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61.弱虫の強い決意。


「その後、私の正妃になって欲しい」

 

「……はい?」

 

 リコの求婚?に花は一瞬呆気に取られ間抜けな顔をしてしまった。

 だがすぐに気を取り直し、少し俯いて考え込む。その様子を見ていたリコは心配そうに告げた。

 

「ハナ、今日は疲れただろうから詳しい話は明日にしよう」

 

 その言葉に花は顔を上げるとリコの目を真っ直ぐに見て応えた。

 

「いえ、大丈夫です。ですから教えて下さい。この国で私は一体何の駒になっているんですか?」

 

 花の発言にリコや他の二人も驚くが、花はそのままリコから視線を逸らさなかった。

 『癒しの力』を持ち、マグノリア皇帝の寵妃である今の自分にどれ程の利用価値があるのか、花は正確に理解しているつもりだった。

 しかし、セルショナードの王太子がなぜ花をわざわざ正妃にまでしようとするのか、そしてそれに対抗するかのようになぜ第一王子のリコまでもが、ここまでの手間をかけて花を正妃にと望むのかがわからない。

 

 

 リコは答えに詰まってしまった。

 王太子のように無理強いをする気がないリコは、花の了承を得たかった。

 しかし今、目の前にいるマグノリア皇帝の側室は『微笑むしか能のない、御しやすい娘』ではない。真実を話さなければ納得しないと告げる花の真っ直ぐな視線から、リコは思わず目を逸らしてしまう。

 そこへ今まで黙っていたザックが口を開いた。

 

「ハナ様、殿下はあなたをお守りする為に申し出ておられるのですよ」

 

 その言葉に、花より先にリコが反応する。

 

「ザック! 余計な事は言うな!!」

 

「しかし、殿下……」

 

 叱るようなリコの言葉にザックは尻尾を垂れた大型犬の様にシュンとしてしまった。

 

「どういう事ですか?」

 

 落ち込むザックを横目に見ながらも、花はリコに説明を求めた。

 だがリコは顔を顰めたまま何も言わない。

 暫く沈黙が続いた後、今度はトールドが口を開いた。

 

「あの王太子(へんたい)をはじめとする諸々からお守りするには、ハナ様に確固とした地位が必要なのです。そしてそれには第一王子であるリコ様のご正妃となって頂くしかありません」

 

 トールドの説明に、リコの申し出の理由は理解できた。今の花にとってはとても有難い申し出なのだ。

 だがしかし――

 

「なぜそこまでして私を助けるのですか?」

 

 トールドが口を開いてから諦めたように、座ったまま俯いてしまったリコに向けて花は疑問をぶつける。

 だがそれに答えたのもトールドだった。

 

「リコ様も私たちもこれ以上の戦は避けたいのです。ハナ様は今、ユシュタルの御使いとマグノリアの民達に崇敬されていると聞き及んでおります。そのハナ様を略奪してしまった以上、マグノリアの民は黙っていないでしょう。この先、ハナ様奪還の為にマグノリア軍がセルショナードへ侵攻を開始するのも時間の問題かと思われます。その時に我々は出来る限り穏便に、ハナ様に皇帝の下へとお戻りして頂きたいのです。賢帝と名高い今のマグノリア皇帝ならば、必ずリコ様のお気持ちを汲んで下さるはずです」

 

 トールドの言葉に耳を傾けていた花だったが、そこへ突然リコの声が割り込んだ。

 

「違う。そうじゃない」

 

 リコの否定の言葉にトールドもザックも驚くが、リコは膝に肘を置いた状態で伏せた頭を抱えて呟く。

 

「――やめた」

 

 花は何が何だか分からず、ただ黙ってリコを見つめていた。リコは自身の燃えるように赤い、少し波打った髪を急にグシャグシャと掻きむしったかと思うと、力強く膝を打って声を上げた。

 

「よし!!」

 

 顔を上げたリコは花と視線を合わせて微笑んだ。

 その笑顔は先程までの優しさの中にもどこか物憂げな感情が浮かんでいた表情とは違い、王宮の図書館で初めて会った時のような花が心惹かれた爽快なものだった。

 そして困った顔をしているザックとトールドに向かって言葉を投げる。

 

「カッコつけるのも、言い訳を重ねるのもやめだ」

 

 そう言うとリコはザックとトールドに出て行くように告げた。

 

「しかし、リコ様……」

 

 不満を漏らすトールドをザックは強引に連れ出す。

 二人きりになった事に多少の不安を感じた花に、リコが申し訳なさそうに言った。

 

「あいつらは俺の事を買い被り過ぎている。俺はそんなに出来た奴じゃない、ただ臆病者の弱虫なだけだ」

 

 リコは今までの王子様然とした優しげな態度から、少し乱暴とも言えるような態度になっていた。

 一人称も変わってしまっている。それでも花にはこちらの方が自然に思えた。

 

「では正直に話そう。だがその前に一つだけ聞きたい。ハナが一体何者なのかを」

 

 その質問に、今度は花が答えを詰まらせた。

 ユシュタルの御使いとまで言われている今、なんと答えればいいのか。

 『神様』の事はルークにさえ打ち明けていないので言うつもりはなく、悩んだ末に結局、今までの貴族達相手の説明に少し加えて答えた。

 

「たまたま……マグノリア王宮で陛下のお目にとまり、お側に召して頂いただけの幸運な娘に過ぎません。マグノリアの人たちが奇跡と言って下さる『力』も、私自身、最近知ったものです」

 

 そう言って微笑む花にリコは一瞬眉を寄せたが、諦めたようにため息を吐く。

 

「まあ、いいだろう」

 

 そう呟くと、真っ直ぐに花を見つめて話し始めた。

 

「今のセルショナードにとって、ユシュタルの御使いとまで言われているハナの『癒しの力』は必要ない。いくら魔力が満ちていても、戦意を消失してしまった兵など要らないからな……ハナは、邪魔な存在でしかないんだ」

 

 小さく頷く花を見て、リコは少し困ったような表情で続けた。

 

「父上達はハナを殺す気なんだと思った。それが一番手っ取り早いからな」

 

 それにまたハナは頷いた後、連れ去られてからずっと抱いていた疑問を口にした。

 

「それでは私がこの国に連れてこられたのは、マグノリアに圧力を掛ける為ですか? でもそれなら王太子殿下の正妃にする必要はありませんよね? 私をこの国に置くことでマグノリアに屈辱を?」

 

「それもあるだろうが……一番は皇帝に揺さぶりを掛ける為だろう。皇帝がハナを大切に思っている事は俺でも分かるくらいだ。だからこその正妃だ。己の大切にしていた娘が他の男のものになったと知らされるのはどれ程の苦しみだろうか? いくら皇帝とはいえ、他国の王子の正妃に手を出す事は出来ないものだ……例えそれが略奪された側室だとしても。あの王太子(ばか)達が事を急いだのもその為だ。さっさと既成事実を作ってしまいたかったんだろう」

 

「そうですか……」

 

 諦めているような、抑揚のない花の返事にリコは顔を顰める。

 

「ハナ、聡いのは良い事だが、物分かりが良すぎるのは問題がある。先程からハナはずっと我慢しているだろ? もっと抵抗して自分に我が儘を言うべきだ」

 

 その言葉に花は驚いた。

 花が今まで微笑みの下に隠していたものを見抜かれてしまったようで動揺してしまう。そして限界にまで張りつめていたものが切れてしまい、思わず本音が漏れ出した。

 

「だったら……だったら今すぐに帰して下さい!!」

 

「……それはできない」

 

「なぜですか!?」

 

 花は今までこんなに感情に任せて怒鳴った事などなかった。

 連れ去られてからずっと堪えていた感情が溢れ出して止まらない。

 ルークの許に今すぐ戻りたい。

 もう一度、ルークの笑顔を見たい。

 その為ならば例え誰かを傷つけても構わない。そんな凶暴な感情さえ生まれてしまう。

 花は目の前に座り、矛盾した事を口にするリコを睨みつけた。

 が、リコは泣きそうな顔をしていた。泣きたいのはこちらの方だと言うのに。

 

「俺には力がない。王族としての魔力もなく、父上を説得する力もない」

 

 弱々しく呟くリコに花の怒りは急速に萎んでいく。

 セルショナードの王太子が第二王子であることから、恐らく第一王子は魔力が弱いのだろうとマグノリアの誰もが噂していた。

 力が弱い事をリコが苦にしていない訳がないのだ。

 花には掛ける言葉もなく、その場には重たい沈黙が落ちた。

 しかし暫くして顔を上げたリコは、何かをふっ切ったように力強い眼差しで真っ直ぐに花を見やると、宣言するように言葉を放った。

 

「それでも俺は、セルショナードの王子だ。この国を裏切る事は出来ない。ハナを国境まで連れて逃がす事は出来る。しかしそれは父上の知る事となるし、そうなれば俺は裏切り者として国を追われる事になるだろう。だが、今そうなる訳にはいかない。こんな俺でもザックやトールド、他にもたくさんの人間が慕ってついて来てくれている。俺はそんな奴らを見捨てる事も、このままこの国を捨てる事も出来ない」

 

 リコは花から目を逸らし、小さく息を吐き出した。

 

「だからハナ一人を助ける為にも、こんな回りくどい事をしなければならないし、この国でハナを守り通すには俺の正妃と言う立場にするしかない。本当は隠し通せたら一番いいんだが……父上が本気を出せばすぐにでも見つかってしまうだろうから不可能なんだ」

 

 リコの心情が吐露された言葉に花は何を言えばいいのかわからず黙り込む。

 しかし続く沈黙が花を不安に陥れた。

 このままリコの正妃となる事はルークを苦しめることになるのではないか。本当にルークの許に戻れるのか。

 そんな考えに囚われ脅えてしまう。だがそれはリコに伝わったらしい。

 

「皇帝はハナを諦めないだろう。だからきっとハナには迎えが来る。それが少数の兵だろうが、大軍だろうがその時には必ず戻れるように手を打つ。だからそれまでは俺がハナを守る。父上にとってみれば俺だろうが、王太子(ばか)だろうがハナを正妃にするのはどちらでも構わないはずだから」

 

 そしてリコは安心させるように微笑んだ。

 

「俺の勘は良く当たるから、ハナは安心して迎えを待てばいい」

 

「でも……」

 

 それでは結局、リコ自身が犠牲になってしまうのではないか。裏切り者の(そし)りを免れないのではないか。

 花の躊躇いに、リコはやはり微笑んだまま応える。

 

「これは俺自身の為だ。俺はこの国を、この国の民を守りたい。その為にはハナに迎えが来るまでに今度こそ父上を説得してみせる。奴らは……魔術師達は皇帝を弑してもユシュタールは大丈夫だと言う。父上はそれを信じているが、そんなもの嘘だ。それも俺の勘に過ぎないがな……」

 

 リコの言葉に花は蒼白になったが、すぐに気を取り直すと覚悟を決めた。セルショナード王は、魔術師達はルークを殺すつもりなのだ。

 でもそんな事は絶対にさせない。

 国境を越えて逃げる事が出来ないと言うなら、リコの言葉を信じて迎えを待とう。

 それまで、私は私なりにルークの為に戦ってみせる。

 

「……わかりました。リコを信じて迎えが来るまでの間、リコの正妃を演じてみせます。でも私は……マグノリア皇帝の側室です。それはこの先ずっと変わる事はありません」

 

 花の激しいまでの決意を込めた眼差しにリコは射貫かれた。

 だが小さく揺らいだ己の感情を抑え付け、花の言葉にリコは大きく頷いたのだった。

 


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