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番外編.アポルオンの屈辱。

 

 幸か不幸か『アレ』に憑き纏われるようになってからは魔物に襲われる事はなくなり、それからはすんなりと森の最奥と思われる場所に辿り着いたのだった。

 そこは今までの禍々しい邪悪な空気に塗れ鬱蒼とした木々が繁る森とは違い、清涼な空気が漂う場所であった。

 色とりどりの花々が咲くその場所は、森の中にぽっかりと穴を開けた異空間とも言うべき別世界で、その中央に座するように大岩が在り一対の剣が突き刺さっている。

 

「おい、ディアン。あれ……」

 

 その神々しさに言葉を詰まらせたレナードだったが、ディアンは顔を顰めて呟いた。

 

「剣でしたか……」

 

 そんな二人の間を風の様に黒い物体が通りぬけたと思ったら、例の『アレ』が岩の上で仁王立ちになる。

 

「ハッハッハ!! 人間ども、よく来たな!! 俺様は……!?」

 

 その口上は最後まで続かなかった。

 一対の剣の一振りが一瞬輝き、眩しさに二人が目を閉じ再び開くと『アレ』によく似た姿形の魔族が『アレ』をタコ殴りにしていた。

 

「いて!! 痛いって!! ごめんって!! いてててて!! 悪かったよ!! ちょっと遊びに行くだけのつもりだったんだよ!! 三年帰らなかっただけじゃん!!」

 

「……」

 

「ギャ!! やめろって!! しょうがないじゃん!! 森なんてどこ向いても似たような木ばかりなんだかっつ!! ヤメ……ギャー!!」

 

 その様子を呆気に取られて見ていたレナードが気の毒そうに聞いた。

 

「……お前って迷子だったの?」

 

「てめえはバカか!! 俺様が迷子になんかなるわけねーだろ!! ちょっと帰り道がわかんなくなっただけだ!!」

 

「迷子じゃん」

 

 なんとか相方? の猛攻から逃げ出した『アレ』はレナードを睨みつけ反論したが、結局レナードに切って捨てられる。

 そこまで黙って見ていたディアンだったが爽やか暗黒笑顔でレナードに告げた。

 

「さ、帰りましょうか、レナード」

 

「え? お持ち帰りしないのか? あんなんでも金にはなるだろ?」

 

「レナード、あんなものを売り払っても苦情・返品で大損ですよ。危ない橋は渡らないのが一番です」

 

 突然のディアンの心変わりに驚いたレナードだったが、その説明で納得する。

 

「なるほどな、確かに。あ、でも……ちょっとだけ待ってくれ」

 

 そう言うとレナードは大岩へと駆け寄り、『あれ』に怒り心頭といった感じの魔族に声をかけた。

 

「俺はレナード・ユース、マグノリア帝国の騎士だ。よかったら名前を教えてくれないか? そして、俺の剣となって欲しい」

 

 契約を求めるレナードの真摯な言葉に、応えたのは『あれ』だった。

 

「バ~カ! お前なんかにメレフィスが名前を教える訳ないだろ?」

 

 そう言って『あれ』は鼻で笑ったが、すぐ様そのメレフィスの鉄拳に見舞われる。

 

「あ、ごめ! ギャ!! いてっ!! つい、ついうっかりなんだよ!!」

 

「……」

 

 あまりの『あれ』のバカさ加減に言葉を失くした二人だったが、レナードが気を取り直してメレフィスに再び声をかける。

 

「……メレフィスと言うのか。では、改めてお願いする。メレフィス、俺の剣となって欲しい」

 

 その言葉にメレフィスは『あれ』への鉄拳制裁を止め、ジッとレナードを見つめた。

 レナードにとってはとても長く感じられた時間だったが、実際はほんの僅かだったのかも知れない。そして、メレフィスはコクコクと二度頷いた。

 

「え!? メレフィス受けるのか!? こんなバカそうな奴なのに!?」

 

 バカはお前だ! とその場の誰もが思ったが口には出さない。

『あれ』の言葉をメレフィスは無視したままその場から輝いて姿を消した。

 レナードは恐る恐るほんのりと輝く剣の柄を握ると、意を決したように力強く握り直しグイッと引いた。とその剣は驚くほど簡単に大岩から抜ける。

 レナードは剣を天に向かってかざし惚れ惚れとしたように見入った後鞘に納め、腰に佩いた剣と取り換えた。

 

「では、帰りましょう」

 

 その様子を黙って見守っていたディアンは、そう言うとさっさと踵を返した。

 そんなディアンに『あれ』が慌てて声を掛ける。

 

「あっちょ!! 俺を忘れるなよ!!」

 

 『あれ』の悲痛にも聞こえる声にも構わず、ディアンは一路サイノスを目指してスタスタと歩み出す。

 それでもなんとかディアンの前に立ちはだかった『あれ』は名乗りを上げた。

 

「俺様はアポルオン! お前がどうしてもと頼むなら、お前の剣になってやって……っておい!! 無視すんな!!」

 

 行く手をふさぐアポルオンと名乗る『あれ』をサッと避けて先へと進むディアンとレナード、そして一振りの魔剣に、涙目になったアポルオンは必死で追いかけた。己の宿るべき剣を持ったまま。

 と、突然ディアンが足を止め、振り向いた。

 途端にアポルオンの顔が輝く。

 

「――『緋紺(ひこん)の宝玉』の在り処を知っていますか?」

 

 ディアンの突然の質問に一瞬驚いた顔をしたアポルオンだったがすぐに気を取り直したのか、少し拗ねたように「ああ」と肯定する。

 しかし、驚いたのはアポルオンだけでなくレナードも同じだった。

 『緋紺の宝玉』とは、至極の宝の中でも有名な魔宝(まほう)であり、手にする事が出来たならば魔力を自在に操れるという物だ。

 その宝玉は魔力の増幅を願えば緋色に輝き、抑制を望めば紺碧に輝き所有者の望みを叶えてくれると言う。

 ディアンがその宝玉を求めているのならば、理由は一つしかない。

 

「ディアン……まさかルークの為に?」

 

 ルークは数年前から急激に増大する魔力を制御しきれずに苦しんでいる。

 その力は余りにも強大で突如として暴走する事もあった。

 しかし今現在、ルークは非常に辛い立場にいるはずなのに弱音を吐かない。

 レナードはなんとか力になりたいと願いつつも、何も出来ない自分に歯痒い思いを抱いていた。それはディアンも同じなのだ。

 そんな二人の思いを踏みにじるかのようにアポルオンは嘲笑した。

 

「ハッハッハ! 残念だったな!! 今は『緋紺の宝玉』を手にする事は出来ないぞ!! 宝玉に宿っていたばあさんが高齢の為に、里である『果ての森』に後継者を探しに帰っているからな!!」

 

 その言葉にディアンは一瞬、こめかみに青筋を浮かべたがすぐに平然として呟いた。

 

「しょうがないですね、殿下に高値で売り付けようと思っていましたのに」

 

 そして、また踵を返してさっさとその場から立ち去る。

 本心ではディアンが失望している事はレナードには分かっていた。

 そんなディアンを慰めるようにレナードは横に並んで歩きながら、以前からの誓いを改めて述べる。

 

「俺はルークを守る……ルークに比べたら俺は力不足で、そんな事はおこがましいかも知れないがな」

 

 そう言って笑ったレナードに、ディアンは大きくため息を吐いた。

 

「まったくその通りです。まあ、それでも訳のわからない宝玉よりはマシかも知れませんね」

 

 ディアンは、そう呟くと更に続ける。

 

「そもそも、魔宝などに頼ろうとした私がバカでした。仕方ないので私たちなりに頑張りますか。私はこれから殿下を政治的に利用しようとする馬鹿な輩の相手をします。レナード、あなたは殿下の力を恐れるあまり命を狙おうとする、更に馬鹿な輩を相手して下さい。身を挺してでも。そして死ね」

 

「ああ、わかった……って、ちょっと待て!! 今すごくいい話だったよな!? でも、最後おかしくなかったか? いや、絶対おかしかったよな!?」

 

 そうして仲良く二人と一振りの魔剣は帰路に就いたのだった。

 

「………あれ?やっぱ俺の事忘れてない?」

 

 やはり涙ぐんで呟くアポルオンだった。

 


読んで下さり、ありがとうございます。

アポルオンはバカで方向音痴ですが、魔族の中では最強クラスです。


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