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46.愛の証。


「陛下、酷くお疲れの様ですから今日はこのままお休みになった方が良いでしょう。ジジイ共の相手は私がしておきますから」

 

 あれから再び眠りに落ちた花から目を離す事を不安に思ったルークは、ディアンの言葉に感謝した。

 実際、ルークの魔力の消耗は激しく休息は必要だったのだ。

 それはレナードも同じで、ディアンはレナードにも休むように告げると朝議の為に青鹿の間を後にした。

 

「いくら無意味な内容ばかりとはいえ、朝議を休んで側室の部屋に籠もるなど、大臣共は眉を顰めるだろうな」

 

「気になるのか?」

 

 苦笑しながら呟くルークに、レナードは聞いた。

 

「いや、全く」

 

「だろうな」

 

 レナードも笑うと、扉から出て行った。

 だが、いくら朝議や謁見などは控えることが出来ても、その他にやるべき事は多大にある。

 ルークは花の枕元に椅子を置いて座り、ディアンが運んで来る大量の書類に目を通していた。

 

 ふと、花が身動ぎする。

 途端にルークは心配そうに花を見つめ、呼吸の安定している花に安堵の吐息を漏らした。

 そして書類を脇に置くと、しばらく花を見つめたまま考え込んだ。

 花が眠る時に暗闇を怖がり、火を焚いたまま眠る事を嫌がるのは、あの忌まわしい出来事が原因なのか。

 

 先程ルークは花の闇を覗いてしまった。

 花が基本的に人を信用していない事も、笑顔の下に様々な感情を隠している事にもルークは気付いていたが、まさかあのような幼い頃にあれほどの酷い経験をしているとは思いもよらなかった。

 それでも、ルークに見せる花本来の姿は明るく前向きで、優しさに溢れている。

 

 ルークは闇に囚われてしまった花を救い出すつもりだった。

 しかし、本当に救われたのはルークの方ではないのか。

 悲しみと苦しみに飲み込まれてしまった花には、必死で呼びかけるルークの声も届かないようだった。

 

 ――― このまま花を失うのは耐えられない!

 

 花を失う恐怖に襲われたルークもまた闇に飲み込まれそうになったのだ。

 そんなルークの悲しみと苦しみに花は反応した。

 そして、花自身があれほどの悲しみと苦しみに囚われながらも、ルークの為に己の闇から抜け出した。

 

 花はいつも恐れることなくルークの手を握る。

 そこから伝わる感情は慈しみ溢れ、ルークを苦しみから救う。

 花自身は気付いていないようだったが、ルークの手を取った花はあれほどの闇の中に在っても、光に包まれ輝いていた。

 ルークは花と闇の中に囚われてしまう事も覚悟していたのだが、花が闇の中で指し示した道はすぐに出口へと繋がり、心地よい光に包まれると同時に現実へと戻れたのだ。

 あの心地よさは花の生み出す魔力のようでもあった。

 

 花は本当に不思議な存在だが、そんな事はどうでもよかった。

 ただ、愛おしくてたまらない。

 ルークは花の頬にかかった髪を優しく耳へとかけてやる。

 すると、パチリと花が目を開けた。

 

「すまない、起こしたか?」

 

 申し訳なさそに言うルークに花は微笑む。

 そして自身を覆っている掛け布を持ち上げると、囁くような声で言った。

 

「ルーク、こっちに来て」

 

「ハナ?」

 

 驚いて見つめるだけのルークに花は少し寂しそうにもう一度囁く。

 

「ここに来て?」

 

 寂しそうな花の顔を見たくなくて、呆然としながらもルークは言われるまま、花の隣に横たわる。

 すると花はとても嬉しそうに微笑んだ。

 

「ギュッとして?」

 

 次いで出た花の言葉に、クラクラしながらもルークは花を抱きしめると、花もルークに抱きついた。

 

「サンタクロースが……」

 

「ん?」

 

 花が呟くように言った言葉にルークは聞き返す。

 ルークはサンタクロースが何なのかはよく解らなかったが、あの闇の中での幼い花の言葉を思い出し、心配になった。

 しかし、花は嬉しそうに話す。

 

「あわてんぼうのサンタクロースは私の所に来るのを忘れてたみたい。だから、二十年分のプレゼントをくれたのかな」

 

 そう言うと、花はルークに強く抱きついた。

 ルークはただただ花が愛おしくて、優しく花の額にキスをする。

 それにまた花は嬉しそうに笑い、そしてルークを見上げて小さな声で聞いた。

 

「ルーク、キスしていい?」

 

 その言葉にルークは驚く。

 

「――かまわないが……」

 

 なんとか返事をしたルークに更に花は言葉を継ぐ。

 

「どこにしたらいい?」

 

「……どこでも」

 

 余裕を失くしたルークの答えに、花はしばらく「んー……」と考えていたが、ルークに抱きついていた腕をほどいた。

 そして、ルークの上品で豪奢な衣服の(ぼたん)を襟元から順に外し始める。

 

「ハナ!?」

 

 驚きの声を上げるルークに構わずハナは、釦に少し苦戦しながら疑問を口にした。

 

「こんなにキッチリした服でルークは苦しくない?」

 

「……いや、大丈夫だが……」

 

「そうなの?」

 

「すごいね」といった感じで応える花はルークの動揺に頓着せず、胸の中ほどまで釦を外すと、襟元を広げた。

 そして――

 

「ッ!?」

 

 花はルークの肩に噛み付いたのだった。

 驚きのあまり呆然とするルークに構わず、花は嬉しそうに呟く。

 

「歯形つけちゃった」

 

「ハナ……」

 

 困惑するばかりのルークに、花は満足そうに笑う。

 そして今度は優しく、ルークに付いた自身の歯形にキスをすると花は再び眠りに落ちた。

 どうやらブラック花ちゃんは、歯形が愛の証と信じているようだった。

 


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