5.夢オチを希望します。
長い間暗闇をさまよったような気もするが、一瞬だったような気もする。
花は無事に着地できた事に気がついた。視界はまだ暗闇の中にあるのだが……。
――― ええっと……私どうしたんだっけ? バルコニーから落ちて……あ、『神様』に会って、まさかの展開で……とにかく今現在私はどこにいるのか……?
そう思い、手探りで周りを調べてみる。どうやら花は座った姿勢らしい。
少し平衡感覚を失くしてふわふわするが、自分の体勢は把握できた。そして地面らしきところに手をつく。
――― 砂?
随分サラサラとした砂の上に座っているらしいことがわかった。
腰を上げようとした瞬間、パッと目の前が明るくなって、あまりの眩しさに花は目を瞑った。
そうして、光に慣れた頃合いをみて、そろそろと瞼を持ち上げると……キラリと光るものが目に入り、また瞼を閉じる。
――― おーい! 『神様』、聞いてないよ~!! これ、夢オチとかってないかな? ないかな? ないよね~。
そうして、また恐る恐る瞼を上げる。
――― やっぱり夢オチはダメだったか。クソッ!!
乙女にあるまじき悪態を心の中でつき、冷静に状況を理解しようとする。
――― はい。只今の状況、喉に剣が突き付けられています。それも二振り。
目の前には四人の男性が立っています。みんなこちらを見下ろしています。当然ですね。そして、私は今現在、どうやら……暖炉です!! ここは暖炉です!! 暖炉の中でなんと、正座してます!! しかも振り袖で!! サンタクロースでもないのに。
そうだね……最近はサンタクロースも不法侵入で捕まる時代だもんね。剣くらい突き付けられるよね、世知辛い世の中だよ……でも私はプレゼントを届けに来たのではなく、むしろ届けられた方で。
……で、どうすればいいんでしょうか? この状況。
無言でキョロキョロしていたかと思えば、ウーンと黙り込んでしまった花にしびれを切らしたのか、四人の男のうちの一人が声をかけてきた。
「お前は何者だ?」
――― おお!……ぬおおおお!? なんかすごいイケメンさん!! さすが異世界。髪の毛がキラキラしてる。これはプラチナブロンドってやつですか? しかも綺麗な瞳……琥珀色……いや、金色だ!! 造作も整ってるし、眼福ですね!! プラチナブロンドのイケメンって言いにくいから、銀髪のイケメンと呼ぼう。プラチナからシルバーに格下げしてすみません。
質問に答えず、ただ無言でひたすらイケメンを食い入るように見つめていると、イケメンは溜息をついて「立て」と言った。
それでも動かずにいると(というか、動けないのだが)、剣を突き付けていた内の一人が剣を構えたまま花の腕を掴み、無理矢理立たせた。
「あっ! ちょっ!!」
花は慌てて立とうとしたが、振り袖であった為といきなり乱暴にされた為ふらついてしまった(決して足がしびれてしまったからではない)。それをすかさず、もう一人の剣をもった男が支える。
――― おお! 紳士ですね……いや、剣を突き付けている時点で違うか。それにしても、この剣士? 二人も随分イケメンです。黒髪の剣士に金髪の剣士。それにもう一人、なんだか驚いた顔のまま固まっているけど、彼もかなりのイケメン……というか、この亜麻色の髪のイケメンって『神様』にすごく似ている。『神様』を大人にした感じです。すごい、イケメン四人でイケメンズフォーだ。
そんな花の思考を読んだわけではないだろうに、銀髪のイケメンはもう一回大きな溜息をついた。
「もう一度聞く。お前は何者だ? そして何のために、また、どうやってこの部屋に入った?」
銀髪の男――ルークにはこの女が不思議でならなかった。
ルークの結界が張られたこの部屋に――いや、この王宮に許可なく入ることは不可能に近い。魔力の欠片も感じられないこの女が侵入したということも驚きだが、そもそも魔力が全く感じられないのが信じられなかった。ユシュタールに生きるものは全てに大なり小なり魔力が宿る。それが欠片も感じられないとは巧妙に隠しているのか。
ルークから上手く魔力を隠すということは、即ち、ルークよりも魔力が優れているということだ。とすれば、この王宮に侵入することも不可能でないだろう。だが、どうにもその様には感じられない。
では、誰かが引き入れたのか? だとしたら何のために?
暗殺だろうか? いや、それなら魔力の全くないこの女にルークを暗殺することなど無理だ。もうひとつ考えられるのが、一昨晩もあったことだが……それにしては……ずいぶん珍妙な格好をしている。ひょっとして人間ではなく魔物なのか?……いや、魔力のない魔物などありえない。
ルークだけでなく、この場にいる他の者たちも同じように、この女の正体について考えを巡らせていたが、わかるはずもなかった。
一方、「何者だ?」と問われた花はというと。
――― 「何者だ?」って聞かれても……どう答えればいいのやら。『神様』から聞いたことを素直に答えて信じてくれる? いや、それはないよね。だって自分自身でも信じられないし、怪しすぎるから。
いきなり暖炉に正座してる女って……怖くない? 怖いよね!! しかも着物で!! 座敷わらしか、呪いの人形かっての!! この腰までの真っ直ぐな黒髪が更に迫力を増すよね? いや、こっちの人に呪いの日本人形って概念はないか……。
いやいや、そこが問題点ではなくて今は、私の正体が問題なんだ。「『神様』に言われてここに来ました」って言っても怪しすぎる。投獄されなくても病院に監禁されちゃうよね。というか、そもそも『神様』の名前聞いてない。この世界で『神様』ってなんて呼ばれてるのか……『神様』でいいのかな?
答えに詰まり、花は俯いた。そこでふと目にしたものに驚愕する。
――― ぎゃあああああ!!! 振り袖が!!
これ、おばあさまの形見の着物なのに!!……なのに灰塗れになってる!!
花は着物に付いた灰を落とそうと、剣を突き付けられているのも忘れて慌てて手で叩いた。
すると――。
灰が宙に舞って、辺りが粉塵で霞がかってしまった。
すぐそばにいた剣士の一人が咳き込み出す。そして当然、花も咳き込んでしまった。
他の三人も顔を顰めている。
「ず……ずびばぜ! ゲホゲホッ!!」
花は謝罪を口にするが、言葉にはならない。そうこうしているうちに、銀髪のイケメンが衣服の袖口で口を押さえながら何やら呟いた。
途端、サッと空気が清浄になり、花と剣士の咳き込みまで治ってしまった。
「陛下、ありがとうございます。申し訳ございません」
剣士の言葉が聞こえたので、着物まで綺麗になって驚いていた花も慌てて謝罪とお礼を口にする。
「あ……私もありがとうございます。大変ご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありませんでした」
そう言って深々とお時儀をする。顔を上げた花が見たのは、珍獣でもみるようなイケメンズフォーの顔だった。
しかし、今の騒動でパニックになっていた花の思考もずいぶん落ちついた。そして、自分の正体については詳しくは伏せることにした。と言っても、花自身詳しくわからないのが悲しいが。
――― だって、どう考えても胡散臭いもん。この国での『神様』に対する信仰度もわからないし……。
そう結論付けた花は、落ちついた思考と共に戻ってきた体の変調に気がついてしまった。
――― やばい……すっかり忘れてたのに、今非常にやばい!! このままじゃ……。
恐る恐るイケメンズフォーの顔を見渡すと、再び疑いの眼差しを向けられている。
――― しかし、今この疑いを解いている暇は私にはない!!
意を決して花は口を開いた。
「あの! すみません!!」
「なんだ?」
訝しげに銀髪のイケメンが問う。他の三人も更に眼差しを厳しくしているが構っていられない。
「お……」
「お?」
「お、お手洗い貸して下さい!!」
花は乙女として何かを失った瞬間だった。