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3.ネコババは犯罪です。

 

――― 落ちる!!


 そう思った瞬間、花の体は手すりを乗り越えて下へと落下した。

 プールの青さが目に沁みて、瞼を閉じる。 


――― ああ、私はここで死ぬんだ。たった二十年の短い人生だったけど、最後にベヒシュタインも弾けたし、まあいいか……。でも私、恋もしたことなかったな。どうせ結婚相手は選べない、そう思うと恋をしようとも思わなかったし、合コンも面倒で参加しなかった……少しくらい参加すればよかった。キスどころか、手さえ繋いだこともないんだから……いや、ひょっとしてさっきのアレって手を繋いだことになるのかな?……アレと? アレが最初で最後?

 いやああああああああああ!!

 それはイヤ! あり得ない!! ああ、神様お願いします!! アレが最初で最後ってのはやめて下さい!!


「うん、わかった」 


「……へ?」 


 必死で祈っていた花の耳に随分軽い調子の声が届いた。 


「だから、そのお願い聞いてあげるよ」 


「へ?」 


 なにがなんだかわからない言葉が耳に届く。 


――― ってか、私いつまで落下してるの? 


 そう思い、恐る恐る目を開ける。

 そうして花の視界に入って来たのは……ただの白い空間。

 

――― ああ、これが死後の世界か。お花畑とかないんだ……。 


 キョロキョロしてそう思った花は、地に足を着けてないことに気付いた。

 

――― 浮いているのかな?……いや……お尻と背中に当たるこの感触は違う気がする……? 


 少し落ち着いて自分を見下ろすと、横になった自分の体を支えるように手が見える。綺麗な手だ。いや、そこではなくて……これはいわゆるお姫様抱っこってやつじゃ? 確かに、自分の右側には細いながら、でもしっかりした体つきの……恐る恐る視線を上にあげていく。その先にあったのは無邪気に笑う亜麻色の髪の美少年だった。 


「……あの、できたら下ろしてもらえませんか?」


「いや」 


「はあ、そうですか」 


――― 困ったな。この体勢……人生で初めてのお姫様抱っこだ。しかも自分より年下っぽい美少年に……人生初の体験です。あ、死後初の体験かな?  


「いや、まだ花ちゃんは死んでないから人生初でいいんじゃない? 落ちてたから僕が拾ったんだもん」 

「ああ、それはそれはご丁寧にありがとうございました。じゃあ、あの私帰りたいので……」

 

「ダメだよ、帰さない。僕が拾ったんだから僕のだよ」 


 色々な事が流されながら二人の会話は進んでいく。 


「いえいえ、それはネコババってやつですよ。拾得物はちゃんと交番に届けないといけないんですよ? 後ほど二割のお礼も致しますから、どうぞ帰して下さい。」 


「へえ? じゃあ命の二割って何くれるの? 例えば八十歳まであと六十年、花ちゃんが生きるとして、その六十年の二割、十二年の命くれるの? だとしたら、花ちゃんの寿命は六十八歳か……まあ、そもそもこれは間違った計算だけどね。花ちゃんはここで死ぬ予定だったんだから。そう考えると、花ちゃんの寿命は0年だからその二割のお礼って無理だよね? どうする?」 


「いえ、どうするって言われても……どうしましょう?」 


 考え込む花を見て、美少年は無邪気に笑う。 


「だから、花ちゃんはもう僕のだって言ってるじゃん。というわけで花ちゃんには使命を与えます!!」


「はあ」 


「あのね、ぶっちゃけると、僕って『神様』なんだ♪」


「ああ、それは御苦労さまです」 


「いえ、ご丁寧にどうも……ってそうじゃなくて! もう、さすが僕が気に入っただけあって反応が面白いな。あのね……僕は『神様』って言っても、花ちゃんの住んでいた世界の『神様』じゃなくて、違う世界の『神様』なの」 


「はあ」 


「で、僕が『神様』やってる世界の一つにユシュタールって言う世界があってね。順調に発展してたところなのに、今ちょっとヤバくてね」 


「はあ」 


「崩壊の危機に瀕してるんだ」

 

「それはご愁傷様です」 


「いや、まだ大丈夫だから。ユシュタールのみんなも頑張ってるから。で、崩壊を防ぐために頑張ってくれる分、みんなの心も体も疲弊してて気の毒なんだよ」 


「はあ」 


「で、花ちゃんにみんなを癒してあげて欲しいと思って」


「はあ…………はぁ!?」 


「それが僕からの花ちゃんへの使命です!!」 


 ご機嫌で自称『神様』は言うのだが、意味がわからない。

 

「あの……それなら『神様』がなんとかしてあげればいいんじゃないですか?」 


 そう提案する花に、自称『神様』はチッチッッチッ! と舌を鳴らしながら人差し指を立て、顔の前で振る。少年の様でいて、花を片手で支えているのだからずいぶん力持ちだ。

 

「それが出来たら、苦労しないんだけどね。残念ながら僕は手を貸すことができない。なぜならそれはルールだから。『神様』には『神様』のルールがあってね……無暗やたらと手を貸すことはできないんだよ。それに僕はこう見えて忙しくてね。だから、せいぜい『神様の使徒』を遣わすことぐらいしかできないんだ」 


「はあ。使徒ですか……」 


「そう、使徒だよ。じゃあ、頑張ってね! 花ちゃん♪」 


「え? ちょ、ちょっと待って下さい!! 使徒って私の事ですか!?」 


「そうだよ?」 


「いやいやいや……私、何も出来ません! 奇跡とか起こせませんけど!?」

 

「大丈夫! さっきも言ったけど、みんなを癒してあげて欲しいだけだから」 


「だからどうやって!?」 


「音楽だよ」 


「音楽?」 


「そう、音楽。そもそも 僕が花ちゃんを助けようと思ったのは、君のその音楽による癒しの才能だよ」 

「癒しの才能!?」 


「そう。あまりにも綺麗な癒される音が聞こえてくると思って、ふらふらとあそこに吸い寄せられたら、花ちゃんが落っこちてってさ。もったいないから拾ったの」


「なるほど」 


「では、ご納得頂けたようなので、よろしく! じゃあ、僕忙しいからもう行くね!! あ、そうそう、とりあえず一番癒しが必要な子の所に届けるから。ユシュタールで素敵な音楽を奏でてね~!」

 

 と言いながら、自称『神様』の声は遠ざかっていく。それと同時に視界は暗闇に染まり平衡感覚はなくなる。 


「ええ!? ちょっと待って!! まだ納得してないんですけど~!!」 


 叫ぶ花の声はむなしく暗闇に吸い込まれていったのだった。




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