47.太陽に吠えろ。
「はううおおお!!」
「ハナ、吠えるな」
「吠えてません!! 悶えてるんです!!」
「……そうか」
頭を抱えて寝台の上に蹲る花に、ルークは呆れながらも安堵する。
一方、花は先程の自分の行動を思い出し羞恥に悶えていた。
――― 噛み付いちゃったよ!! ってか、それよりも服脱がしちゃったし!!……そもそも、なんでルークは止めないの!? ルークのバカ!!
花の思考は徐々にルークへの八つ当たりに変わる。
「もう!! ルークのスケベ!! 変態!!」
そしてそれをルークへとぶつけた。
「……なぜ俺が謂れない非難を受けなければならない」
ルークは少し諦めた様に呟きながら、居間に控えているセレナにお茶を用意するよう言いつけた。
それから二人は居間でお茶を飲んでいた。
と、そこへディアンが現れる。
「ハナ様、もうよろしいのですか?」
心配そうに声をかけるディアンに花は微笑んで答えた。
「はい。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
そんな様子の花を見て、ディアンは安心したように微笑む。
――― うお! 猛獣宰相の本物の笑顔を見ちゃった……。
その笑顔は花以上に、後ろに控えているセレナとエレーンに衝撃を与えた様だった。
「陛下、少しよろしいですか?」
二人は花から少し離れ、何事かを話し始めたので、花は黙って紅茶をゆっくりと飲んだ。
そして、キリの良さそうな所でルークへ声をかける。
「陛下、私はもう大丈夫です」
安心させるようにニッコリ微笑む花をルークはジッと見つめると、軽く息を吐き出した。
「では私は執務に戻るが、もし何かあったらすぐに知らせてくれ」
ルークは花に言い聞かせるように言うと、セレナ達に視線を向ける。
その視線を受けた二人は大きく頷いた。
立ち去る前にルークは花に軽くキスをしたが、それを受けた花はルークの顔を見て心配そうに声をかけた。
「陛下は……大丈夫ですか?」
「ああ」
花の言葉に優しく微笑むとルークはディアンと出て行った。
それを見送った花は、ルークの顔色が良くなかった事が気に掛かり、皆の前でキスされたことには思い至らず、後で赤面するはめになったのだった。
それから花は少し遅めの昼食をとり、セレナ達と楽しく話をしてゆっくりと過ごした。
気がつけば、外はオレンジ色の光に包まれている。
花は寝室の窓辺に腰かけ、暮れゆく太陽によって黄金色に輝くサイノスの街を見下ろした。
しかし、その心に映るのは幼いあの日の思い出。
再び過去の辛い思い出に囚われそうになった花は楽しかった事もあったのだと思い直す。
サムが庭の物置小屋にあったギターを見つけて弾いてくれた時の事を思い出した。
弦が緩んで調律のできないそのギターは、調子の外れた音を奏でて花を笑わせてくれた。
暫くして、サムが新しい弦を張り直して弾いてくれた曲。
それに合わせて歌うサムの声はとても深くて優しかった。
――― サム……。
サムを想い、花はシューラを取り出した。
まだ人を癒せる程の音色を出す事は出来ないけれど。
花はシューラの音色にのせて歌った。
サムが奏でてくれたあの曲を。
それは優しい愛の歌。
その歌声は王宮へ、サイノスへと響き渡る。
まるで風が花の歌声を少しでも遠くへ届けようとしているかのように、風に乗って流れゆく。
*****
まだ本調子でないルークは、それでも溜まった執務をこなしていた。
それはレナードも同様で、些か顔色が悪いままルークの後ろに控えている。
「レナード、その鬱陶しい顔で後ろに立つな、気が滅入る」
「陛下、こんなに愛嬌のある顔に何を言うのですか」
「ディアンと同じ顔をして、愛嬌とかぬかすな!」
二人の無駄な口論は続く。
だが、その時ルークが動かしていた手を止め、驚きに顔を上げた。
「ハナ?」
レナードも花の歌声に気付き、窓開けた。
花の優しい歌声が季節外れの暖かい風と共に舞い込んで来る。
ルークもレナードも、心と体を癒してくれる優しい歌声に耳を澄ました。
***
歌い終わった花は暫く窓からぼんやりと街を眺めていた。
「ハナ」
「にょっ!?」
ルークの声に驚き、花は慌ててシューラを置いて立ち上がった。
するとそのままルークに抱きしめられる。
「ハナ、あまり……」
ルークの言葉は続かなかった。
「ルーク?」
不思議そうにルークを見上げた花は、ルークの顔色が良くなっている事に気付き、嬉しそうに微笑んだ。
ルークはその微笑みを眩しそうに目を細めて見つめ、優しく花の頬を撫でた。
それから、結い上げて留めてあった髪留めを外す。
「にゃにょを!?」
柔らかな髪はサラリと、驚く花の背に流れ落ちる。
その艶やかな髪を優しく梳きながらルークは軽く花にキスをした。
そして花の髪を一束すくい取ると口づける。
再びルークは唇を重ねると、今度は深く激しく奪うようなキスを繰り返した。
「ん……」
花の洩らす声に、ルークの体中の細胞が反応する。
――― ハナが欲しい、俺のものにしたい、俺だけのものに。
ルークの心と体は花を激しく求め、凶暴な程の独占欲に支配される。
花の歌声を誰にも聞かせたくない。花を閉じ込めて誰にも見せたくない。
そんな荒れ狂う感情をなんとか抑え付けた。
選択の余地を与えず花を側室という立場においた己の傲慢さに、花を愛せば愛すほどルークは罪の意識に苛まれた。
苦しいほどに花を求めていながらも無理に唇を離すと、花は凭れかかるようにルークに抱きつく。
「ルーク大好き」
花の甘い囁きにルークは様々な感情を抑え、強く花を抱きしめ瞳を閉じた。
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この日サイノスの街は、あの満月の夜の奇跡のように、愛情に満たされていた。
闇に囚われた者たちの心を除いて。