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57.ブランクを埋めよう。

 

 次の日の議会は混乱し荒れた。

 しかし、飛び交う意見の大半はセルショナードへ侵攻を開始するべきだと言うものだった。

 

「ハナ様は今や、国民からも絶大な支持を得ているのです!! それをセルショナードなどに奪われたとあっては!!――」

「しかし、セルショナードの仕業とはまだ決まった訳ではないのでしょう!? もし間違いだった場合どうなさるのですか!?」

「何を馬鹿な事を!! セルショナード以外にいったい誰がこのような大それた事を企むのですか!?」

「そうだ!! それに例え間違いだったとしてもセルショナードには煮え湯を一度飲まされている!! 報復攻撃に移ったとして誰が責めよう!?」

 

 怒号の飛び交うなか、ルークはただ目を瞑り静かに座しているだけだったが、その内では力が荒れ狂い今にも暴走してしまいそうであった。

 レナードとディアンはそんなルークにいつ何があっても対処できるように気を配り、またジャスティンさえも隣室に控えて王宮復旧の指示を出しながら、ルークに意識を向けていた。

 

「これ以上セルショナードに虚仮(こけ)にされたままでよいのですか!? たった今も帝国は不甲斐ないと風の様に噂が各国を駆け巡っているというのに!!」

「それではあなたは、ただ面子の為に再びセルショナードと開戦しようと言うのですか!?」

「では貴殿はこのままセルショナードを捨て置くと言うのですか!?」

「そうではない!! もっと時間を置いて考えるべきだと言ってるのです!! 早急に事を運ぶべきではないと!! とにかくハナ様のご無事を確認し、それから……」

 

 議会は激しく意見が衝突し、益々混乱を来していたが、そこへある長官の切迫した声が上がる。

 

「ハナ様が陛下の御子を身籠られていたらどうするのです!?」

 

 誰もがその言葉に息を呑み、一瞬にして議会は静寂に包まれた。

 それはレナードもディアンも同様で、思わずルークを窺う。ルークは一瞬身動(みじろ)ぎをしたようにも見えたが、やはり目を瞑ったまま微動だにせずその胸中を推し量る事はできなかった。

 

 魔力の強い者の子は宿し難いとは言え、絶対にないとは言い切れないのだ。

 もし本当に花が身籠っていたら……。

 それはただの側室略奪ではなく、皇帝の御子を人質に取られた未曾有の国難に発展する。

 

 

 

  **********

 

 

 

 結局、何も決まらぬまま五日が過ぎて行った。

 その間にサラスティナ丘に駐屯している軍は兵達の強い意向もあり、そのままいつでもセルショナードへと侵攻出来るように準備は進められていたが、花の行方を決定付けるものがない為、その場で足止めされていた。

 

 

「ルーク、お前ちゃんと寝てるのか?」

 

 レナードの心配そうな声にルークは小さく「ああ」と答えた。

 しかし、その顔を見れば答えは別のものだと間違いなくわかる。

 ルークは久しぶりに自室の寝室で休んでいるのだが、眠れる訳がない。一度、夜中にふと花の寝室に行ったのだが、花がいない事実に耐えられずにすぐに戻った。

 なんとか花が現れる前の自分に戻ろうともしたが出来る訳もなく、ただじっと、寝台に横たわり目を閉じて眠る努力をしていただけだった。

 そんなルークを心配しながらも、レナード自身眠れていない。

 

 ――― ルークを、ハナを守ると誓ったのに……。

 

 己の不甲斐なさが歯痒く、苛立ちが募るばかりである。

 また、花の不在は王宮にもサイノスにも暗い影を落とし、それはマグノリア中に伝播していった。

 

 

「陛下、セルショナードから使者が参りました」

 

 ディアンがノックも無しに入って来るなり告げたその言葉にルークは久しぶりに大きく反応を示した。

 そして警戒したレナードとディアンを従え、謁見の間へと向かったのだった。

 

 

  ***

 

 

 謁見の間にて面した使者は壮年の男だった。

 男は平伏したまま、セルショナード王からの朝貢(ちょうこう)だと言う絢爛な文箱を差し出した。

 使者の男からはそれなりの魔力が窺えたが、文箱からは一切の魔力を感じなかった為、ルークは受け取るように指示をする。

 それを警戒しながらも検分の為にディアンが蓋を開け、瞠目した。

 すぐにいつもの冷静な態度に戻りはしたが、文箱をルークへと差し出すその手は僅かに震えていたかも知れない。

 その常ならぬディアンの態度に、ルークは気構えていたのだが。

 後ろでレナードが息を呑む。

 

 文箱に納められていたのは、光に輝き艶めく長い黒髪。

 

 何度も何度もルーク自身の指で梳いた黒髪は間違いようもなく、花の芳香がまだほんのりと残っていた。

 ルークは歯を食いしばり己の胸を右手で鷲掴むように抑え、暴走しそうになる力をなんとか制する。

 使者は許可もなく顔を上げると恐ろしいまでに荒れ狂う気を纏ったルークを、顔を歪ませて嘲笑した。

 

「たかが娘一人にそのように取り乱す青二才など我が王の敵ではない! 早々に王の元へ下るがいい!!」

 

 そう叫ぶと使者はその場に倒れ伏し、控えていた護衛がすぐに駆け寄ったがもはや事切れた後だった。

 ルークはなんとか気を落ち着けたように見せかけるとレナードと共に退室し、ディアンは淡々と処理を進め始めたのだが、セイン達はただそれを座して見守る事しか出来なかった。

 

 

  ***

 

 

 その後、主だった者がルークの執務室に集まったが結局誰も言葉を発する事が出来ず、ただ重たい沈黙がその場を支配しているだけだった。ルークは目を瞑ったままで一見平静にも見えるが、その実は限界なのではないかと皆が心配をしていた。

 と、急にレナードの魔剣がカタカタと音をたて、ディアンの魔ペンは胸元から隠れるようにディアンの懐へと潜り込んだ。

 皆がそれを不審に思い、ディアンがアポルオンを呼び出そうとしたその時、ノックの音が響きジャスティンが一礼と共に入って来た。

 

「ジャスティン!?」

 

 レナードは思わず驚きに声を上げた。

 ジャスティンはいつもの侍従の出で立ちではなく、旅装に身を包み腰に剣を佩いている。その剣はジャスティンの騎士時代の魔剣であり、婚姻と同時に封印した物だった。

 アポルオンとメレフィスの動揺はジャスティンの魔剣に反応したものだったのだ。

 

「ジャスティン、お前……」

 

 ジャスティンと同じ紺碧に輝く瞳を驚きに見開き、セインは声を上げる。

 その場の誰もが驚くなか、ジャスティンは深々とルークに頭を下げ請願した。

 

「陛下、私に姪となるハナ様を迎えに行く許可を」

 

 ジャスティンの言葉にハッとしたディアンはその場から瞬時に消える。

 ルークはセインへ視線をやり、問いかけた。

 

「セイン、お前はいいのか?」

 

「もちろんでございます。私などでよければ是非!」

 

 二人のやり取りに、他の者もやっと納得がいったようだった。

 すぐにでもディアンは養子縁組の書類を持って戻るだろう。

 セインはカルヴァ侯爵家の当主でありジャスティンの実兄である。セインと花の養子縁組が整えば、ジャスティンにとって花は姪となるのだ。

 

 皇帝が身分も何もないたった一人の側室の為に、軍を動かす事は愚かとしか言いようがない。例えその娘が国民に絶大な支持を得ていたとしても、他国にとっては暗愚にしか映らないのだ。

 そしてそれは少数の兵でも同じ事だった。

 だが、攫われた身内を救いに行くとなると話は変わる。己の大事な身内が野蛮な族によって攫われた場合、無許可で国境を越えようと誰も責める者はいない。

 例えその野蛮な族が王家の人間だったとしても、他国にとっては許容するべきものであるのだった。

 ルークはこんな時にそんなものに縛られている己と己の立場に嫌悪するが、そんなルークをジャスティンは理解しているのだ。

 

「――ジャスティン、姉上は……」

 

 ルークの気遣うような言葉にジャスティンは微笑んで答えた。

 

「魔剣の封印を解いてくれたのは妻のシェラです。陛下、大変申し訳ありませんが、私がハナ様と戻るまでシェラと息子のクリストファーを王宮に滞在させて頂いてよろしいでしょうか?」

 

「……もちろんだ」

 

 ジャスティンの妻でありルークの姉であるシェラサナードは、花が現れるまで唯一ルークが心を許していた女性と言ってもいい存在だった。

 ルークはジャスティンの配慮に感謝しながらも、戻ったディアンが用意した養子縁組の手続き書類にサインをする。

 と、そこへ今まで黙っていた軍大将のガッシュが声を上げた。

 

「ジャスティン、俺が国境まで送ってやる」

 

「ガッシュ殿、それには及びません。どうか貴殿はこのままサイノスで陛下のお力に……」

 

 ジャスティンは丁重に断りかけたが、それに構わずガッシュは畳み掛ける。

 

「なあに、気にするな! どうせ俺がここにいても役には立たん。無い知恵は絞れんしな。セルショナードの国境を無理に通る為には魔力が必要だろ? 俺が()じ開けてやるからお前は力をしっかり温存してセルショナードに入れ!」

 

 そう言って笑うガッシュの強引な説得に結局ジャスティンは頷き、国境まで送って貰う事になった。

 そして、僅かの時間も惜しいとばかりに発とうとした所、執務室の扉が激しくノックされ許可も与えていないのに三人の男が傾れ込んで来た。

 

「お前ら……」

 

 驚きに声を洩らしたのはまたもやレナードだった。

 三人の男は礼もそこそこにジャスティンに詰め寄る。

 

「私たちもお供させて下さい!!」

 

 三人の中で一番年若いコーディはその碧い瞳に真剣な光を宿し、ジャスティンを見据えた。同じようにカイルとジョシュも無言のままジャスティンを見据える。

 恐らくジャスティンの服装から当然予測される事を、誰かが三人に伝えたのだろう。

 

「ジャスティン、一緒に行け」

 

 ルークは大きく息を吐き出しながら告げた。

 花の護衛である三人の気持ちはよくわかる。何よりルークが一番に飛び出して行きたいのだから。

 それでも躊躇いを見せたジャスティンの背中をガッシュは力強く叩いて笑った。

 

「こいつらが足手まといになる事はないさ。思う存分こき使ってやれ!」

 

 そうして結局、四人と国境までのガッシュを加えた五人で旅立つ事になったのだった。

 

 


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