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43.火の不始末に気をつけよう。

 

 まだ太陽も顔を出さない早朝、ルークは花の寝顔を見ていた。

 気の滅入る一日がまた始まる。

 このまま花の傍にいたい気持ちを抑え、花の頬にキスを落とすと起き上がり、寝台からそっと出て寝室の暖炉に火を入れた。

 魔力で炎は制御できるので一晩中でも暖炉の火を絶やす事はしないでいいのだが、花が嫌がる為いつも消すのだ。

 

「火は見てるんです! 私たちが油断するその時を!!」

 

 防火標語のような花の言葉にルークは笑ったが、それでも花の嫌がる事はしない。

 暖炉の火がパチパチと()ぜて勢いよく燃えだした。

 その音に反応したのか、花が身動(みじろ)ぎした。

 と――

 

「キャアアアアア!!」

 

 花が張り裂けそうな程の悲しみと痛みに満ちたような悲鳴を上げた。

 

「ハナ!!」

 

 ルークは慌てて花を抱き寄せた。

 しかし花は悲鳴を上げ、ルークの腕から逃れようと暴れる。

 

「いや! いや!! サムが!! サムがぁ!!」

 

「ハナ!! 大丈夫だ!!……ハナ!?」

 

 涙を流しながら暴れる花をなんとか宥めようと、ルークは抱いた腕に力を込めながら花に声をかける。

 徐々に落ち着いてきた花にルークも声を落とす。

 

「大丈夫だ。大丈夫だ、ハナ」

 

 優しく囁くようなルークの声に安心したのか、段々と花の体から力が抜けていく。

 ルークは腕の力を緩めると、花を宥めるように背中を優しくさすった。

 

「陛下!!」

「ハナ様!?」

 

 扉の外から緊迫した声で護衛と侍女が呼びかける。

 

「私たちは大丈夫だ。ランディ、お前達は持ち場に戻れ。セレナはお茶を用意してくれ」

 

 扉の外から緊張の緩む気配と共に、「かしこまりました」とそれぞれ応じる声がした。

 ルークが花の部屋に来る時はルークの近衛達が不寝の番をしているのだ。

 

「ハナ、大丈夫か?」

 

 背を撫でながら腕の中の花を見下ろしたルークはその異常に気付く。

 

「ハナ!?」

 

 花はルークの切迫した声にも応えず、ただ涙を流しながら虚空を見つめているだけだった。

 ルークは花の瞳をジッと覗きこみ、優しく声をかける。

 

「――ハナ?」

 

 やはり花はなんの反応も示さなかった。

 

「レナード!」

 

「どうした!?」

 

 扉のすぐ外からレナードが応じる。

 ルークの異常な気配を感じたレナードはすぐに青鹿の間に現れ、居間に控えていたのだった。

 

「ディアンを連れてすぐに来てくれ。もちろんお前も」

 

「わかった」

 

 レナードの気配がすぐに消えた。

 ルークはそっと花を寝台に横たえ、優しい手つきで瞼を閉じさせた。それでも花の閉じられた瞳からは涙が零れ落ちている。

 

  ***

 

「陛下!?」

 

 レナードと共に転移で現れたディアンは花の異常な様子に気付き、驚いたようにルークに声をかけた。レナードも驚きに目を瞠っている。

 

「ディアン、アポルオンを貸してくれ」

 

「おい!?」

 

 今度はレナードが驚きに声を上げたが、ディアンは了解したとばかりに胸元のペンに向け声をかけた。

 

「アポルオン、出て来なさい」

 

 一瞬ペンが光り、その場にアポルオンが姿を現した。

 

「呼んだ? ディアッうッ!!」

 

 アポルオンの声は途中で途切れ、アポルオンはその場に(うずくま)る。

 どうやら、ディアンの蹴りが入ったらしい。

 

「い……いきなりは効きます、ディアン様」

 

 呻くように言うアポルオンの言葉を無視し、ディアンはルークに声を掛ける。

 

「陛下、お好きにどうぞ」

 

「すまん、ディアン。アポルオン、ハナを見てくれ」

 

 本人の意思を無視して会話は進んでいくが、アポルオンは素直に二人の言葉に従い、チラリと花に視線を向けた。

 

「あ~あ、どしたの? この女。ダメじゃん」

 

「な!? どういう事だ!?」

 

 呑気な声で答えたアポルオンの言葉に、レナードは驚き問い詰めた。

 ディアンは何も言わずアポルオンに再び蹴りを入れたが、珍しく顔を顰めている。

 

「うあっ……つ、なんつうか、闇に囚われてんじゃないの? 闇の魔力の臭いがプンプンするもん」

 

 心なしかディアンから離れて立ち上がったアポルオンは呻き、それでも呑気な口調を変えずに深刻な言葉を吐いた。

 

「闇の魔力……」

 

 レナードが茫然とした様子で呟いた。

 花の枕元に跪いたルークは、花の顔をジッと見つめたままだったが、アポルオンの言葉に唇を噛んだ。

 ルークは己を責めていた。

 なぜもっと早く気付かなかったのか、と。

 花はここ最近、毎晩眠りに落ちるとうなされ、ルークが抱きしめながら優しく声をかけると落ち着くという事を繰り返していた。

 花は闇の魔力で己の、花の中に潜む闇に襲われていたのだ。

 闇の魔力は、闇に紛れてしまえば気付き難い。しかも花自身の闇を利用されたのなら尚更だ。

 それでもルークは気付くべきだったのだ。

 なのに、花の口から洩れる『サム』と言う名前に気を取られて、深く考える事をやめてしまった。

 

 

「魔族が関わっているのか?」

 

 暫くの沈黙の後、レナードが再び口を開いた。

 

「知らね」

 

 相変わらず呑気な声でアポルオンは答える。

 闇の魔力は魔族の、魔物の中でも高等な者達の力だ。

 その為、魔族に属するアポルオンをルークは呼んだのだ。花自身の闇の奥に潜んだ闇の力はルークでも判り難い。

 そして――

 

「アポルオン、ハナを闇から救いだすのを手伝ってくれ」

 

 ルークはアポルオンに頼むが、アポルオンは嫌そうに顔を顰めた。

 

「え~なんで俺が? その女の闇じゃん、めんど……」

 

 ディアンからの殺気を感じたアポルオンはそれ以上の言葉を飲み込んだ。

 

「私からも頼みますよ、アポルオン」

 

 恐ろしい程の爽やかな笑顔でディアンが頼む。アポルオンには脅迫にしか思えなかったが。

 

「え~? ディアン様、無理ですよ!他人(ひと)の闇の中に潜らなきゃいけないんですよ? 行きは闇を追って辿り着けても、戻る事は難しいんですよ!?」

 

 必死で抵抗しようとするアポルオンにレナードも声をかけた。

 

「アポルオン、俺からも頼む」

 

「誰がお前の頼みなんか聞くか、バ~カ!」

 

 その返事にレナードは己の魔剣の柄に手を掛ける。

 

「バ~カ、それは俺と対の魔剣だぞ? 俺を攻撃する為になんて抜けるわけないだろ?」

 

 鼻で笑ったアポルオンに、レナードは握った柄に力を込めて剣を抜き、切りかかった。

 

「あれ!? なんで!? 何でなの、ねえ!? メレフィス!?」

 

 アポルオンは討ちかかってくる剣を左腕に嵌めた幅のある装飾された腕輪のような物で防ぎながら、対の魔剣に宿る魔族の名を呼んだ。

 

「お前のバカさ加減にメレフィスも腹立ててんだよ!!」

 

 メレフィスの代りにレナードが答える。

 そこにルークの冷めた声が割り込んだ。

 

「レナード、悪いがメレフィスも呼び出してくれ」

 

「あ?……ああ、わかった」

 

 その声にレナードは我に返り、己の剣に呼び掛ける。

 

「メレフィス、出て来てくれ」

 

 剣に宿る魔族を呼び出すなど、相当の魔力を消費するので普通はそのような頼みをする事も受ける事もない。

 だが今はそのような場合ではない事を皆がわかっている。

 ちなみに、アポルオンについては色々と規格外なので皆気にしない。

 

 レナードの声に反応するように魔剣は一瞬光り、アポルオンと同じような浅黒い肌、黒髪に金色の瞳、そして羊のようにくるりと巻いた角を持った美麗な顔をした魔族が姿を現した。

 

「メレフィス、すまない」

 

「……」

 

 レナードの申し訳なさそうな声に、メレフィスと呼ばれた魔族は何も答えない。

 それを気にした風でもなく、ルークが声を掛けた。

 

「メレフィス、悪いが手伝ってくれ」

 

「……」

 

 声は発しなかったが、メレフィスは了解したというようにコクリと頷く。

 

「え? メレフィス受けちゃうの? なんで? 危ないよ?」

 

「……」

 

 アポルオンの言葉にもメレフィスは答えない。

 というよりこちらは完全に無視しているようだ。

 

「しかし陛下、魔族を精神の中に入れるなど、ハナ様が壊れませんか?」

 

 ディアンの冷静で尤もな疑問にもルークは動じることなく答えた。

 

「俺も行く。メレフィスとアポルオンは道を示してくれるだけでいい。俺がハナの精神(こころ)を守る」

 

 その言葉に、ディアンは軽く瞑目すると頷いた。

 

「わかりました」

 

 レナードは何も言わず、ただ厳しい顔つきで花を見つめている。

 

「え? 俺が行く事は決定なの? ねえ?」

 

 ルークの言葉からずっと、ぼやいているアポルオンに応える者はいなかった。

 目を瞑ったまま、未だに涙を流して横たわる花の傍に跪いたルークは、花の手を握り直すと祈るように瞳を閉じた。

 ルークの魔力が花を包み込む。

 それと同時に、メレフィスと不満顔のアポルオンの姿が掻き消えた。

 

 

  ***

 

「……いいのか? ハナどころかルークだって戻って来ないかも知れないぞ?」

 

 その様子を黙って見守っていたレナードがディアンに問いかける。

 

「どちらにしろ、ハナ様が戻って来られなければ陛下は壊れてしまうでしょうから」

 

「まあな……ルークを癒してくれる者が現れないかと願っていたが……ハナの存在は諸刃の剣になってしまったな」

 

 ディアンの淡々とした返答と同じようにレナードも淡々と語る。

 

「陛下はもう限界でした。その陛下の許にハナ様が現れたのは奇跡です。奇跡が続かなくても私はユシュタルを恨みませんよ」

 

 ディアンの言葉にレナードは小さく頷いた。

 

「ただ、この状況を招いてくれた者にはそれ相当の報復をせねばなりません」

 

 そう言って、いつも以上にどす黒い微笑みを浮かべたディアンに、レナードはいつもと違って大きく頷き同意したのだった。

 


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