表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/154

34.刺客と自覚。

今回、少し残酷描写が含まれていますので、苦手な方はご注意ください。


「ハナ様、本日昼の刻三歩(十四時)に晩餐会の時のシューラ奏者が面会を求めて来ておりますが、どうなさいますか?」

 

 セレナが扉の外の言付けを届けに来た、小間使いからの伝言を花に伝えた。

 

「お受けして!」

 

 花の慌てたような、嬉しそうな返事にセレナは微笑みながら頷いた。

 いよいよシューラが手に入るのだ。

 今まで沈んだ様子で物思いに耽っていたのが嘘のようにパッと表情の明るくなった花に、セレナ、エレーンだけでなく、その場にいた護衛までもがホッとしたような顔をした。

 花は昨晩のルークの言葉をどう受け止めればいいのか分からず、ずっと悩んでいたのだ。

 

 

  **********

 

 

 花とセレナ、護衛たちはシューラ奏者と会う為に、王宮の応接の間へと向かっていた。

 外からの面会者と会うには、後宮ではなく応接の間で会うのが決まりなのだ。

 楽器に触れられる、手に入れられると思うと心なしか歩調も早くなる。

 とそこへ、向こうから二人の女性がやってくるのが見えた。どうやらどこかの貴族令嬢と侍女らしい。

 二人は外からやって来たばかりらしく、まだ外套(がいとう)(まと)っていた。

 そうして、花の前に来ると立ち止った。

 

「これは、ハナ様。お久しぶりでございます。このような所でお会いするとは」

 

 そう言って微笑んだ令嬢の顔はとても可憐で可愛らしかった。

 

「……こんにちは」

 

 花はこの令嬢に覚えはなかったが、侍女を従え高貴な身分が窺える身なりだった為、訝りながらも挨拶をした。

 

 ――― こんな可愛らしい人、一度会ったら忘れそうにないけど……。

 

 それとも、面会を始めた頃には大勢の令嬢ともお会いしたので覚えてないだけなのか。

 そう思っていると、令嬢は思いついたように声を上げた。

 

「そうだわ! 私、ハナ様に差し上げたい物がございましたのよ」

 

 そう言うと外套の中で何かを探り始め、それから何かを見つけたのか、顔を上げニッコリ微笑んで近づいてきた。

 条件反射で花も令嬢に近づく。

 その時、ハッとセレナが何かに気付いたように声を上げた。

 

「ハナ様、その方は……」

 

 と、同時にすぐ側に控えていたカイルが、花を引き寄せながら剣を抜いた。

 

「ハナ様!」

 

 カイルの剣はそのまま令嬢の左手をなぎ払う。

 辺りに鮮血が飛び散り、花の頬にも生温かいものが散った。

 その場に、小刀を握ったままの血に塗れた手首が落ちる。

 令嬢の悲鳴なのか、セレナの悲鳴か、どちら共かも知れない甲高い耳障りな声と、護衛たちの怒号が聞こえる。

 令嬢の後ろに控えていた年配の女性は術者らしく、攻撃魔法らしき詠唱を終え、花たちに向けて放った。

 途端、閃光が走り花は目を瞑ったが、パシンという衝撃音がしただけだった。

 どうやらカイルが瞬時に防壁魔法を作動させたらしい。

 術者は再び詠唱を始めていたが、それは突如現れたレナードの剣に遮られ、終えることなく術者と共に散った。

 その場に(うずくま)るように倒れた術者の体から鮮血が流れ出す。

 

「ハナ、見るな」

 

 ルークの声が聞こえたと同時に、花の視界はルークの右手によって塞がれた。

 ただその場に立ちすくむ事しかできなかった花を後ろからルークは抱きしめる。

 

「陛下! なぜその女なのです!! 私にこのような仕打ちをしながら、そのような婢女(はしため)をお側に置かれるなど!!――」

 

 令嬢の狂乱染みた叫声は途中で掻き消え、一瞬の静寂の後、エレーンの驚きに満ちた声が聞こえた。

 

「ハナ様!!」

 

 花はルークと共に青鹿の間に戻っていた。

 

「エレーン、お茶と湯の用意を」

 

 ルークの言葉に、エレーンは急いでその場を離れた。

 自身を見下ろした花は、頬に手を当て、自分の顔や服に散っていた血痕が消えている事に気付く。

 花はルークを見上げて微笑んだが、花の顔は青ざめ少し震えていた。

 

「ハナ、すまない」

 

 謝罪の言葉を口にしたルークは、苦しそうに顔を歪めると花を再び抱きしめた。

 

 ――― 大丈夫。私は大丈夫だから。

 

 花はルークに伝わるように、心の中で呟き続けた。

 

 しばらくして、エレーンの淹れてくれた温かい紅茶を二人黙ったまま飲んだ。

 護衛が扉の外で待機している気配がする。セレナはまだ帰って来ないが、恐らく飛び散った血を落とす為に、身を清めているのだろう。

 

「ルーク、私は大丈夫だから戻って?」

 

 そう言って、花は微笑んだ。

 

「ハナ……」

 

 ルークは躊躇った。

 しかし、花は引かなかった。

 

「大丈夫。エレーンもいるし、私はこの後少し休みます。せっかく来てくれたシューラ奏者には申し訳ない事をしたけれど……」

 

 そう言って、再び花は微笑んだ。

 暫く逡巡した後、ルークは小さく「わかった」と呟くと、花の頬に優しくキスをして立ち去った。

 花はルークを見送った後、湯あみの用意ができたと告げるエレーンに待ってくれるようお願いし、トイレへと急いだ。


 そして、吐いた。

 胃の中の物を全て吐いてしまい、吐き出す物がなくなった後、これ以上エレーンを待たせては心配させると、急いで居間へ戻る。

 居間にはセレナが戻ってきており、また非番だったはずのジョシュが扉の内側で護衛をしていた。

 皆に申し訳なさそうに花は微笑みを浮かべ、湯あみの為にまた居間を出た。

 

  ***

 

 しばらく寝室で休んだ後、居間へ行くとそこにはシューラが届けられていた。

 

「まあ!」

 

 思わず声をあげた花に、セレナが気遣うように微笑みながら告げた。

 

「陛下がシューラ奏者とお会いになったそうです。それで明日、同じ時刻にこちらに来るようにと、お約束して下さったそうですが、先にシューラだけでもと、こちらにお届け下さったんです」

 

「陛下が?」

 

「はい」

 

「シューラ奏者は明日、この部屋に来るの?」

 

「はい」

 

 恐る恐るといった感じで花はシューラに触れながらも、ルークの優しさに涙が溢れそうになった。

 花がどれほどシューラを、楽器を切望していたか、ルークは理解してくれているのだ。

 先程までの暗く沈んでいくような気持ちが、慰められていく。

 

 ――― どうしよう。やっぱり私はルークが好きだ。

 

 もう否定する事ができない、止める事ができない。

 認めてしまえば、こんなにも心から溢れてくる愛情に気付く。

 その感情に、胸を締め付けられながら花は込み上げてくる涙をこらえたのだった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ