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4.己を知ろう。


「陛下、どうかお聞き届け下さい」 


 国の主だった役職に就く者たちとの月に一度の恒例の晩餐を終わらせ、残った仕事を片付けようと執務室に向かう途中、大臣の一人に相談があると言われ今現在、執務室で対面しているのだが。

 先程から無言を通す、マグノリア皇帝であるルカシュティファンを前に内大臣であるドイルは焦り、更に言葉を重ねていく。 


「陛下、確かにご正妃をお決めになるのは難しいかもしれません。しかし、ご側室さえ一人もいないとは……今現在、後宮に仕える者たちは暇を持て余し、戸惑っております。この者達の為にもどうかご側室をお決めください。深くお考えなされなくてもよいではありませんか。貴族の娘たちの中から二,三人適当に召し上げれば……そのうち寵もわきましょう。私は……いえ、私を含めた陛下の臣は皆、陛下の御子を待ち望んでおります。今現在のこの不安定なユシュタールで陛下の御子がご誕生なされば、きっとマグノリア国内だけでなくユシュタール全土の民は希望に満ち溢れることでしょう。陛下がお気を煩わせる事はございません。よろしければ私めが程良い娘を見繕いますゆえ」

 

 そう述べるとドイルは深々と頭を下げた。緊張し、焦る気持ちから少々早口になってしまったが、言いたいことは述べた。後は陛下の「是」と言う言葉を待つのみだ。 

 そんな様子を見て、皇帝の後ろに立つ近衛隊長のレナードは笑いを(こら)え、顔を崩さないようにするのに必死だった。 


 ――― 最後の一言を言う為に、随分長々と述べたな。 


 ニヤつきたいのを必死で抑え、皇帝の言葉に集中する。 


「そなたは……余の治世では不安か?」 


 皇帝は感情の窺えない声で、ドイルに問う。 


「とっ、とんでもございません!! そのようなことは決して!!」

 

 ドイルは青ざめ床に頭を擦り付けんばかりに平伏した。後宮に息のかかった娘を送り、寵を受ければ、ドイルの宮廷での力も増す。そのようなあさましい考えからの此度の発言であったが、力を増すどころか、このままでは不敬罪で投獄されかねない。慌てて、取り繕いの言葉を探すドイルであったが……。 

 ピクリとレナードが反応した。顔つきが途端に険しくなる。 


「陛下」

 

 レナードの言葉に皇帝は「わかっている」と言うように軽く頷き、ドイルに言葉をかけた。


「さて、私はこれから部屋に戻るが、そなたも一緒に参らぬか?」 


「は?……あ、あの……私めが陛下のお部屋に?」 


「嫌か?」 


「とっ、とんでもございません!! 是非!!」 


 慌てて否定したドイルは、「そうか」と呟き席を立った皇帝の後に続いた。もちろん、皇帝のすぐ後ろにはレナードが付き従い、その三歩程後ろに従う形でだが。 

 執務室を出た三人の後に皇帝付きの近衛が二人付き従う。

 

 ――― なぜ陛下は私をお部屋に?……まさか! へ、陛下は男色家なのだろうか?……いやいや、例えそうでも私はないだろう。それに陛下は即位前……いや、皇太子になられる以前にはそれなりに女性とも付き合っておられたはずだ。 


 ドイルには皇帝の意図がさっぱり読めなかった。

 そのうちに、皇帝の自室の前に着いた。その扉を近衛の一人が勢いよく開け、飛び込む。もう一人の近衛は皇帝の前で庇うように、レナードは相変わらず皇帝のすぐ後ろに控えているが、腰に佩いている剣の柄を握りしめ、いつでも抜刀できるように構えている。その緊張感溢れる中でも、皇帝は楽しげな笑みを浮かべていた。

 何が何だかわからないまま、ドイルは緊張に強張った顔を必死で皇帝の自室内へと向けた。 

 そこには挑発的な夜着を纏った女が、近衛に剣を喉元に突き付けられたまま青ざめて立ちすくんでいた。


「へ、陛下!」 


 女は青ざめたまま、縋るように皇帝に呼び掛ける。

 ドイルがよく見れば、女は最近社交界で可憐な乙女と人気を博している、とある伯爵家の娘だった。

 

 ――― 可憐な乙女がよくやる。 


 レナードは娘に向けて失笑を洩らし、侮蔑の視線を投げかけた。

 そんなレナードの視線にも気付かず、娘は一心に皇帝に視線で縋り言葉をなんとか発する。 


「陛下……私、あの……陛下を御慰めしようと……」 


 なんとも傲慢で恥知らずな言葉に一同息を呑むが、皇帝は優しげとも言える笑みを浮かべ、娘に剣を突き付けている近衛に視線を向けた。 


「剣を引け」 


 その言葉に近衛は従い、剣を下ろした。

 それに気を良くした娘は純真さの中に妖艶さが浮かぶ、そんな笑みを皇帝に向けた。 


 ――― 娘!! 今のうちに早く出ていけ!!


 レナードは青ざめ、伯爵家の娘に目で必死に訴えたが、娘は一向に気がつかない。そしてあろうことか皇帝に近づき、皇帝の左腕に触れた。

 その仕草を見たレナードは、哀れな頭の悪い娘の為に瞳を閉じ祈った。 


「キャアアアアアッ!!」 


 途端、耳を切り裂くような娘の悲鳴が響き渡った。

 そっと瞼を上げたレナードは、右腕を抑え苦しそうに呻き涙を流す娘と、その場に立ち相変わらず優しげな微笑みを浮かべた皇帝の姿が目に入って来た。 


「余に触れるな」 


 一言呟いた皇帝は、青ざめガタガタと震えるドイルと青ざめながらも毅然と立つ近衛の一人、ランディに命令する。 


「ランディ、この娘を牢へ。罪状は余の部屋への侵入と不敬罪だ。ドイルはその旨の書類を作れ。証人はそなたでいいな」 


 用は終わったとばかりに背を向けた皇帝にレナードは慌てて声をかけた。 


「陛下、医師の手配は如何致しましょう?」 


 その言葉に、奥へと向かいかけた皇帝は振り向き、フッと笑った。 


「その娘の右腕には治療はもう必要ないが。まあ、切り落とすしかないだろうから……そうだな、ランディ、医師の手配を」 


 その言葉を最後に皇帝は奥の部屋へと姿を消した。

 ランディは右腕を――いや右腕だったと思われるものを抑えたまま泣き叫ぶ娘を強引に立ち上がらせ、部屋の外へと連れて行った。それに続いてもう一人の近衛も部屋を出る。部屋の外、扉の前で不寝の番をするのだろう。

 その場に立ち尽くし、茫然としたままのドイルにレナードは声をかけた。 


「ドイル殿、大丈夫か?」


 その声に、ハッとしたドイルは慌てて転がるように部屋から出ていった。

 そうして、皇帝の自室の居間に一人になったレナードはソファにドサリと体を投げかけるように座り、眉間を揉みほぐした。 


 ――― あれはいくらなんでもやり過ぎだ。あの娘の右腕、確かに切り落とすしかないだろう。 


 娘が皇帝の腕に触れた途端、嫌な臭いがした。それは皇帝に触れた娘の腕の焼けて焦げる臭いで、レナードが目を向けた時にはほぼ炭と化していた。

 一瞬の間に何があったのか。

 それは皇帝の攻撃魔法に他ならない。

 皇帝の魔力は圧倒的に強すぎ、魔法を発動させるための詠唱さえ必要としない。その強すぎる魔力で他国を抑え、帝国だけでなく不安定なユシュタールを支えていると言っても過言ではないが、それ故に孤独を強いられている。

 

 ――― あの娘の言葉ではないが、誰か陛下を……ルークの孤独を癒し、慰めてくれる者があればよいのだが……。 


 眉間に手をやったまま、考え込むレナードの元に琥珀色の液体が入った瓶とグラスを二つ抱え皇帝が戻って来た。そして、自分とレナードの為に液体をグラスに注ぐ。晩餐の為の礼装から、くつろぐ為の服装へと着替えている。

 マグノリア帝国の皇帝ともあろうものが、自分で着替え、臣下の為に酒を注ぐなど普通はありえないだろうが、現皇帝であるルカシュティファンはそうしたことを苦としない。

 むしろ、傍に侍従が控えるのを嫌がり必要最低限しか置かない。本当は近衛さえも嫌なのだが、それは対外的にも必要なので我慢しているありさまだ。

 そうして幼い頃から親しくしているレナードのような一部の者には愛称であるルークと呼ばせている。もちろん、人目のない場合だけだが。


「ルーク、やりすぎだ」 


 強い口調でレナードは窘めた。 


「あの女には虫唾が走る。あのようなあさましい女、ドイルが可愛く見えるほどだ」 


 その言葉にレナードは眉間を寄せた。

 あの出来事は恐らくドイルから貴族たちに広がるだろう。後宮に娘を入れようとする貴族たちも、これでまた当分は大人しくなるはずだ。

 ルークには到底及ばないが、レナードもかなり強い魔力を有している。ルークの部屋に何者かが侵入したことはすぐにわかった。この王宮にはルークの結界が施されているのだから。

 侵入者が何者かはレナードにはわからなかったが、おそらくルークにはわかったはずだ。そして最近煩く飛び回る貴族たちへの牽制する為にあの場にドイルを連れたのだろう……それにしても、やりすぎだ。

 更に眉間のしわを深めたレナードに、琥珀色の酒を飲み干し、ルークは告げた。


「レナード、あの娘を手引きしたものを探り出せ」 


 そう言ってルークは立ち上がり、奥の部屋――寝室へと姿を消した。

 レナードも勢いよく残っていた酒を飲み干してから部屋を出ていった。



  **********



 貴族の情報網は恐ろしく早い。

 恐らく、一昨晩の出来事を知らぬものは宮廷には最早いないだろう。昨日の朝には娘の父親である伯爵が恐怖に顔を引きつらせた真っ青な顔で平身低頭謝罪した。娘を部屋に手引きした人物はまだわかっていないが、今回はこの伯爵でないことは確かであった。

 魔力を使えば犯人などすぐにわかるが、それには人の心に作用する魔法を使わねばならぬ為、魔力の消費が激しい。こんなことで魔力を大量に消費するのは馬鹿らしい。ユシュタール崩壊の危機に晒されている今現在は特に。

 娘には十分な罰を与えてやったので、更に伯爵に罰を与えることすら(わずら)わしい。そう考え、伯爵には娘の監督不行き届きとして、一週間の謹慎処分を下しただけだった。

 そもそも、こんな煩わしい問題を引き起こす後宮自体をつぶしてしまいたいが、それはさすがにすんなり片付く問題ではない。

 珍しく大きなため息をつくと、後ろに控えているレナードの笑いを含んだ声が聞こえた。 


「どうした、ため息なんかついて。恋煩いか?」 


「うるさい。黙れ。死ね」 


「皇帝陛下のご命令とあらば、この命、今この場で陛下に捧げましょう」 


「うるさい。黙れ。バカ」 


「ご命令は撤回ですか? それは恐悦至極に存じます」

 

 また反応するのもバカらしく、仕事を片付けようと書類に目をやった時に、ルークの自室の結界が反応した。 


「まただ、ルーク」 


「まただな……しかも女だ」 


 今度は二人で溜息をつき、執務室を後にした。転移魔法で部屋に行ってもいいのだが、まあ一応、近衛を連れていくか、と言うことで歩いて部屋に向かう。

 そもそもルークは近衛など必要ないくらいの強さがあり、それにレナードが加われば、恐らく一国の軍隊でも立ち向かえるかどうかなのだが。

 二日前と同じ様に――いやドイルがいないので同じとは言えないが、再び扉の前に四人は立った。

 

「……明かりはついていませんね」 


「開けろ」 


 レナードの言葉に構わずに扉に手をかけた近衛に命令し、扉が開かれた。

 そして暗闇の中、侵入者の気配を探った。




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