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60.灯台下暗し。


「ジャジャーン!! お姫様を救いに騎士(ナイト)登場!!」

 

「……へ?」

 

 突然現れた騎士の言葉に呆気に取られている花に構わず、当の騎士は嬉しそうに続けた。

 

「いやー、夢が叶ったな。お姫様の危機に颯爽と駆け付ける騎士って一回やって見たかったんだよなあ」

 

 どうやら独り言らしい事に気付いて、このままそっとしておいた方がいいのかと花は悩んでいたが、騎士は花と再び目が合うと急に精悍な顔つきになった。

 そして花の側まで来ると片膝を付いて騎士の正式な礼を取る。

 

「私の名前はザッカリー・マルケスと申します。どうぞザックとお呼びください。それではお姫様、ここからさっさと脱出致しましょう」

 

 騎士はザックと名乗ると、またニカッと笑って花に右手を差し出した。

 

 ――― どうしよう? この人悪い人じゃなさそうだけど……信じていいのかな?

 

 花は少し躊躇ったが、結局ザックの手に自身の手を委ねた。

 例えこの人物を信じるべきではなかったとしても、このまま王太子の下に残るよりは千倍はマシなはずだと、ザックを信じる事にしたのだ。

 己の差し出した手に、恐る恐るといった感じではあったが手を重ねてきた花に、ザックは眩しいほどの笑顔を向ける。それからサッと立ち上がり花の手を強く握り窓辺へと歩き出した。

 

「あの、どこへ?」

 

 先程の王太子とのやり取りとよく似た状況ながら、花の気持ちは全然違った。

 それは輝く碧い瞳を更に輝かせているザックの明るい雰囲気のお陰だろう。

 

「今、魔力を使う事は出来ないので、このまま窓から脱出します。申し訳ありませんが少しだけ目を閉じていて下さい」

 

 ――― いやいやいや、窓からって……確かここ五階でしたよ?……まさか窓から入って来たのかな?

 

 ザックの言葉に花は疑問でいっぱいになったが、それでも信じると決めたのだからと目を閉じる。

 と――

 

「ぐえっ!!」

 

 いきなり荷物のようにザックの肩に担ぎ上げられた花は思わず潰れたカエルのような声を出してしまった。

 恥ずかしさに顔が赤くなったが、それでも目を閉じたままでいると、気が付けば花は地に足を着けていた。

 

 ――― ええ!?いつの間に……。

 

 あまりにも一瞬の出来事に花は驚いたが、ザックが声を低めて話し始めたので結局、謎は解けないままになってしまった。

 

「ここから少しの間は別行動です。お姫様はこの生垣に紛れてあちらに見える使用人用の小さな通用門の所まで誰にも見つからないように隠れながら進んで下さい。私はそこでお待ちしております」

 

 その言葉に花は不思議に思いながらも、黙って頷く。

 不安ではあるが、己の運命をザックに委ねたのだから、最後まで従うべきだ。

 そう決意した花はザックと別れ、時間は少しかかったもののそれでもなんとか通用門まで人目に付かず辿り着く事ができた。

 たった一人の見張りはザックが昏倒させたらしい。

 花は申し訳なく思いながらもザックの用意してくれたフード着きの外套を羽織り、門の外へ足を踏み出す。

 こうして花は、この世界に来て初めて街へと出る事になったのだった。

 

 

 門を出るとザックは先に歩き出し、その後ろを花は黙って着いて行った。

 街中の入り組んだ裏通りを人目に付かないように進む。何度か同じ道をグルグルと回り、賑やかな通りにまで来るとザックは「失礼」と言って花の肩を抱いて歩き出す。

 そこでやっと花は気が付いた。ここはどうやら花街らしい。

 

「ここまで来れば大丈夫です」

 

 花を安心させるように言うザックの雰囲気は先程と少し違うようだった。

 それが顔に出たのか、ザックは笑いながら説明を始める。

 

「今は魔力を解放しているので少し違って見えるかも知れません。お姫様の逃走に私が関わっている事が知れるとまずい事になりますから、先程までは一切の魔力を封じていたんです」

 

 それから「いやあ、魔力を封じるのは肩が凝って」と一人ぼやくザックに、花はどうしてそこまでして助けてくれたのだろうと思いながらもそれには触れず、ずっと気になっていた別の事を口にした。

 

「あの、ザックさん、私はお姫様ではなくて花と言います。花と呼んで下さい」

 

 その言葉にザックは少し驚いたようだったが、またニカッと笑う。

 

「ザックと呼び捨てで構いません。ハナ様」

 

 ザックの言葉に少し不満に思いながらも花は妥協する事にした。

 そしてまたザックは話を続ける。

 

「今、ハナ様の気配は私の魔力で覆っていますから追手に見つかる事はありません。まあ、追手がいればの話ですがね。なにせ思いっきり殴りましたから、恐らく王太子はまだ目覚めていないでしょう。あの変態は魔力は強いですが、体は全くできてないですからね。最高に素敵な機会を頂きありがとうございました」

 

 なぜかお礼を言われてしまった花だったが、その後に続いた説明で今までの道程に納得する。

 

「ここまでハナ様の気配を追っても一人で逃げて来られたと思うように細工はしております。気配がこの場で途切れてしまっても、これだけの男女がいれば紛れてしまってもおかしくはありませんし、ここに私の魔力の気配が存在していてもおかしくはないですから。しょっちゅう私は出入りしていますからね。ハッハッハ!!」

 

 ――― いや……そこまでの説明は要らないし……。

 

 楽しそうに笑うザックに内心で突っ込む花だった。

 

 それから、賑やかな通りを少し入った路地裏にある宿屋らしき建物に着くとザックは裏口から入り、ある部屋の扉をコンッココンッと変わったノックして開いた。

 ザックに促されて入室した花は、机に向かって座る赤毛の人物に驚き肩をビクリと揺らす。

 しかし振り向いた顔を見てホッとするが――

 

「あれ?」

 

 今度こそ見た事のある顔に思わず驚いて声を上げてしまった。

 それに赤毛の人物は優しげに微笑んで口を開く。

 

「はじめまして、と言うより、お久しぶりと言った方がいいかな? あの時は自己紹介もせずに失礼してしまったけど。私はリカルド・セルショナード、セルショナード王国の第一王子だ」

 

 王宮の図書館で出会った、花の好みド真ん中のイケメンがセルショナードの王子だった事に驚きつつ、花もフードを外して淑女の礼をすると自己紹介をした。

 

「リカルド殿下、あの時は大変失礼致しました。私は花と申します。どうぞよろしくお願い致します」

 

 花の挨拶に頷きながらもリコは、フードを外した時に肩に垂れた花の髪を見て顔を顰めた。

 

「すまない。愚弟が酷い事をしてしまったようだ」

 

「いえ……大丈夫です」

 

 謝罪に応じた花にリコは少し悲しそうに微笑んだ。

 

 ――― うわー! なんか哀愁漂うイケメンってキュンと来るな……そっか、兄弟か……それであの凶悪変態を見た事があると思ったんだ。顔が何となく似てるから……いや、でも雰囲気があまりにも違いすぎる……。

 

 今更ながら、あの王太子と目の前の王子が兄弟だった事に思い至る。

 

「ハナ、着いて早々悪いが、場所を移動するのでついて来てくれ。それと私の事はリコと呼べばいい」

 

 ――― うお? なんか、キュンとしてしまった……やっぱ好みのイケメンに名前を呼ばれたからかな?

 

 花はリコに名前を呼ばれて胸がキュっと締め付けられたように感じてしまったが、気を取り直すと再びフードを被る。

 それから今度はリコに腰を抱かれて花は宿屋を出る事になった。花街を歩く為の偽装も兼ねてリコの魔力で花の気配を覆ってくれているらしい。

 ザックはどうやら花街に残るらしく、その場で別れた。

 

「どこへ向かっているのか聞いてもいいですか?」

 

 花の遠慮がちな質問にリコは少し楽しそうに笑って答える。

 

「離宮に戻る」

 

「え?」

 

 その答えに驚く花に、リコは更に楽しそうに笑う。

 

「逃げた者がまさか再び戻って来るなんて普通は思わないだろ?」

 

 その言葉に納得した花は、それでも少し不安に思いながらもリコと歩いた。

 逃げる時とは違い真っ直ぐに歩を進めたせいか、あっという間に離宮へと辿り着く。

 離宮はずいぶん騒がしくなっており、幾人かが門より急ぎ駆け出していっていたが、王子であるリコに門番が止める訳もなく、リコが連れている花にも不審の目を向ける者はいなかった。

 そして、この離宮でリコが滞在しているらしい部屋へと簡単に入る事が出来たのだった。

 

 

 部屋には一人の男が控えていた。

 

「上手くいったようですね、リコ様」

 

「ああ……ハナ、この男は私の侍従でトールドだ。トールド、ハナだ」

 

「ハナ様、トールドと申します」

 

 リコの紹介に続いて頭を下げたトールドに、花も慌ててフードを下ろして挨拶をする。

 

「花と申します。よろしくお願いします」

 

「え?」

 

「え?」

 

 トールドの驚いたような声に、花も釣られて驚くが、トールドはリコへと問いかけるように視線を向け、そして再び花を見て何故だかガッカリしたような表情になった。

 

 ――― あれ? ひょっとして、ひょっとしなくても私にガッカリしてます? してますよね?泣いてもいいですか? いいですよね? えーん!!

 

 二人の無言のやり取りを敏感に察知してしまった花は心の中でとりあえず泣いた。

 どうやらセルショナードで花は、マグノリア皇帝の寵妃、ユシュタルの御使いという噂が先行して、なにやら多大な期待をされてしまっているようだ。

 

 それから、勝手に落ち込んで勝手に気を取り直したらしいトールドは無表情にも見える顔付きに戻ると、報告を始めた。

 

「ザックがどれほど力を込めたのか……王太子が気付いたのは先程のようで、それから俄かに王太子の近衛や魔術師達が騒がしくなりました。ハナ様の気配を追って早速、街への捜索が始まったようです。しかしガーディの指示で念のためにこの離宮内の捜索も行われています。兵達がこの部屋にもやって参りましたので、存分に探させてやりましたが……今のお帰りで宜しゅうございました。それと、ご指示の物は隣の部屋に用意しております」

 

「そうか……ご苦労だった」

 

 トールドに応えると、リコは花へと向き直り微笑んだ。

 

「隣の部屋に着替えを用意してある。まだ侍女を付けることは出来ないが、湯浴みも出来るようにしてあるから、ゆっくりして着替えるといい」

 

 リコの気遣いに花は感謝して甘える事にした。

 それから浴室へ行き、外套を脱いだ自分の姿に愕然とする。

 

 ――― こわっ!!

 

 薄汚れ、しわになってしまったドレスに、むき出しの腕は生垣を通った時のものか、あちこちに引っ掻き傷が出来ており、何より自分で切り落とした髪が酷かった。

 短くなった髪を見ると悲しくなったが、なんとか気を取り直してゆっくりとお風呂に浸かる。

 すると落ち込んだ気分も浮上してきた。

 

 お風呂からあがると剃刀でバラバラだった髪をなんとか切り揃えた。

 腰まであった髪は、肩までの長さになってしまったが、軽くなった頭に気分も軽くなるように気持ちを切り替える。

 そうこうしているうちに結構な時間が経ってしまい居間に戻ると、すでにザックが戻っており報告をしているようだった。

 姿を現した花にリコは一瞬、痛ましそうな表情を見せたが、すぐに優しく微笑むと椅子を勧めてくれる。

 リコと向かい合うように座ると、トールドがお茶を淹れてくれ、男性陣の行き届いた気遣いに感謝しながらお茶を飲み、ザックの報告に耳を傾けた。

 

「やはりハナ様の気配が消えた花街を中心に捜索は行われています。かなり必死な様子で全ての建物、部屋をくまなく探しているようです。私もいきなり部屋に押し入られて参りましたよ。ハッハッハ!!」

 

 ――― ……一人で部屋にいたんだよね……きっとそうだよね……うん、そうだ。

 

 ザックの言葉になぜか自分を納得させていた花に、リコが口を開いた。

 

「ハナ、悪いが二,三日はこの部屋に隠れていて貰わなければならない」

 

「わかりました」

 

 その言葉に素直に頷く花に、更にリコは続けた。

 

「それからハナに頼みがある」

 

「何でしょうか?」

 

 ここまで世話になっておきながら頼みを断る事は出来ない。

 そんな気持ちでいた花は、その内容に仰天した。

 

 

「その後、私の正妃になって欲しい」

 

「……はい?」

 

 本日二人目の夫候補登場であった。

 


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