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45.あばたもえくぼ。


「な!?……バカな……」

 

 薄暗い部屋の中で一人、瞑目していたガーディは驚きの声と共に目を開けた。

 クラウスに命じられて以来、ガーディは夜毎、欠けゆく月と共に深まる闇に紛れ、皇帝の側室を闇へと落とす術を徐々に施して来た。

 いくら闇に紛れる魔力とはいえ、皇帝ほどの魔力の持ち主に気取られぬように術を施すのは至難の業である。

 それをどうにか掻い潜り、闇の一番深まる新月の昨晩、ようやく術は完成したのだ。

 後はきっかけさえあれば、術は発動する。

 そして、大した時間をかける事なく術は発動し、皇帝の側室は闇へと落ちたはずだった。

 術は完璧だったのだから。

 

「これはいったい……」

 

 ガーディの小さな呟きはカーテンの隙間から差し込む朝陽に溶け込んだ。

 

 

  **********

 

 

 

「ハナ」

 

 ルークの優しく温かい安堵した声を聞いて、花もまた安堵した。

 

「ルーク」

 

 あまりの喜びに涙が出そうになる。

 しかし、何かがおかしい事に花は気付いた。

 

「あの、ルーク……ここはどこですか?」

 

 繋いだ手からは確かにルークの温かさが伝わり、ルークの気配もしっかりするのだが、とにかく真っ暗闇で何も見えない。

 

「ハナ、ここはハナの精神(こころ)の中だ」

 

「ええ!?」

 

 ――― なんだ、そのファンタスティックでファンタジックな展開は!?

 

 花は何をどう考えればいいのかわからず焦ってしまう。

 

 

「どうでもいいから、さっさと出るぞ」

 

「どびゃ!!」

 

 いきなり聞こえた第三者の声に花は驚いた。

 相変わらずの花の驚きに、ルークは笑いながら声の正体を教えてくれる。

 

「今のはアポルオンだ」

 

「アポ……」

 

 名前を覚えるのが苦手な花は、その名前を聞いてもピンと来なかった。

 それに腹を立てたのか、アポルオンは怒ったように自己紹介をする。

 

「俺様はディアン様の魔ペンのアポルオンだ!!」

 

「ああ!! あの、マゾっ子マゾ君!!」

 

 やっと思い当たった花は嬉しそうな声を上げたが、アポルオンの怒りを更に買ったらしい。

 

「誰がマゾだ!? しかも二回も言ってんじゃねえ!! ブス!!」

 

 どうやら自覚のないらしいアポルオンの怒りに一瞬怯んだ花だったが、繋いだルークの手に力が込められたのに驚き、アポルオンの事はとりあえず無視することにした。

 

「ルーク? どうかした?」

 

「……いや、なんでもない。ハナ、気配もあまりないしずっと無言だから気付かないかもしれないが、ここにはレナードの魔剣に宿るメレフィスと言う魔族もいる」

 

 ルークの説明に花は驚く。

 相変わらず真っ暗闇で何も見えないのだが、もう一人? 存在しているとは思いもよらなかった。

 

 ――― ええ? ここって私の精神の中なんだよね……定員オーバーなんじゃ……。

 

 考えると色々と許容範囲を超えそうなので、花は考える事をやめた。

 お得意の「まあいっか」と。

 そして、とりあえず挨拶をする。

 

「メレフィスさん、始めまして」

 

「……」

 

 返事はなかったが気にしなかった。

 というより出来なかった。アポルオンが暴れ出さんばかりの勢いで怒っていたからだ。

 実際、見えないだけで暴れていたかも知れない。

 

「てめぇさっきから無視してるんじゃねえよ!! さっさと出るっつってんだろうが!!」

 

「あ、すみませんでした」

 

 花は謝ったが、ルークの「気にするな」との言葉に気にするのをやめた。

 アポルオンはブツブツ文句を言いながらも、スタスタとどこかへ進み出す。

 

「あの、アポルオンさん!!」

 

「ああ!?」

 

 何も見えないのだが、気配でアポルオンが去っていくのがわかり、花は呼び止めた。

 

「どこへ行かれるんですか?」

 

「バカか、てめぇ! 出口に決まってんだろうが!!」

 

 アポルオンは苛々と花の質問に答える。

 

「え? でも、出口はこっちですよ?」

 

 花はアポルオンの進もうとする方向とは間逆の方向を指した。

 するとルークもメレフィスもスタスタとアポルオンを置いて、花の指示した方向へ進み出した。

 やはり何も見えないのだが、なぜか皆なんとなく気配でわかるようだ。

 

「え? あ、ちょっと!! なんでみんなそっちに行くんだよ!!」

 

 アポルオンを置いて来ている事を気にして花が振り返るとルークが握った手に力を込めて言う。

 

「気にするな、ハナ。アホは置いていけ」

 

「ええ? でも、私の精神(なか)にアレを置いて行くのは嫌です」

 

「ああ、確かに」

 

 花の言葉にルークは納得し、仕方なくといった感じにアポルオンが追いつくのを待った。

 メレフィスも何も言わないが、ずっと傍にいるみたいだ。

 

「んだよ、お前。なんでこっちが出口ってわかんだよ?」

 

 追い付いてきたアポルオンが拗ねたように聞いてきた。

 

「ええと、自分の精神(なか)ですから、なんとなくですけど……」

 

「なんとなくでこっち来てんのかよ!? 信じられねえ!!」

 

 花の言い分に納得できない様子で口調を強くするアポルオンに、ルークが聞く。

 

「では、お前は何であちらへ行こうと思ったんだ?」

 

「勘」

 

 キッパリ簡潔に答えたアポルオンだったが、すぐに悲鳴を上げた。

 

「いてっ!! ぎゃ!! やめろって、メレフィス!!」

 

 二人? の魔族がいるからこそ、この闇の中で真っ直ぐ進む事が出来るのだがルークも花も、とりあえずその存在を無視する事に決める。

 そうして二人しっかりと手を繋いで進んでいくと、その先に光が見えて来た。

 その光はどんどん近付いて来る。

 そしてあっという間に皆を飲み込んでしまった。

 

  ***

 

「気が付いたか?」

 

 花が目を開けると、ルークが跪いて覆いかぶさるように花の顔を覗き込んでいた。

 その顔は今にも泣き出しそうな、それでいてとても嬉しそうに見える。

 

「ルーク、ありがとうございます」

 

 そう言って微笑んだ花もまた泣き出しそうだった。

 花は起き上がろうとしたが、それをすぐルークに制されて肩の上まで掛け布を引き上げられた。

 ちゃんと起き上がってみんなにお礼を言いたかったのだが、ルークに「お前はまだ夜着のままだ」と言われて諦める。

 花はルークの向こうから心配そうに窺っていたレナードとディアン、そして後ろに控えるように立っているアポルオンとメレフィスにもお礼を言った。

 

「みなさん、ありがとうございます」

 

 それに安堵したかのようにレナードは優しく微笑んで頷き、ディアンも軽く頷いた。

 それからすぐに、メレフィスはレナードの魔剣へと輝いて戻る。

 一呼吸おいてルークは立ち上がりアポルオンに近づくと、いきなり蹴りを入れた。

 

「え?」

 

 花は驚きの声を漏らしたが、ルークはそのまま蹲るアポルオンを踏みつけている。

 それを気にすることなく、ディアンが「居間でお茶でも頂きますか」と踏みつけられ蹲るアポルオンを更に踏みつけて寝室から出て行き、それに続いてレナードも「じゃあ、俺も」と言って出て行った。

 

「ええ?」

 

 再び花は驚きの声を上げたが、ルークは呻くアポルオンを更に強く踏みしめた。

 

「う、痛いって、ルーク……」

 

「お前はアホだが、ハナはかわいいだろうが!!」

 

「えええ!?」

 

 ルークのルークとも思えない発言に花は驚き、ただただ茫然とした。

 どうやら先程の花への『ブス』発言がルークには許せなかったらしい。

 そしてこの恥ずかしい拷問は暫く続く事になるのだった。

 


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