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65.百聞は一見に如かず。


「陛下、シューラ奏者が意識を取り戻しました」

 

 王宮を出て行ったジャスティンたちを見送った後も暫く窓の外を黙って眺めていたルークに、ノックと共に入室してきたディアンが報告する。

 花が連れ去られた後に応接の間で倒れているシューラ奏者が発見されたのだが、ルークの力の暴走により、魔力の弱いシューラ奏者は重篤な状態に陥っていたのだ。

 

「それで?」

 

 冷めた声で先を促すルークに、ディアンは一度レナードに視線を向けてから続けた。

 その視線にレナードは己の剣に手をかけて、いつでもメレフィスを呼び出せるようにする。ルークが再び力を暴走させてしまった時に備えているのだ。

 

「やはり、今回の(はかりごと)に彼は無関係のようです。どうやらハナ様のお名前で呼び出されたそうなのですが……その言伝を持ってきたのが小間使いのガーディという男で、この男の姿はあれから誰も見ておりません。また以前、ハナ様を襲ったウシューズ伯爵の娘の件ですが、あれについてもどうやらそのガーディと言う男が関わっていたようです」

 

 一息にここまで告げたディアンは少し間をおいてルークの様子を窺い、それから再び続けた。

 

「どうもこのガーディという男は闇の魔力を使うようです。アポルオンに調べさせた所、ウシューズ伯爵は闇に囚われていると。此度、あれだけの魔術師達を陛下の結界内に引き入れる事が出来たのはガーディだけでなく伯爵が関わっていたからです。それとどうやら伯爵だけでなく他にも数人の貴族たちも闇に囚われているらしいと」

 

 その報告を聞いてもルークに何も変わりはなかったが、ただ先程以上に冷徹な声でディアンに告げた。

 

「ウシューズも、その貴族たちも決して私の前には連れてくるな」

 

 ディアンは「御意」と簡潔に答えたのみで、再びレナードに一度視線を向けると退室していった。

 ルークにはその男たちを前にして冷静でいられる自信がなかった。

 間違いなく、怒りを抑える事が出来ずに殺してしまうだろう。だが、それはまだ良い方かも知れない。自分がどうなってしまうのかが分からないのだ。

 再びルークは窓の外を、セルショナードの方向を眺めた。

 

 

 

  **********

 

 

 

 セルショナードの地に立った四人は程なく、セルショナードの軍勢に囲まれた。

 その数は優に百人を超えている。

 だが、それだけの人数を前にしても四人は怯む事も、気負いもなかった。

 対するセルショナード軍の兵達からは圧倒的数の為か余裕さえ感じられたが、それを将軍らしき者が強く叱責する。

 

「お前ら、気を抜くな!! 奴らは相当の魔力だぞ!!」

 

 その言葉に兵達は気合いを入れ直し臨戦態勢に入った。

 

「ジャスティン様、行きますか?」

 

 淡々と問うカイルに、ジャスティンも同じように淡々と返す。

 

「いえ、念の為に話し合いを試みてみましょうか」

 

 そう言って、ジャスティンは数歩前に進み出ると、先程の将軍らしき男に向かって口上を述べた。

 

「私はマグノリア帝国王宮で侍従長を務めておりますジャスティン・カルヴァと申します。此度、このセルショナードに参りましたのは、我が姪にあたるカルヴァ侯爵家当主セイン・カルヴァの娘ハナが不埒者により貴国に連れ去られた為、それを追っての事。ここに我が皇帝陛下の朱印状もあります。どうか、このままお通し下さいますようお願い申し上げます」

 

 そして朱印状を掲げ頭を下げたのだが、残念ながら将軍は書状を検める事もなく吐き出すように宣告した。

 

「悪いが我が国は今、全国境封鎖中だ。如何なる理由があろうと何人たりとも通す訳にはいかん。よって、貴様らを国境侵犯の咎でこの場で処刑する」

 

 将軍はそう言うが早いか、己の剣を抜き捨てジャスティンに斬りかかった。

 それをジャスティンはサラリとかわし、数歩後退する。

 

「ジャスティン様!!」

 

 カイル達が駆け寄ろうとするが、ジャスティンはそれを手で制す。

 

「大丈夫です。さて、こんな所で魔力を消費するのも馬鹿らしいですし、ここはこの子に任せますのであなた達はもう少し下がっていて下さい」

 

 その言葉と同時にジャスティンは腰に佩いた剣の柄を握った。

 思わず後退った三人とは対照的にセルショナード軍はジャスティン達の方へと進み出る。

 そしてジャスティンは剣を抜いた。

 鞘から抜け出た白刃は強烈な光を放ち、あまりの眩しさにカイル達三人も敵兵達も瞬間、思わず目を瞑り、再び目を開けると……。

 

「え?」

 

 その場にいる全員が驚きの声を上げた。

 恐らく動じていないのはジャスティンと、そのジャスティンにべったり巻き付いている妖艶な美女だけだろう。

 波打ち艶めく腰までの長い黒髪に金色に光る瞳、浅黒い肌は魔族の特徴。

 しかし、アポルオン達とは違い頭にはピョコリとのぞく、ふわふわした黒い猫のような耳に、お尻には機嫌良く揺れるふわふわの黒いシッポがあった。

 

「んもう、ジャスティン様のい・け・ず♪ 何十年も縛るなんて、うち……めっちゃ辛かってん。ちゃんと埋め合わせしてなぁ?」

 

 そう言いながら、人差し指の漆黒に輝く尖った爪でジャスティンの背をツツっとなぞる。

 

「はいはい、後でね。それよりもリリアーナ、なぜ私があなたを呼び出したかお分かりでしょう?」

 

 妖艶な美女、もとい魔族のリリアーナの誘惑にも動じずジャスティンはテキパキと自分に巻き付いたリリアーナの艶めかしい手足をほどいてその場に立たせるとポンポンとリリアーナの背を叩く。

 

「ほんま、つれないわぁ」

 

 不貞腐れながらリリアーナはカイル達の方をチラリと見る。

 思わず更に後退る三人だったが、ジャスティンがリリアーナの顎を捉えてクイッと向きを変えさせた。

 

「リリー、そっちじゃなくて、こっちです」

 

「ええ? あの子たち、めっちゃおいしそうやのにぃ……まあ、こっちでもええけどぉ。めっちゃお腹すいてるしなぁ」

 

 そして、御馳走を前にした肉食獣のようにペロリと舌舐めずりをする。

 今まで呆気に取られたように、成り行きを見守っていたセルショナード軍はリリアーナの視線を受けて一瞬動揺をみせたが、すぐに気を取り直して剣を構えた。

 

「うふふふ。ジャスティン様、全部食べちゃっていい?」

 

「全部……まあ、気の毒ですがある意味人口抑制にもなるでしょうし、いいですよ」

 

 嬉しそうに笑うリリアーナの要求に、ジャスティンは少し考えて許した。それを受けて更にリリアーナは顔を輝かせ喜んだ。

 

「やった!! ほな、いっただっきま~す!!」

 

 その掛け声と共にリリアーナの姿は霞み、ジャスティンの握っている剣が光を放ちビリビリと振動する。

 

「くっ!!」

 

 ジャスティンは顔を顰めて剣を握り直すと、セルショナード軍に向かって(くう)を薙いだ。

 一瞬の静寂の後――ドンッ!! とその空間に凄まじい圧力が加わり、敵兵達はその場に押し潰される様に倒れ込む。

 それはただ気を失っているだけのようで、その顔はなぜか恍惚として見える。

 そしてその場に立ったままでいられたのは魔力が強くリリアーナの魔力に呑まれなかった者達と、数十人の……。

 

「リリアーナ、好き嫌いはいけませんよ」

 

 ジャスティンが静かに窘める。それに再び姿を現したリリアーナがシュンとして答えた。

 

「だって……好みちゃうもん……」

 

 幸か不幸かその場に残った数十人はリリアーナの食指が動かなかった者達らしい。

 その者達が青ざめているのは決して食べ残されたからではなく、あまりにもすごい衝撃だった為だろう……たぶん。

 

「な!?……何が……!?」

 

 将軍は驚きのあまり言葉が続かないようだった。

 何が起こったのか理解できないのだ。その場に倒れている者達は皆、魔力は十分残っているのだから。

 リリアーナの魔力は精気を吸い取る。この場合、性的な精力と言った方が早いかも知れない。

 それ故、ガッシュも先輩騎士たちも、アポルオンやメレフィスさえもリリアーナを恐れ敬遠しているのだ。若干、憧れている者達もいるらしいが。

 

「うふ♪ ごちそうさまでした♪」

 

 先程以上に艶めいて見えるリリアーナは将軍に向かってウィンクすると、ジャスティンに向き直って甘えた声を出した。

 

「ジャスティン様、うち頑張ったやろ? ご褒美ほしいなぁ」

 

「はいはい、後でね。では、少し休んでいて下さい」

 

 ジャスティンの言葉に「え~?」と文句を言いながらも素直に剣へとリリアーナは戻って行った。

 そして、その場には微妙な空気が流れる。

 

「さて、それでは残りを片付けますか」

 

 三人は剣を納めたジャスティンの言葉にハッと我に返ると己の剣を握り直す。

 

「ジャスティン様、剣は……」

 

「私は素手で十分です」

 

 カイルの心配した声にも、ジャスティンはあっさりと答えた。

 リリアーナの魔力に呑まれなかった者達と食べ残し数十人、総勢五十人余りのセルショナード軍は気を取り直した将軍の合図と共に、四人に向かって攻撃を開始した。

 詠唱を必要としない者達の攻撃魔法はジャスティンが全て防ぎ、隙を与えずそのまま攻撃魔法を繰り出す。

 カイルも得意の防壁魔法を盾代わりに片手にかざして、魔力を込めた剣で数人を一気に斬り倒した。

 ジョシュは瞬時に何事かを唱えると、疾風の如く敵兵の間を駆け抜ける。その跡にはただ力を失くした者たちが倒れていった。

 シューラを背に負ったコ―ディは己に最大の防御魔法を施すと、そのまま攻撃魔法を詠唱なしで次々に繰り出していく。

 結局、時間にして一分(いちぶ)(三十分)にも満たない時間で将軍を含めた全てのセルショナード軍を撃破し、そのまま不可侵の森へと急ぎ踏み入ったのだった。

 

  ***

 

 その後、王都コステイに向けて上弦の月が沈むまで森を進み、今やっと焚火を囲んで明け方までの休息を取っていた。

 リリアーナはジャスティンの胡坐をかいた膝に頭を乗せて丸くなり気持ち良さそうに目を閉じている。 その頭をジャスティンが優しく撫で、それに合わせたようにリリアーナのシッポも揺れていた。

 どうやらそれがご褒美らしい。

 そしてなぜか、カイルとジョシュはサイノスの方向に向かって土下座をしていた。

 

 ――― もっと卑猥な事考えていました。シェラサナード様、申し訳ありません。

 

 二人は心の中でジャスティンの妻に謝罪した。

 

「この先、四人組の男は間違いなく手配されているでしょうから、明日からは二手に別れてコステイを目指します。それぞれ魔力は極力抑えて行動して下さい」

 

 そうして明日からの計画を話し合い、ジャスティン&コ―ディ組とカイル&ジョシュ組に別れて行動する事になり、更に詳細を詰める。

 それから寝る段になって、コ―ディがどうしても気になっていた事を口にした。

 

「あの、ジャスティン様はその魔剣を不可侵の森で手に入れられたんですか?」

 

「ん? いえ、この子は王宮の宝物庫で封印されていたのですよ。それが、兄・セインの供で宝物庫に行った時に、封印の解けかかっていたこの子になつかれてしまいましてね」

 

 リリアーナの戻った魔剣を優しく撫でながらジャスティンは答えた。

 

 ――― まるで捨て猫を拾ったみたいな話し方だな……。

 

 カイルとジョシュは二人の会話を聞きながらそんな事を思っていた。

 

「え? じゃあどうしてご結婚された時に、また封印なされてしまったんですか?」

 

「まあ……色々と邪魔されてしまいまして……」

 

「え? いったい、なにを???」

 

 ――― そりゃ、ナニをだろう……。

 

 コ―ディの無邪気な問いにカイルとジョシュは口には出さず突っ込んだ。

 ジャスティンも曖昧に微笑むだけだったので、結局コ―ディは答えを得られなかったのだった。

 


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