛達だろうか? しかし、花を姪とするなら……花に忠誠を誓ってくれた元騎士。

 ルークからジャスティンが元近衛騎士だと言う事は聞いていた。そして、花をセインの養子にする事を検討していたのも知っている。

 だとしたら答えは一つしかない。

 

「………カルヴァです。ジャスティン・カルヴァと……私の義父はセイン・カルヴァですから」

 

 花の答えに残念そうにしたクラウスに、花はそれが当たっていた事を知った。

 ジャスティンが迎えに来てくれているのだ。

 その事実に花の胸は熱くなり、再び涙が込み上げてくる。

 花は、王へと向き直り頭を下げた。

 

「叔父であるジャスティンに私がリカルド殿下の正妃となった事を報告したく存じます。どうか、叔父が参上した折には面会を許して頂けるようお願い申し上げます」

 

「私も我が正妃の叔父上に是非祝福して頂きたい。父上、私からもお願い申し上げます」

 

 リコも花と一緒に頭を下げ請願した。

 それに王は考えるように黙り込んだ後、小さく「考えておこう」と答えたのだった。

 

 

 

 そうして終わった王との面会の後、二人は部屋に戻った。

 部屋に入った途端、花は繋いでいたリコの手をサッと離す。

 

「ハナ……」

 

 リコの何かを訴えるような声に、花は微笑んで応えた。

 

「なんでしょうか?」

 

 その優しげに見える微笑みに、リコは再び花との距離が開いたのを感じた。

 

「……いや、なんでもない」

 

 迎えが来たと告げなかった事を弁解しようとして、リコは止めた。

 リコは己のとった行動が間違っていたとは思わないし、同じ事があれば再び同じ様にするだろう。

 きっと花ならば、理解しているはずだ。ただ、受け入れられないだけで。

 だから仕方がない事だと己に言い聞かせる。

 ただ、少し心を許してくれたようだった花に再び拒絶された事がリコの心を苦しめるだけなのだ。

 リコは花の柔和な笑顔を見る事ができず、視線を逸らしたのだった。

 

 

 

  **********

 

 

 

「ジャスティン様、昨日からハナ様と第一王子の話で街は持ち切りです」

 

 カイルの焦れたような声が、タベルナ(食堂兼宿屋)に取った部屋の一室に響いた。

 別れて二日後に、街へ南門から入って真っ直ぐ王城へと向かう道の二軒目のタベルナで落ち合う約束通り、四人は合流していた。

 

 昨日、王からの布令で第一王子であるリカルドとユシュタルの御使いと言われる娘の正式な婚姻が発表され、またその恩赦と称して国境の完全封鎖が解かれたというのだ。もちろん、結界はまだ張り巡らされたままだが。

 そしてその報せは各国を駆け巡る。

 

「ええ、私たちも何度か聞きました。ハナ様がリカルド王子のご正妃になられたと」

 

 カイルに応えたジャスティンの言葉を最後にその場は沈黙に包まれた。

 続く重たい沈黙の中、ポツリとコ―ディの言葉が落ちる。

 

「一体どういう事なのか、意味が分かりません」

 

「……セルショナードは、陛下がどれほどハナ様を大切に想っていらっしゃるか正確に理解しているようですね。これは陛下を(さいな)んで楽しんでいるだけの様に感じます。センガルの事にしてもそうですが……」

 

 ジャスティンはずっと感じていた事を吐露した。

 あまりにも不確かで奇矯(ききょう)な考えの為、口に出す事が憚られていたものだ。

 

「しかしなぜ? セルショナード王が陛下に恨みを抱く事など何もないはずです!」

 

 カイルの吃驚(きっきょう)した声にもジャスティンは落ち着いて答えた。

 

「それをこれから調べに参りましょうか」

 

「え……どちらへ?」

 

「王城です。せっかくハナ様が機会を下さっているのですから、無駄にする訳には参りません」

 

 コ―ディの疑問にそう答えると、ジャスティンは再びあのガッシュとの会話で見せた楽しそうな笑みを浮かべたのだった。

 


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