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32.ご利用は計画的に。


「もういい加減、この馬鹿共を始末するか」

 

「そうですね、では方法を考えましょう」

 

「おいおいおい」

 

 レナード、ディアン、そしてルークの三人は今、ルークの執務室にいた。

 

「病死、事故死、弾劾裁判後の処刑、どれにしましょうか? 不正の証拠書類はすでに揃えていますが」

 

「手っ取り早く、事故死でいいんじゃないか?」

 

「いやいやいや」

 

 二人の物騒な話に異論を唱えるレナードだったが、その言葉は二人へ届かない。

 と、そこへ突然もう一人の声が割って入った。

 

「何を三人で物騒な話をしているんですか? おやめ下さい」

 

 その声にルークとディアンの二人はピタリと話をやめ、レナードは呟いた。

 

「三人って、俺も入ってるのかよ……」

 

 突然現れた人物、それは侍従長のジャスティンだった。

 ジャスティンは、「ノックはしましたよ」と言いながら、持っていた包みをルークへと渡した。

 

「陛下、頼まれていたものです。それとディアン、やるなら三番目にして下さい」

 

 そう言うと、来た時と同じように音もなく去って行った。

 

「――回りくどいやり方ですが、ジャスティンが言うんじゃ仕方ないですね」

 

 ディアンは嘆息しながら言った。

 ルークの執務机の上には嘆願書があり、内容は『ご正妃を』といつもの物ではあったのだが、それは一部貴族達が連名で署名してある正式な物であった。

 今この時期に、提出してくる馬鹿共に三人の怒りが募っていた。

 

 

  ********** 

 

 

 ――― 綺麗な人だなぁ。でも、ちょっと目が釣り上がってきつく見えるな。それに性格の悪さが顔に出てる感じ?

 

 花は目の前に座っている、貴族令嬢を見て思った。そして、隣へ目を向ける。

 

 ――― こっちはこっちで、すごい唇。ああいうのを魔性の唇っていうのかな? でも、なんだかテカテカしてて、虫とか引っ付きそうで嫌だな。

 

 花は黙って微笑みながら、更に隣の女性を見た。

 

 ――― この人もすごい美人。ただちょっと鼻が高すぎるな、まあ鼻ペチャの私が言うと僻みっぽいけど、この人の場合、ただでさえ高い鼻が家柄と容姿を鼻にかけて、更に高く見えるんじゃない?

 ……ああ! もう、その鼻、拳でへし折ってしまいたい!

 

 花の思考はだんだんと物騒なものに変わっていった。

 それもそのはず、花は今、三人の令嬢と青鹿の間でお茶を飲んでいるのだが、始終にこやかに進んでいるように見える会話の内容が酷い。

 

「まさか、陛下がのっぺり顔をお好みになるなんて、思いもよりませんでしたわ」

「皇帝陛下は、とてもお優しい方ですから、身分の貴賎をお問いにならないのですわ」

「きっと、ハナ様には私たちが考えも及ばないような、技巧をお持ちですのね」

 

 などなど。

 それに花はにっこり微笑んだまま、「そうですね」「陛下は本当にお優しくて」「まあ! ふふふ」と答える。

 

 後ろに控えている、セレナとエレーンの顔が、赤くなったり、青くなったりしている。

 三人の言葉に怒りを募らせているようだ。

 

 ――― のっぺり顔は否定はできない。ルークは意地悪だけど優しいし。でも……技巧って何だ! 技巧って!! ご令嬢の言う事なの!?

 

 彼女たちの言葉の一つ一つに花に対する嫌味の棘が含まれていたが、花は笑顔でそれをかわし、三人を『キツネ目』『タラコ』『ピノキオ』と命名した。

 ここ数日、花の苛立ちは募るばかりだった。

 

 

 当初、五千のセルショナード軍に対し、三百しかいなかったサラスティナ丘の駐屯兵たちは、圧倒的な数による急襲で、そのほとんどが命を落とした。

 一夜にして、サラスティナ丘とその周辺はセルショナード軍に占拠されてしまったのだ。

 早馬によってもたらされたその報せに、近隣にそれぞれ駐屯していた兵八百をサラスティナ丘に向かわせ、同時に魔力の強い将校クラスの兵を帝都等から数十名急ぎ派遣したが、もちろん数で勝てるわけもなく、じりじり後退しながらも、今以上の侵攻を辛うじて防いでいるに過ぎない。

 そして、セルショナードが侵攻を開始してから五日が経った今日、帝都やその周辺から急ぎ編成した兵三千がサラスティナ丘に到着したはずだ。

 本来ならもっと兵の数を増やし、圧倒的数で叩きつぶしてしまえば簡単なのだが、何せセルショナードの目的がわからない。

 もし、他国と同盟していたら? その疑いも捨てきれず、他の国境警備を疎かにするわけにはいかない。

 

 連日届く戦況は思わしいものではなく、そしてそれが側室である花の耳にまで入ってくる事が問題だった。

 ルークやレナード達に聞いたわけではない。

 噂として入ってくるのだ。

 それは貴族達の口から、何か面白い事でも起こっているかのように語られる。

 どこか遠い国で起こっている話のように。

 花も日本にいた時は、遠い異国での戦争のニュースを他人事と捉えていた。

 しかし全くの無関心だった訳ではないし、ましてや面白がった事など一度もない。

 貴族令嬢たちの無関心さにも腹が立つが、何より国政に関わっているはずの貴族達が、嘆かわしいといった言葉を口にしながらも、のんびりお茶を飲みながら醜聞を楽しんでいるかのように語ることに、やりきれない怒りを覚える。

 

 ――― 腐ってる。

 

 花は自分がこの状況で微笑んでいられることが驚きだった。

 本当は今すぐ立ちあがって、罵詈雑言を浴びせてやりたい。

 でも、皇帝陛下のご側室はそんな事をしてはいけない。

 きっとルークは笑って気にしないだろうけど、ルークに余計な物を背負わせたくない。

 花の笑顔はルークのため。

 

 

 そうして今は、戦争には全く無関心な令嬢達の相手をしている。

 この令嬢達は正妃候補に決まった、と花に挨拶に来たのだ。

 三人は花に牽制をしに来たものの、花では相手にならないと思ったのか、そのうちお互いがお互いを牽制しはじめた。

 

 ――― 馬鹿馬鹿しい。

 

 サルト伯爵の贈り物も、結局は娘を後宮に入れる為であり、その為ならば目的であるはずのルークまでも多少とはいえ傷つけても構わないといったものだったのだ。

 その所業に、花の怒りは頂点に達した。

 

 ――― この人たちは、ルークを道具としか見ていない。

 

 自分たちの欲を満たすためだけの道具。

 今、この世界の、この国の状況を何も理解せず、ただ目の前の権力を欲しているだけ。

 

 『皇帝陛下が全てを御して下さるはず』

 

 貴族達のこの言葉に、花はひどく慨嘆(がいたん)していた。

 

 

  **********

 

 

 その夜も随分遅くにルークは現れた。

 起きて待っていた花にルークはもう何も言わなかった。

 そして、寝台に座っていた花の膝の上に包みを置いた。

 

「ルーク?」

 

「贈り物だ」

 

 そう言ってルークは優しく笑った。

 今まで、ルークにたくさんのドレスや宝石など贈ってもらったが、直接渡されたのは初めてだった。

 

「開けていいですか?」

 

「ああ」

 

 嬉しそうに聞いた花はワクワクしながら包みを開けた。

 

「かわいい!!」

 

 花は思わず声を上げた。

 中には猫のぬいぐるみが入っていたのだ。急いで取り出し、ぬいぐるみを抱きしめる。

 

「かわいい」

 

 嬉しそうにもう一度言うと、花はルークに満面の笑顔でお礼を言った。

 

「ありがとうございます、ルーク」

 

「前のはダメになってしまったからな」

 

 直接ダメにしたのは花だが、ルークは優しくそう答えた。

 花は立ち上がり、改めて書き物机の上に猫のぬいぐるみを置いて、ルークに向き直った。

 

「ルーク、本当にありがとう」

 

 再びお礼を言う花に、ルークはニヤリと笑う。

 

 ――― あれ? この展開は前にも……?

 

 そう思った花はそこでハッとした。

 

「やっぱり、感謝は言葉だけじゃなく、体で払えって事ですか!?」

 

 慌てて思わず出て来た花の言葉を聞いたルークは更に意地悪そうな笑みを深めた。

 

「体で払ってくれるのか?」

 

「あれ?」

 

 花は何か間違えた気がした。

 

「態度で示せと言った覚えはあるが……」

 

「まっ! まま、間違えました!! すみません!! 出直して来ます!!」

 

 あまりの恥かしさに、挙動不審になった花は寝室を出て行こうとしたが、当然ルークに捕まった。

 そして、そのまま抱きしめられる。

 

「あの……」

 

「払ってほしいな」

 

「!!……ぶ……分割払いでお願いします!」

 

 頭の中はパニック状態で、ルークにはそれも伝わっているはずだ。

 そして、花の口から出て来たのは分割要求だった。

 恥かしさのあまり俯いたままの花だったが、抱きしめられた体にルークから堪えた笑いの振動が伝わってくる。

 

「じゃあ、一回目を払ってくれ」

 

 笑いを含んだ声でルークが要求する。

 顔を真っ赤にした花は睨みつけるように見上げた。

 それからルークの首に腕をまわして、グイッと引き寄せて背伸びをすると、噛みつくようなキスをした。

 そして、急いで離れると「おやすみなさい!」と叫んで、寝台に飛び込む。

 そんな花を、笑いを堪えながらルークは見ていた。

 花は恥かしさのあまり、掛け布に頭まで包まる。

 

 ――― あれ?そもそも払う必要はなかったんじゃ……?

 

 と花は思ったが、少し気付くのが遅かった。

 


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