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31.ブラック無糖。


「ルーク?」

 

 ぼんやりとした薄い闇の中、ルークが部屋の中を歩いている気配がした。

 花が声をかけるとその動きは止まり、気遣うような声が聞こえた。

 

「ハナ、起こしたか?」

 

「ううん、大丈夫です。おはよう」

 

「……おはよう」

 

 花の朝の挨拶に優しく返したルークは寝台に起き上がった花の傍まで来ると、浅く腰を掛けた。

 部屋は未だ薄闇の中。

 

「ハナ、まだ早い。もう少し眠ったほうがいい……それに今日は体調を崩すんだろう?」

 

 そう言うルークの、ニヤリと笑う気配がした。

 

 

  **********

 

 

「私、怒ってるんです!」

 

 昨晩、そう宣言してからしばらく後、花はルークに聞いた。

 

「私が聞いた噂では、サルト伯爵は『傲慢で自己中心的、利己的な排他主義者で魔力はそれなりにあるけど、国政の為でなく、主に自己利益を追う為に使っている』とありますが、どうでしょう?」

 

「全く間違ってないな……ただもう一つ、大馬鹿者と付け加えておいた方がいい」

 

 ルークは苦笑しながら答えた。

 あのぬいぐるみは間違いなくサルトから贈られたものであった。

 ぬいぐるみに掛けられた呪が露見しないと、よほど自信があったのか、送り主の工作さえなかった。確かに巧妙に仕掛けられており、一度はルークも見逃したが、それは多くの贈り物に紛れていたからだ。

 あれ一つを取ってみればルークにはわかる物なのに、ルークの力を甘くみているのか。

 

「まあ、確かに以前ならわからなかったかも知れないな。今はハナが俺の魔力を補ってくれているから」

 

 そう言って花の額に軽くキスをする。

 あれから花がルークの為に歌うと、ルークの魔力は補われる。最初の時ほどの力ではないらしいが。

 花はくすぐったがるように笑い、話を続けた。

 

「じゃあ、伯爵が国政に参加できなくなったら、困る人はいますか?」

 

「全く以て、いない。ああ、伯爵の腰巾着は困るか……」

 

 ルークの答えに花は納得したように頷く。

 それから少し黙りこみ、花は再び口を開いた。

 

「ルーク、私は明日は体調を崩すので部屋から出ません。でも心配しないで下さい」

 

「それは何の予言だ?」

 

 訝しげに聞いたルークに、花はサラリと答える。

 

「皇帝陛下のご側室は、サルト伯爵から頂いたお菓子を食べて体調を崩すようです」

 

「……なるほどな」

 

 花の冷めやらぬ怒りを感じたルークは、苦笑しながら花の頭をクシャリと撫でた。

 

 

  **********

 

 

「私ももう起きます。ルーク……あまり無理しないで下さいね」

 

「ああ」

 

 心配そうに言う花の唇に、ルークは返事をしながらキスを落とす。

 軽く口づけるだけのつもりだったのに、思わずキスを深めてしまう。

 花の頭を軽く支えるだけだった左手に思わず力が入り、花の頬に添えていた右手は優しく首筋へ撫でるようにすべっていく。

 

「ん……」

 

 花の唇から零れる声に更に煽られる。

 が、その時、居間からコトリと物音が聞こえ、ルークは我に返った。

 花の唇から無理矢理に自身の唇を引き離し、一度大きく深呼吸をする。

 

「ルーク?」

 

 花がそんな様子のルークに心配そうにする。

 ルークは未練を断ち切るように勢いよくサッと立ち上がると、花に微笑みかけた。

 

「どうやら護衛も来たようだし、もう行かなければ」

 

 そう言ってルークは部屋を明るくし、パッとその場から消えた。

 後に残された花はボーっとしたまま、パフっと寝台に寝転んだ。

 

 ――― くそー! 朝から色っぽいな、ルークは!

 

 花は心の中で叫んだ。

 最近、どうもキスをすることが当たり前になってしまっている。

 ルークとのキスは嫌などころか、嬉しいかもしれない。

 でも、ルークはどういうつもりなのか、花は考え込んでしまう。

 

 ――― 以前言ってた、生理的欲求ってやつかな? うほ!

 

 相変わらず怪しい声を心の中とはいえ、また上げた花は寝転んだまま悶えた。

 

 ――― せ、生理的欲求って奴だったらどうしよう!! その先も求められたらどうする!? どうする!? どうするんだー!? うがー!!

 

 ひとしきりジタバタと悶えた後、花は大きく息を吐いた。

 

 ――― 嫌じゃないかも……っていうか、ルークじゃなきゃ嫌かも?

 

 そんな事を考えて、ハッとする。

 

 ――― 私、ルークが好きなのかな!?……それは………ダメだ。

 

 その気持ちに驚き、そして否定した。

 花は自分の手をカーテンの隙間から差し込みだした朝の光にかざした。

 

 ――― オケラだってミミズだって生きているのに、私はどうなんだろう。

 

 自分の存在がわからない。

 こうして自分の手のひらを見れば、真っ赤に流れる血潮とやらも見える。青いけど。

 心臓はドクドク脈打ってるし、呼吸もしている。考える事もしている。

 ルークは私に触れて、私はルークに触れる。

 

 ――― 確かに、私はここに存在している。

 

 でも、使命を遂げる事が出来た後は?

 以前から考えているように、天国へと行くのだろうか? それとも、この世界で生きていくのか?

 だとしても、長くてせいぜい六十年の命だ。花には魔力が全くないのだから。

 その六十年の間に花は年老いていく。

 皺くちゃになって、腰も曲がって……でも、ルークは、みんなは今とほとんど変わらず、若く美しいまま。

 

 ――― 怖い!

 

 それを考えると怖くてたまらない。

 恐怖にそのまま飲み込まれてしまいそうだ。

 

 ――― 考えちゃダメだ。いつもの通り「まあ、いっか」でいこう。

 

 花はそれ以上考えるのをやめ、色々な感情に蓋をした。

 

 

  **********

 

 

 花の病気は、セレナとエレーンによって後宮に広められた。

 

「ええ、先程、医師に診て頂いたんですが、どうも良くないものをお召しになったようで……今は寝込んでいらっしゃいますの。私、心配で……」

 

「今朝はお元気で、朝食の後にサルト伯爵から頂いたお菓子をお召しになっていらしたんですが、その後、ご気分がすぐれないとおっしゃられて……」

 

 普段、花の事を一切漏らさない二人の話を、後宮に仕える者たちは興味深く聞いた。そして、それは風よりも早く王宮へ広がって行く。

 

「ハナ様は毒を盛られたらしい!」

「サルト伯爵が!? なんて事を!!」

 

 毒など一言も出てはいないし、サルト伯爵のお菓子を食べていた、というだけの話から、噂はあっという間に、『サルト伯爵が花に毒を盛った』と言う話しになった。

 それに青ざめたのはサルト伯爵当人だ。

 呪を掛けたぬいぐるみを贈りはしたが、お菓子を、しかも毒入りのお菓子を贈った覚えはない。

 

 サルトには娘が二人いた。

 その娘をなんとか後宮へ、正妃へとやりたかったが、今のままでは皇帝は受け入れそうにない。

 といって、ハルンベルツ侯爵のようにゴリ押しをしようとして、命を危険に晒す愚は犯せない。

 また皇帝の花への寵愛ぶりを見れば、花を殺すのは得策ではない。

 ならば、体調を崩させてしてしまえば、御子を望めないと言う事で新たに妃を娶る事を勧められる、と思い付いたのだ。

 それで、わざわざ七王国の一つ、サンドル王国で評判の魔術師に皇帝でも見破れないという呪を、高額の報酬と引き換えに掛けさせたというのに。

 

 ――― あの嘘つきめ!!

 

 狂ってしまった計画に、サルトは魔術師へと怒りを向けた。

 

 

 噂はサルトから人を遠ざけ、サルトは孤立してしまうようになった。

 それどころか、皇帝からは常に冷たい視線を向けられる。

 実際、ルークは花への仕打ちに、サルトへかなり怒りを募らせていたので当然だ。

 

 結局、王宮で身の置き所がなくなったサルトは、病気療養を理由に王宮を辞し、領地へと戻ったのだった。

 

 

  **********

 

 

 花は『生まれてきた事を後悔させてやるリスト~ユシュタール版』、通称『後悔しろ! リスト』から、サルトの名前を削除した。

 ついでに、サルトの妻と娘二人の名前も一緒に。

 三人の女性は、特権階級にありがちな典型的勘違い人間で、花の事ばかりか侍女たちの事まで、酷く貶めていたのだ。

 

 ブラック花は甘くない。

 それは、たった二十年間の花の人生が甘くなかった為なのか。

 


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