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33.果ての森と虚無。

 

 ユシュタールという世界には『果て』がある。

 その『果て』には、鬱蒼と木々の繁る森があり、『果ての森』と呼ばれる。

『果ての森』がユシュタールを囲み、その中に世界は在るのだ。

 そして、『果ての森』は魔物たちのものであり、人間は立ち入る事が出来ない。

 魔物達の中には人里に現れ、人間や家畜を襲うものもあるが、それらは低俗な種であるらしく、ほとんどの魔物たちは森から出てくる事はなかった。

 しかし近年、人里への魔物の出現数が格段に増えていた。

 魔物は並みの人間より魔力も腕力も強いため、一度魔物が出現すれば被害は甚大なものになる。

 この魔物出現増加の原因、それはユシュタールが『果て』の外から崩壊を始めた為の『果ての森』減退によるものだった。

 

 『果て』の外に広がるのは『虚無』の世界。

 『虚無』の世界が全くの無なのか、それとも何かあるのか、それは誰も知らない。

 ただ、その『虚無』がユシュタールを飲み込み始めたという事実だけを知る。

 今はまだ『果ての森』が少し飲み込まれたに過ぎない。

 それは力のある者たちが、魔力によって抑えているからだ。

 だが『虚無』は、魔力さえも飲み込んでいく。

 皆の魔力が尽きる時、それはユシュタールの終わりを意味する。

 

 

 一帝国・七王国の王たちは代々、魔力を駆使して『果て』の外にある『虚無』を制し、国土を広げてきた。

『虚無』を制する事ができれば、『果ての森』がまるで後退したかのように国土が広がる。

 その後退から(はぐ)れた森が『不可侵の森』となったのだ。

 もちろん、魔力の強い王ばかりではなく、その時代には国土の拡大よりも維持に力を注いだ。

 そうして何千年、何万年とユシュタールは発展してきたのだ。

 それがここ数十年で突如として、『虚無』の勢いが増した。

 決して、王たちの魔力が弱体したわけではないのだが、『虚無』に飲まれまいと前進を始めた『果ての森』の為に、国土の維持さえも(まま)ならなくなっていた。

 その為、王たちの足りない力にマグノリア皇帝が力を補い、『虚無』を抑え込み、『果て』の崩壊を辛うじて防いでいる状態だった。

 

 

  **********

 

 

「ハナ様、ハナ様! お聞きになられてますか?」

 

「え?」

 

「ですからハナ様、陛下にハナ様から、ご正妃をお娶り下さるようお勧め下さい、と申し上げているのです」

 

 花は今、青鹿の間で貴族達三人と面会をしていた。

 今朝、急ぎお会いしてお願いしたい事がある、と面会の申し込みがあったのだ。

 

 ――― その急ぐ内容がこれか……。

 

 花は呆れて言葉も出なかった。

 そんな花に畳みかけるように、貴族達の言葉は更に続く。

 

「陛下はもう百四十三歳になられた。その御歳でご正妃がおられないばかりか、ご側室がお一人のみなど由々しき事態。御子様の事を考えても、このまま看過するわけには参りません。陛下がご正妃をお娶りなさるようにお勧めするのは、側室であるハナ様の義務でもありますぞ」

 

「……義務ですか」

 

 ――― すごい義務だな。自分の旦那さんに新しい奥さん勧めろって事だよね。それにしても、この人たち頭わいてんの?

 

 相変わらずの貴族達の危機感のなさ、身勝手な言い分に腹が立つ。

 

「ですが、今この時期に陛下に申し上げるべきではないのでは?」

 

 そんな花の言葉は貴族達の失笑を買ったようだった。

 貴族達の一人、内大臣のドイルが子供を諭すように、花に言う。

 

「ハナ様、この時期だからですよ。このまま、陛下に何かあったらどうします? 一刻も早く陛下には御子様を()してもらわねばならないのですよ」

 

 その言葉に花の何かがプチッと切れる音がした。

 花は憤ってドイル達を問い詰める。

 

「あなた方は、陛下にいったいどれ程の事を望むのです? 膨大な魔力を注いでユシュタールをお守り下さっている今、更にセルショナードとの戦に魔力を注ぐようお願いし、今度は御子まで生されるよう望まれるとは。だとしたら、あなた方は何をなさるのです? 陛下の為に、ユシュタールの、マグノリアの為に何を? 人柱となって、ユシュタールの果てに立ち、その魔力すべてをユシュタールを守る為に注いでくれるのですか? それとも今すぐ戦場へ赴いて、その魔力の限りにセルショナード軍を撃破してくれると言うのですか!?」

 

 ひとしきり言い終わって多少スッキリした花は、頭が冷えると同時に焦った。

 今までニコニコと微笑むだけだった花の激昂に貴族達は驚き青ざめている。

 

 ――― しまった!

 

 花が気付いた時には遅かった。

 が、気を取り直して、何重にも猫をかぶった。

 

「あの……ですから今、陛下に私から申し上げるのは心苦しく思いますので、どうかお許し下さい」

 

 そう言って、いつものニコニコ笑顔に戻ったのだが。

 

 

  **********

 

 

「お前は本当に不思議な奴だな」

 

「何がですか?」

 

 花とルークは寝室の長椅子に並んで座っていた。

 先程まで、花が歌を歌っていたのだ。最近は最初の歌だけでなく、その時に花が歌いたい歌を歌っている。どうやら歌に関係なく、ルークを癒す事が出来るようだ。

 

「魔力の器はないのに、生成する事はできるなど、器用というか、奇妙というか……」

 

「奇妙って何ですか!? 奇妙って!!」

 

 考え込んで言うルークの言葉に、花は怒ったように聞き返す。

 しかし、ルークの言葉も仕方がないものだった。

 

 魔力には三つの要素、『器』『生成力』『制御力』が必要となる。

 『器』とは、魔力を溜め込むためのものだ。『器』が大きければ大きいほど、溜め込む魔力も大きくなるので、それだけ魔力も強くなる。

 そして、『生成力』とは、その名の通り、魔力を生成する力だ。例え『器』が大きくても、魔力を生成する力がなければ『器』は満たされないので、魔力も大きいとはいえない。

 最後に『制御力』だが、先に述べた『器』や『生成力』がいくら大きくても、この『制御力』がなければ、魔力は使いこなせないので宝の持ち腐れとなる。

 この三つが上手くバランスが取れて初めて、その人物の魔力の大きさとなるのだ。

 ただし、例外がある。

 ある程度強い魔力の持ち主は、魔力のやり取りができるので、『器』が大きければ、『生成力』が多少なくても補う事ができる。

 その為、王宮に住まうものは、王宮に満ちた魔力を『器』に自然と補っているのだ。

 

 花は歌うことによって、魔力を生成することが出来るようだ。しかし、溜め込む『器』が全くない為、そのすべてを『器』の持ち主に与えるのだった。

 また花の生成する魔力はとても心地よいので、それを取り込んだルークは心も体も癒されていくように感じた。

 

「もったいないな、それだけ魔力を生成できるのに」

 

 本当に惜しい、というようにルークは呟く。

 それから、ふと思い出したように笑いながら、ルークは言った。

 

「そういえば、今日ドイル達にずいぶん面白い事を言ったそうだな」

 

「ええ!! なんで知ってるんですか?」

 

 花は驚いて聞き返した。

 

「忠義に厚い侍従達が、嬉々として広めていたようだぞ」

 

 ルークは貴族達の主従関係を嫌味っぽく揶揄した。

 普通、侍従は主人の会話の内容を漏らしたりはしない。主人の秘密は徹底して守る。

 それが為されないのは、侍従が主人に忠誠心を抱いていないからだ。

 貴族達を花がやり込めた事がよほど面白かったのだろう。

 

「ええ……」

 

 花は、その言葉に不満そうに頬を膨らませた。

 

「しかし、人柱とはいい考えだな」

 

 ニヤリと笑ったルークに、花は更に頬を膨らませる。

 そこで花はある事を思い付き、それをルークに伝えようと口を開いた。

 

「いっその事、私が『果て』に行って歌い続ければ、この……」

 

 その言葉は最後まで続けられなかった。

 苦しいほどの強い力でルークに抱きしめられたのだ。

 

「ダメだ!!」

 

 ルークが酷く怒った声で否定する。

 花はルークの怒りに驚いた。

 

「絶対にダメだ……」

 

 再び否定するルークの声には、怒りと悲しみと苦しみが含まれているようだった。

 

「ルーク……」

 

 強く抱きしめられた花は息も出来ないほどだったが、ルークの縋るようなその声に、なんとか慰められないかと声を発するが続かない。

 自分の言葉がルークを傷付けてしまった事に、花は酷く後悔した。

 

「ごめんなさい」

 

 花はなんとか声を出し、ルークに謝った。「傷つけてごめんなさい」と気持ちを込めて。

 そして、ルークの背中を宥めるように撫でた。

 

 ルークは花の言葉に、花を失う恐怖に一瞬にして襲われ、思わず縋りつくように強く抱きしめた。

 花を失う事など考えるだけで気が狂いそうだ。

 花の謝罪の言葉が耳に入り、また花の手が優しく背中を撫でる温かさに、冷静さを取り戻していく。

 それと同時に力を入れすぎていた事に気付き、腕の力を少し緩める。

 花のホッとしたような気配が伝わった。

 ルークは花を抱きしめたまま、言葉を紡ぐ。

 

「ハナ、俺はお前が好きだ」

 

 背中を撫でていた花の手がピタリと止まる。

 花の驚いたような、動揺した感情が伝わってくる。

 

 ――― これは卑怯だ。

 

 そう思い、ルークは花に回していた腕を離し、花に触れないように花に向き直る。

 そしてもう一度告げた。

 

「俺はハナが好きだ」

 

 花は耳まで真っ赤になって俯いた。

 

 ――― ルークが私を好き?

 

 花はルークの言葉を聞き間違えたのかと耳を疑ったが、ルークが花から離れ、もう一度告げた言葉に信じざるを得なかった。

 ルークの言葉に何を言えばいいのかわからない。ルークの気持ちはすごく嬉しい。「すごく」という表現では表せない程だと思う。でも、どうすればいいのかわからない。

 花はただ、俯いて黙り込むしかできなかった。

 それを見ていたルークは、小さく息を吐き出した。

 

「ハナ、混乱させてすまない。これからも最初に言った通り『表向きだけの側室』で構わない。ただ……」

 

 ルークはそこで一旦、言葉を切った。

 上手い言葉が見つからないのか、一瞬黙り込んだ後に続けた。

 

「傍にいてくれ、ハナ。今はそれ以上を望まない」

 

 その切望の滲んだ声に、花は頷くことしかできなかった。

 ただただ、何度も黙って頷く。

 それに少し安心したようにルークはもう一度小さく息を吐き出し、立ち上がった。

 

「もう遅い、寝るぞ」

 

 その言葉に花も続いて立ち上がり、寝台に入った。

 しかし、その日の花は五分で眠る事は出来なかったのだった。

 


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