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40.猛獣出没注意。

 

 奇跡のような一夜が明けると、セルショナード軍はセンガルから撤退し、サラスティナ丘に改めて陣を構えた。

 その報せに多くの者が安堵し喜んだが、ルークや他の聡い者達はセルショナード軍の行動に懐疑的だった。

 そしてそれは、花も同様だった。

 

 ――― 戦争ってそんなに単純なもの?

 

 例え万の兵が戦意消失したとしても、たった一人の将に戦意があれば戦争は終わりはしない。

 そして、その将はマグノリアではなく、セルショナードにいるのだ。

 

 しかしながら、議会の大半を占めたのは、単純思考の意見だった。

 

「奴らはハナ様のお力に恐れをなして逃げたのです。このまま国境外まで駆逐すべきです!!」

「いや、それではぬるい! このように辛酸を嘗めさせられたのは由々しき事。いっそ、セルショナードに攻め込むべきです!! 我がマグノリア帝国には、陛下とハナ様がいらっしゃる。恐れるものは何もありません!!」

 

 

  **********

 

 

「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、あそこまで馬鹿だとは……」

 

 あの夜から二日が過ぎていた。

 ルークの執務室でぼやいたレナードに、ディアンが微笑みながら言う。

 

「レナード、そのような言い方は馬鹿に失礼です」

 

「……そうだな」

 

 微笑むディアンには逆らわないのが得策。そう判断したレナードは思い切って話題を変えた。

 

「ルーク、お前はハナの力の事を知っていたのか?」

 

 あの夜からレナードはずっと疑問に思っていた。

 しかし、今まで何と無く触れられなかったのだ。

 

「……ああ、少し前からな」

 

 ルークは少し躊躇った後に答えた。

 

「ハナはいったい何者なんだ?ユシュタルの御使いか何かか?」

 

「……」

 

 レナードの問い詰めるような口調にもルークは答えない。答えられないのだ。

 ルークもその事については何度か考えたが結局は考える事をやめた。

 花が何者であろうとルークにとってはどうでもいいのだから。

 そこにディアンが口を挟んだ。

 

「まあ、いいではないですか。ハナ様が神の御使(みつか)いだろうと、魔王のお遣いだろうと、ハナ様なんですから」

 

「いや、お遣いはないだろう、お遣いは……」

 

 思わず突っ込んだレナードだったが、ディアンの言葉には頷くしかなかった。

 そもそもディアンは、ある日突然現れ側室になった花に対して疑いを抱く事もなく、ただ花の人格のみを判断して認めたのだ。

 ディアンは常に肝心な物のみを判断し重視する。

 その潔さにレナードはいつも感心していた。

 もちろん、不審人物に目を光らせていなければいけない近衛隊の人間としては真似したくてもするべきではないのだが。

 

「ところでレナード、前から注意しようと思っていましたが、ハナ様のことを呼び捨てにするのは頂けませんよ」

 

 ディアンの(もっと)もな言葉にレナードは言葉を詰まらせた。

 

「え? いや、それは……何と言うか……今更変えろと言われても……」

 

 しどろもどろに答えるレナードに、ディアンは呆れたように告げた。

 

「しょうがないですね。では代わりに私のことをディアン様と呼ぶのなら見逃してあげましょう」

 

「なんでだよ!?」

 

 二人のバカなやり取りを見ながら、ルークはセルショナードの思惑について考えていた。

 

 ――― セルショナードの目的はいったい何なんだ?

 

 ルークも、主だった者たちも未だそれが解らず、防衛に徹する事しか出来ないのだ。

 

 

  **********

 

 

 貴族達の豹変ぶりは酷かった。

 今までの、(へりくだ)った態度の中にも侮蔑が見え隠れしていたものから、明らかに媚を売るような、何か物欲しげなものへと変わった。

 それは予想出来た事なので別に花は気にしなかったが、今まで親しく好意的だった後宮に仕える者たちが少し距離を置いたような、畏敬の念を持って接してくるようになったのが残念だった。

 それでも変わらない者たちも多くいる。

 セレナやエレーン、それに護衛たちも変わらない。

 だから花も変わらない。今までと変わらず過ごせばいい。

 

 

「ねえ、エレーン……いつも散歩する時にお留守番をお願いしてしまってるけど、たまには一緒に行かない?」

 

 最初の頃はセレナと交替で花の散歩に付き合ってくれていたのだが、この頃はいつもお留守番だ。

 それが花には不思議で、たまにはエレーンもどうかと誘ってみた。

 

「い、いえ! 大丈夫です!! 私、お留守番が好きなんです!! お誘い頂いたのに我が儘を申しまして、大変申し訳ありません!!」

 

 そう慌てて謝ったのだった。

 

 

「ねえセレナ、毎日散歩に付き合ってもらってるけど大丈夫? 嫌なら言ってね?」

 

 エレーンの態度に、ひょっとしてセレナにも無理強いをしているのではと心配になり花はセレナに聞いたのだが、セレナは花の言葉に、「とんでもありません!」と強く否定した。

 王宮から出る事が叶わないのは当初からわかっていたが、青鹿の間にずっと籠りきりというのも気が滅入るので、毎日散歩と称して花は王宮内をぶらぶらとしているのだ。

 その為、昔の日本の大奥というのは皆、気が滅入っただろうなと花は思った。

 

 ――― そりゃ、陰惨なイジメも横行するよね……。

 

 そんな事を考えていた花に、セレナが少し躊躇ったようにした後、話しを始めた。

 

「あの、ハナ様……ハナ様は随分、宰相様にお気に入られてしまいましたね」

 

「え?……そうなのかな?」

 

 セレナの話の脈略が掴めず、花は驚いて返事をした。

 

「はい……それで宰相様は時々、ハナ様がお散歩をなされているとご出没なされるので……」

 

 ――― セレナってなんだかディアンの事、猛獣扱いしてない?

 

 そう思いながら、花はセレナの話の続きを聞いた。

 

「実はエレーンは宰相様の遠縁に当たるのですが……エレーンは宰相様を酷く恐れていまして、少しでも接触しないで済むようにと、ハナ様とのお散歩に付き添わせて頂くのを遠慮しているようなのです」

 

「……そうですか、それじゃあ仕方ないですよね」

 

 恐らくディアンはエレーンに何かトラウマを植え付けたんだろうな、とセレナの話からエレーンの言動に納得していると、当のディアンが前方から現れた。

 

 ――― 出たよ、猛獣が。誰かこの猛獣宰相に鈴でも付けてくれないかな。半径一キロくらい離れてても聞こえるような鈴を。

 

 花は新たにディアンを名付け、王宮においては全くの意味をなさない事を考えながら、逃げる事を諦めニッコリと微笑む。

 

「こんにちは、ディアン。ごきげんよう」

 

「こんにちは、ハナ様。今日は東のサロンに行きましょうか」

 

 さっさと挨拶して通り過ぎようとした花だったが、しっかり腕を掴まれると方向転換をさせられ、東のサロンまでエスコートされてしまったのだった。

 

 ――― くそー! 今回もダメだったか。

 

 ディアンにとって、ルークの「ハナに近づくな」命令は意味をなさず、あれからも何度か捕まっていた。

 そうしてまた、微笑み合戦へと突入したのだった。

 

 

「あまり何度も申し上げてハナ様のご負担になってしまうのも本意ではありませんが、『仲良くお手々繋いで眠る』だけでは愛は生まれても御子様はお生まれになりませんよ?」

 

 相変わらずの爽やか暗黒笑顔で言われた言葉に花は撃沈する。

 

 ――― なんか、色々バレてる!?

 

 それでもなんとか笑顔で乗り切っていると、ジャスティンが現れた。

 

「ハナ様、失礼致します。ディアンに用事がありまして」

 

「ええ、私は全く!! 構いませんよ? 是非!! どうぞ!!」

 

 花の言葉は所々、妙に力が入っていた。

 ジャスティンは花に一礼するとディアンに向き直った。

 

「ディアン、あなたを連れ戻してくれと方々(ほうぼう)から頼まれましたよ。まだ執務の途中でしょう? ハナ様を煩わせていないで早々に戻って下さい」

 

 ジャスティンの言葉にディアンは一瞬、顔を顰めたように見えたがすぐにいつもの暗黒笑顔に戻り、花に挨拶をすると去って行った。

 

 ――― その方々(ほうぼう)の方たちに幸あれ。

 

 ディアンの笑顔を見た花は祈らずにはいられなかった。

 

「ハナ様、お部屋までお送りいたします」

 

 そしてジャスティンの申し出に花は頷き、青鹿の間まで送ってもらうことにした。

 

 

「やれやれ、ディアンのお陰で今日は残業ですよ。こんな遠くのサロンまで来てるとは思いませんでしたから」

 

 ――― なるほど。なんでわざわざこんな遠くまで来たのかと思ったけど……。

 

 花はジャスティンの言葉に納得しながらも違和感を覚え思わず疑問を口にした。

 

「あれ? 残業ですか?」

 

「ええ、私は昼の刻が終わるまで(十六時まで)しか働かないと決めているので」

 

 花は思わず腕時計を確認した。今現在の時刻は十六時三十分過ぎだ。

 

「そうなんですね。その後に何か用事でもあるんですか?」

 

 それで夜にジャスティンを見かける事がないのか、と納得しながら聞いた質問の答えに花は驚いた。

 

「はい、家族と過ごします。家族との時間を大事にしたいので」

 

「え? ジャスティンってご結婚されてるんですか?」

 

「はい。ご存じなかったですか? 妻と今年五歳になる息子がいるのですよ」

 

 そう答えたジャスティンの笑顔は愛情に溢れている。

 

 ――― マ、マイホームパパだったのか……。

 

 ジャスティンの意外な一面を知った花だった。

 


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