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41.もみじ鍋はおいしい。


「フン♪ フン♪ フン♪ ~フン♪」

 

「何だ? その歌は」

 

「ふんがっ!?」

 

 長椅子で『世界魔物大図鑑パートⅡ』をパラパラと眺めながら歌っていた花は、突然のルークの声に、また飛び上がらんばかりに驚いた。

 

 ――― ふんが! って何だ!? 私はフランケンか!!

 

 花は自分の上げた奇声に情けなくなる。

 

「ハナ……いい加減、人間に戻れ」

 

「戻るも何も私は常に人間です!!」

 

 ルークのダメ押しに、一応の抵抗は試みた花だった。

 

「ユシュタールでは青鹿を始め、鹿は聖獣だというのに鹿のフン……」

 

 呆れたように言うルークに花も同調する。

 

「私の国では白鹿を始め、鹿は神獣でもあります」

 

「それなのに、その歌……」

 

 ルークは花の言葉に驚いたように呟く。

 

「い、今の歌は、修学旅行の時にみんなで歌う歌なんです!! それに鹿は食べるとおいしいんです!! それよりも、ジャスティンって結婚してたんですね?」

 

「……ああ」

 

 あからさまな話題転換に、ルークはたくさんの言葉を飲み込んで返事をした。

 やはり花の世界は奇妙な世界だな、と思いながら。

 

「五歳の息子さんがいるそうですね。ルークは会った事あるんですか?」

 

「ああ……確か一歳くらいの頃に一度会ったな」

 

 花の質問にルークは少し考え、思い出すように答えた。

 それに花は羨ましそうに呟く。

 

「いいなぁ、かわいいだろうなぁ……」

 

「ハナは子供が好きなのか?」

 

「はい」

 

 嬉しそうに答えた花にルークはニヤリと笑い、花を抱き寄せる。

 

「なら、今から作る努力をするか?」

 

「ふんがっ!?」

 

 本日二度目のフランケンな奇声を上げ慌てる花の額に軽いキスを落とし、苦笑しながら話を続ける。

 

「まあ、残念ながら魔力の強い者は中々子供を授からないがな」

 

「そうなんですか?」

 

 新たな事実に花は驚く。

 

「ジャスティンも婚姻から七十年くらい経ってやっと授かった。先帝陛下には正妃・側室、その他諸々合わせて五十人くらいこの後宮にいたが、結局は俺を含めて……四人だけだったしな」

 

「ご……五十人……」

 

 花は無駄に広いなと思っていたこの後宮に五十人もいたと聞いて、やはりこれぐらいの広さは必要なのかと納得した。

 

 ――― ってか、その他諸々ってなに!? お手付きってやつ!?

 

 しかし、ルークの話をきけば貴族達が『正妃を、もっと側室を』と勧めてくるのも理解せざるを得なかった。

 子を生し、子孫を残すのも王としての義務だ。

 もちろんルークはそれを十分に理解しているだろうし、花が口を出す問題ではない。

 そんな花の考えを読んだようにルークは自嘲し、吐き出すように言った。

 

「貴族達にとって俺は皇帝として失格だろうな。だが、そんなことはどうでもいい。ただ、ジャスティンの子供が生まれた時、ジャスティンの為じゃなく己自身の為に喜んだ俺は人間として失格だ。最低な奴だ」

 

「ルーク?」

 

 笑みを浮かべたルークの顔が苦しそうに見えて、花は心配そうに握った手に力を込める。

 

「ジャスティンの妻は俺の姉だ。ジャスティンも姉上も十分に魔力が強い。だから姉上が男子を産んだと聞いて、これで皇統を継ぐ者が生まれたと安堵したんだ」

 

 ユシュタールでは魔力が強ければ強いほど、子は生し難い。

 父と母になる者がお互いに魔力が強ければ強いほど魔力の強い子供が生まれるが、その分、授かり難いのだ。

 その為、皇帝や他国の王達は魔力の低い者も娶る。そうすることによって己の血脈をより多く残す為に。

 また、片親の魔力が低くても、稀に強い魔力を有する者が産まれる事もある。

 魔力の全くない花が皇帝の側室として認められ、期待までされているのはその為だ。

 

 花はルークを抱きしめ、力を込めて言った。

 

「ルークは最低なんかじゃないです!」

 

 ありふれた言葉しか言えない自分がもどかしい。

 

 ルークは今までどれ程の重圧を受けて生きて来たのか。

 花でさえも旧華族の小泉家に産まれた為に徹底して自分を殺して生きてきた。

 父親はとても旧弊な人間で反抗も甘えも許さず、自我さえも奪っていく。

 花が猫をかぶりながらでも心を持てたのは幼い頃、常に傍にいてくれたナニーと音楽のお陰だ。

 それでも花は自分の人生を諦めていたし、恐らくバルコニーから転落しなければ結局は桜庭と結婚し、結婚後は桜庭家の跡取りを産む義務を課せられて生きただろう。

 ルークには何か心の拠り所になるものがあっただろうか?

 力が強い為に皆の欲望に塗れた声を聞き、ユシュタールの崩壊を防ぐために常に魔力を消費し、帝位にある者として子を生さなければならない義務に縛られている。

 

 花はルークを抱きしめながら、静かに願った。

 ルークを癒せるというのなら、このままずっと傍にいて癒したい。

 いつかルークは正妃を、側室を娶るかもしれない。私がいつまで傍にいられるかもわからない。

 それでもルークの傍にいたい。

 

「私はルークが好きです。ルークの傍にいたいです」

 

 花の囁くような告白に、ただ抱きしめられるままだったルークはその腕に力を込め、強く花を抱きしめた。

 二人は長い間、ただ黙って抱き合っていた。

 

 

  **********

 

 

「クラウス様、あの娘、マグノリア皇帝の側室は本当に皆の言うようにユシュタルの御使いなのでしょうか?」

 

 まだ少年のように見える若々しい姿を深く被った灰色のローブで隠した男は、同じように灰色のローブを目深に被った男に問いかけた。

 クラウスと呼ばれた男は、暫しの沈黙の後に口を開く。

 その声はローブに阻まれくぐもっていながらも深く、美麗な音色のようだ。

 

「……そのようなことあろうはずがない。恐らく皇帝の力か何かだろう。そのような娘、すぐに化けの皮がはがれるであろう。ガーディ、そなたは再びマグノリア王宮に潜りその娘を闇に落とせ。くれぐれも皇帝には気付かれるぬよう、よいな?」

 

 その美麗な声に何の感情ものせずクラウスは命じた。

 

「はい、かしこまりました」

 

 それに応じたガーディと呼ばれた男は、一礼すると一瞬後にその場から掻き消えた。

 その場に唯一人残ったクラウスは、欠けゆく月を見上げ嫣然と微笑んだ。

 

 


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