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55.嘘つきは泥棒のはじまり。


「リコ様、申し訳ありません!!」

 

 リコの部屋に入ってくるなり頭を下げたトールドに、リコは微笑む。

 

「かまわん。お前が無事に戻ったならそれでいい。」

 

 その優しい言葉にトールドは更に頭を下げる。部屋には先程同じように戻ったザックもいた。

 

「何があったか話してくれ」

 

 一転、厳しい声音で報告を求めるリコにトールドは頭を上げ険しい顔つきで報告を始めた。

 

「リコ様、申し訳ありません。術者たちをサラスティナ丘撤退の折に見失ってしまいました。術者たちがそのままマグノリアに残ったのか、セルショナードに戻ったのかはわかりません」

 

 そう言って再び頭を下げるトールドを横眼で窺いながら、クラウスに張り付いていたザックが報告を継いだ。

 

「特にクラウスに大きな動きは見られませんでした……今日までで術者たちがクラウスの元に戻ったのは確認しておりません」

 

 二人の報告にリコは暫し黙って考え込んでいたが、ふとトールドを見やって言葉をかける。

 

「トールド、お前の魔力は……ずいぶん満ちているな」

 

 トールドはリコの疑問に嬉々として語り出した。

 

「リコ様、やはりユシュタルの御使いと言う皇帝の側室の噂は本当でした。四日前の満月の晩にサラスティナ丘に奇跡の歌声が響き渡ったのです。その……余りにも幻想的すぎて正直なところよく覚えていないのですが、眩いばかりの月の光と共にその歌声が降り注ぎ……気が付けば心の中が温かく満たされたような……とにかく自分の魔力が限界まで満たされていたのです!」

 

 最後は興奮を隠しきれない様子で語るトールドにリコは驚く。

 トールドは淡泊な顔と同じように性格も淡泊で、薄い茶色の瞳はいつも無関心にくすんでいるのに、今のトールドの瞳は輝いていた。

 それには、トールドと正反対の何事にも全力疾走で情熱的に輝く碧い瞳の持ち主であるザックまでもその瞳を大きく見開いて驚き、ポカンと口まで開けている。

 そんな二人の侍従の態度に苦笑しながらも、リコは再び黙って考え込んだ後、呟いた。

 

「今のセルショナードにとって、その娘は邪魔だな……殺してしまうが早いが……」

 

 

 

  **********

 

 

 

 その日は冬の初めにしてはかなり冷え込んでいた。恐らく、昼間の今でも外では息を吐き出せば白く曇るだろう。

 

「ハナ様、シューラ奏者が先日にお伝え忘れた事があるとかで、夕の刻に面会を求めて来ておりますがどうなされますか?」

 

 セレナが扉の外に言付けを届けに来た小間使いを待たせて花に聞いた。

 

「ええ、もちろん構いません」

 

 花はそう答えると、外の小間使いに御苦労さまと言うようにニッコリ微笑みかける。

 それから再び手元の本に目を落とした。

 

  ***

 

 初冬のこの時期は夕の刻になるとやはり陽が落ちるのが早く、黄昏色に染まる王宮の庭園を眺めながら花は応接の間へと向かっていた。

 すっかり通い慣れた回廊を暫く歩き目的の扉の前に着くと護衛の一人がノックをして中の人物の応答を確認し、扉に手を掛ける。

 と、不意に辺りは暗闇に閉ざされた。

 いくら今夜が新月とはいえ、余りにも突然で早すぎる。

 

「ハナ様!」

 

 セレナの動揺を抑えた声に、花もなんとか気を落ち着けながらセレナへと手を伸ばす。

 瞬間――

 

 閃光が走り、花の視界に護衛達に混じりローブを被った三人の人物が一瞬映る。が、余りの眩しさにすぐに目を閉じた。

 その時、花の耳は「パシンッ!!」と大きな音を捉えたのだが、それと同時に体を雷に打たれたような衝撃が襲い、そのまま花は意識を失ってしまったのだった。

 

 

 

  **********

 

 

 

「経済制裁をしようにも、セルショナードは自らしているようなもんですからな……」

「しかし、今のままじゃ行商人達を質に取られているようなものではないですか?」

「いや、この時期にセルショナードに入ったと言う事は彼らにもそれなりの覚悟があるのでしょうから、私たちがそこまで気に掛ける必要はないと思いますが」

 

 小さな会議室で連日行われる議論も内容にあまり進展がないと言えば進展がないが、それでも少しずつではあるが、セルショナードへの対応も決まっていた。

 

「海上の方はターダルト王国をはじめ、各国が協力を申し出てくれておりま――!?」

 

 政務長官のセインの言葉は途中で途切れた。王宮に張り巡らされたルークの結界が反応した事に気付いたのだ。

 もちろんその場にいた誰もが気付いたが、その時にはもうすでにルークとレナード、そしてディアンは消えていた。

 ディアンまでもが消えた事に皆は重大な変事を予見した。

 

 

 ルーク達が駆け付けた時にはすでに闇は晴れていた。

 そしてその場には重症に見える護衛達やセレナ、そして術者らしきローブを纏った男が二人倒れていた。どうやら術者達は絶命しているようだ。

 ルークはそれらには構わず、ただ花の姿が見えない事にどうしようもない苛立ちと焦燥に駆られていた。

 

「ハナ……」

 

 なんとか意識を集中させ花の気配を追う。

 花に施した己の防御魔法が破断されている事がルークの焦慮を益々募らせていったが、破断された防御魔法の欠片の気配を辛うじて拾いすぐに追いかける。そんなルークにレナードとディアンも急いで続いた。

 

 

 

 そこは王宮の地下にある小部屋らしく術者らしい男が二人、やはり絶命して倒れ伏しているだけだった。

 そして、そこで花の気配も己の術の欠片もピタリと途切れ、全ての気配が掻き消えていた。

 思わずルークはよろめき、湿った石壁に背をつく。大きく何度も深呼吸を繰り返すが、動悸がおさまらない。

 

「ルーク!!」

 

 レナードの切羽詰まって叫ぶような声もすでに耳に入らず、己の呼吸する音がやけに耳触りに聞こえた。目の前に赤い靄がかかったように視界が翳み、ドクドクと恐ろしいほど早く脈打つ心臓の音が頭の中で響く。

 

「ルーク落ち着け!!」

 

 レナードは荒れ狂いだしたルークの魔力に圧されながらも、ルークに近づこうとするが叶わない。

 その余りの魔力に倒れていた術者の亡骸は塵と化していき、頑丈なはずの石壁は亀裂を走らせ今にも崩壊しそうになっている。

 その力はもはや、小部屋だけでなく王宮全体へと伝わりあちらこちらか悲鳴や怒号が上がっていた。

 今はまだ、ルーク自身が施した王宮の結界と歴代王の魔力を含む王宮に満ちた魔力によって、この凄まじいまでのルークの力の暴走は王宮内のみに留まっているが、このままではマグノリアどころかユシュタール中に広がってしまうのは時間の問題だった。

 そうなればユシュタールは虚無に飲み込まれる前に崩壊を迎える事になるだろう。

 

「アポルオン出て来い!!」

 

 ディアンの珍しい怒声にすぐさま反応して輝き出て来たアポルオンは状況を見て取るや、急いでルークの暴走を抑える為に魔力を注いだ。

 

「レナード! お前もメレフィスを呼び出せ!!」

 

 必死にルークの力を少しでも抑えようとしているレナードは絞り出すような声で己の剣に呼び掛ける。

 

「メレフィス頼む!!」

 

 メレフィスもレナードの声に輝き出るとアポルオンと同じようにすぐさま魔力を注ぐ。

 この暴走した力を抑える為に、魔族たちやレナード、ディアンだけでなく恐らくセイン達も力を注いでいるはずだ。

 魔族たちの強大な力によって、辛うじてルークの暴走した魔力を抑える事が出来ているがそれも長くは保たないだろう。

 

「ルーク!! 落ち着け!!」

 

 ディアンがルークになんとか近づき声を限りに呼びかけるが、ルークは目を閉じたままで届かないようである。

 

「ルーク!! このままではユシュタールは崩壊してしまう!!」

 

「――構わないだろう? こんな世界に何があるんだ?」

 

 ディアンの叫びにルークは暴走する力とは逆に、妙に冷徹な声で言葉を吐き出した。

 

「ハナ様がいるでしょう!? ハナ様はまだ生きています!! だが、このままだとハナ様まで巻き込んでしまう!!」

 

 その言葉にルークの暴走した魔力が少し弛んだようだった。それにディアンもなんとか自身の気を落ち着け、続ける。

 

「ハナ様は間違いなく生きています。でなければ、ここまで手の込んだ事をする訳がない。ルーク、ハナ様を取り戻さなければ!」

 

 ディアンの必死の訴えに、ルークは何度も何度も大きく深呼吸を繰り返すと暴走する力を徐々に集束させて己へと戻していった。

 

 それを見届けたメレフィスはレナードを心配するように見つめた後に輝き消え、アポルオンはチラリとルークを窺いそしてディアンに目を向けた後、無言のままメレフィスの後を追うように消えた。

 それから暫く部屋には息を荒げた三人の呼吸する音だけが響いていた。

 

「状況を……状況をセレナ達から聞いて参ります」

 

 天を仰ぐように顔を上に向け目を閉じているルークに、荒い呼吸のままディアンはそう告げるとその場から立ち去った。

 レナードは蒼白な顔のまま床についていた膝を無理に立たせ、ルークへと近づく。

 

「ルーク……とにかく戻ろう」

 

 レナードの言葉にルークは体を壁から起こし、目を開けた。

 その久しぶりに見る暗い瞳の輝きにレナードの背中を冷たいものが走る。

 

 ――― これはまるであの時の……いや、あの時以上だ……。

 

 レナードは久しぶりに思い出した嫌な記憶になんとか蓋をし、ルークに続いて小部屋を後にしたのだった。

 

 


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