51.嫉妬は時に殺意を生む。
少し残酷な表現があります。
「陛下、おはようございま――!?」
ノックとほぼ同時に入って来たレナードの挨拶は途中で途切れた。
「すまん、わざとだ」
ルークの冷たい声にレナードが噛み付く。
「当たり前だ!! 偶然ナイフが飛んで来てたまるか!! ルークいい加減に、い!?」
レナードの言葉はまた途中で途切れた。
受け止め持っていたナイフを取り落としたレナードは後頭部を抑えながら呻く。
「おはようございます、陛下」
勢いよく扉を開け入って来たディアンをレナードは恨めしそうに睨み付けた。
「ディアン!! 部屋に入る時はノックぐらいしろ!!」
「大丈夫です。レナードがそこにいるとわかったので開けたのですから」
「何が大丈夫なんだ!?」
レナードの怒りを無視してディアンはルークへと報告を始めた。
その内容にレナードもすぐに押し黙る。
「陛下、セルショナードの王城にいる者から報告が参りました」
「述べろ」
先程までのどこか和やかな雰囲気とは打って変わって、三人の顔つきは厳しいものになりその場には緊張感が漂う。
「セルショナード王は国境全体にかなり強い結界を張っており、内にも外にも警戒を怠らないようです。その為に報告が遅れたようですが……報告によると、一年程前からセルショナード王の側にクラウスというかなり強い魔力をもつ魔術師が侍るようになったそうです。そしてそのクラウスには弟子と称する何人もの魔術師がいるようです」
「では、その者たちがサラスティナ丘のセルショナード軍に加担しているわけか……」
「そのようです。まだ正確な弟子の人数は、報告して来た者にも把握できていないようですが、やはり十数人はいるらしいと」
それだけの数の魔術師がいったいどこから現れたのか、クラウスと言う者がいったい何者なのか、目的は何なのか、わからない事ばかりでその場にはしばらくの間沈黙が落ちた。
「しかし、それほどの結界を掻い潜ってよく報告できたな、そいつは」
レナードの感心したような言葉にディアンが淡々と答える。
「この報告書は、先日和睦の為に送った使者の口の中から出てきた物です」
「口の中!?」
「ええ、使者の首だけがセルショナードより戻って参りましたので。密偵にとっても、このような形で死者を利用するのは躊躇われたでしょうが……苦肉の策でしょう」
「その首はいつ戻って来たのだ?」
ルークの冷静な問いに、ディアンも冷静に答える。
「先程です」
「そうか……丁重に葬ってやれ」
そう告げたルークは険しい顔つきで黙り込んだ。
「セルショナードに和睦の意思はないということか」
レナードの呟きは静かな部屋に静かに落ちた。
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「父上!! マグノリアからの和睦のための使者を殺して首を送り返したというのは本当なのですか!? まさかその様な愚かな……」
少し垂れた眦を珍しく釣り上げて赤い髪の男、リコは父であるセルショナード王に問い質した。
「リカルド……誰が儂にそのような口をきくことを許した?」
「父上……」
厳しい顔つきのセルショナード王に、リコは言葉を詰まらせた。
リコの正式名称であるリカルドと呼ぶことに父王の怒りを感じる。
そこに取り成す様に、ローブを目深に被った男が口を開いた。
「王よ、よろしいではないですか。殿下は少々お気が弱くていらっしゃるようです。未だに帝国に脅威を抱いておられるのですから」
「クラウス!!」
その言い様にリコは肩を怒らせ、男を睨みつける。
「私は帝国など恐れてはいない!! 脅威を感じるとしてもマグノリア皇帝のみだ!! 皇帝がどれほどの力を有しているか、そなたとて知っておろう!!」
「おや、殿下はあのような腑抜けを恐れておられるのですか?」
「何を――?」
クラウスの言葉にリコは気色ばむ。
「確かにマグノリア皇帝の力は強大でしょう。しかし今現在、皇帝は王宮から出る事も叶わぬほど虚無を抑えるために力を削がれている。まるで羽を捥がれて飛べない鷹の様に無様に。我が王のお力がこれほどに強大な今、そんな皇帝など恐るるに足るでしょうか?」
「では帝国を滅ぼし、皇帝を弑した後に誰がこのユシュタールの崩壊を防ぐというのか!?」
その言葉にクラウスはほくそ笑む。
「我々はなぜこれ程に虚無が勢いづいているのかを解してございます。ですのでこのまま皇帝には虚無に身を捧げて頂き、その後に虚無を抑え、ユシュタールを我が王に統べて頂けばよいのです」
それにセルショナード王は満足そうな顔をするが、リコにはどうしてもクラウスの意図が別にあるようで納得がいかなかった。
「虚無が勢いづいている原因とはなんだ?」
リコは静かな声で問い詰める。
しかしクラウスはそれに答えない。
「まだ、それを明かす事は残念ながらできません」
申し訳なさそうにするクラウスをリコは訝しげに睨む。
「例えお前の言う通りだとしても、今、皇帝の側にはユシュタルの御使いと言われている娘がいるのだぞ。その娘の歌声を聴けば立ち所に傷が癒え、魔力が満ちるという。そのような娘を擁する皇帝を討つ事ができるのか?」
リコの言葉にクラウスは嘲笑を見せる。
「まさか、殿下はそのような戯言を信じていらっしゃるのですか? たとえそれが真実だとしても、取るに足りぬ問題ではないですか」
「どういうことだ?」
その問いはまた答えを得られずに終わった。
それまで黙っていたセルショナード王が苛立ったように告げる。
「リカルド、下がれ。そなたは先程から見苦しい」
「父上!?」
「リカルド、二度言わすでない」
その有無を言わせぬ言葉に、リコは唇を噛み締めながらも退室の礼をとり、その場から辞した。
その後、王とクラウスの間にどのような話が為されたのかは知りようもなかったが、ただどうにも胸騒ぎが治まらず、リコはそのまま自室へと向かい、控えていた側近の二人に声をかけた。
「ザック、お前はクラウスを見張ってくれ、トールドはサラスティナ丘の軍に駐留するほかの魔術師たちを見張ってくれ」
「殿下……」
ザックの驚いたような声に、リコは顔を顰めて謝罪する。
「すまない、無茶を言っているのは分かっている。だがどうにも嫌な予感がする。取り返しがつかなくなる前になんとか手を打ちたい」
切羽詰ったようなリコの言葉にザックとトールドは黙って頷き、了解の意思を示した。
リコの勘は昔から良く当たる。
幼い頃より側でリコを見てきた二人はその事を十分に分かっていたのだった。




