表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/154

28.マナーは守ろう。

 

 食事中に自ら物を落とすなど、大きく礼儀に反している。

 ナプキンを床に落とした花は、それを犯してまでジェームズに対して強い拒絶を表したのだ。

 

 ルークはジェームズが花の手を握ったのを見た瞬間、怒りが頂点に達し攻撃魔法を発動しかけた。

 しかし、花のキッパリとした態度にそれを思い止まる。

 ルークはそれほどの怒りを露わにした花を初めて目にして驚いたのだ。

 それによって少し冷静になったルークは、側に座っているディアンに声をかけた。

 

「ディアン……」

「わかっています」

 

 ルークの言葉を最後まで言わせず、ディアンは答えた。

 ディアンもかなり怒っている。

 それを感じたレナードは自身の怒りも忘れ、ジェームズに憐憫の情を抱いた。自業自得とはいえ、この先彼に待ち受ける地獄を思うと祈らずにいられない。

 そして、ルークは立ち上がった。

 

 その瞬間、広間は静寂に包まれた。

 皆、呼吸さえも止めてしまったかのように。

 ルークは花の下へと歩を進めた。

 ジェームズは花の態度に訳がわからないとポカンとしていたが、ルークを目の前にしてやっと自分がどれほどの愚かな事をしていたかに思い至ったようだった。

 

「へ、陛下……」

 

 余りにも愚かなジェームズは色を失くした顔で慌ててその場に立ち上がるが、謝罪の言葉さえも口に出す事が出来ない。

 そんなジェームズを全く無視して、ルークは花だけを見つめた。

 そしてルークを目の前にして立ち上がった花を、ルークはそのまま抱き上げた。

 

「え?」

 

 花は思わず声をあげた。

 瞬間、花とルークの姿がその場から消える。

 

「え?」

 

 それはジェームズをはじめ、その場に居た全員の言葉だった。

 

  ***

 

 花は気が付くと、ルークにお姫様抱っこをされたまま先ほどの広間とは全然違う、書斎のような部屋にいる事に気付いた。

 

「え?」

 

 花は再び驚きの声を上げた。

 そこはルークの執務室だったが、花はそれを知らない。

 

「ルーク?」

 

 伺うように声をかけた花をルークはその場に下ろした。

 

「ルー……!?」

 

 ずっと黙ったままのルークにもう一度声をかけようとした花は、途中でその言葉を遮られた。

 

「ん!?」

 

 ルークの唇で唇を塞がれていた。

 言葉を発する為に開いていた花の口の中に、ルークの舌が侵入してくる。

 あまりに突然の事に花は後じさるが、すぐに壁に阻まれた。そのまま花は壁に押し付けられて、ルークの貪るような深い口づけに、なされるがままになってしまった。

 それでもなんとかルークを押しやろうと、ルークの胸を押したり叩いたりしたが、すぐにその手を捕らわれてしまい、為す術もない。

 

「ル……や……」

 

 唇の隙間から洩れる声は言葉にならない。

 

 余りにも激しく長いキスから解放された時には、花はグッタリしていた。

 それを支えるようにルークは花を抱きしめた。

 

「ルーク……」

 

 なんとか言葉を発したが、後が続かない。

 そのまま暫く無言でいた二人だったが、やっと呼吸を整えた花が改めて言葉を発した。

 

「いきなり何するんですか!? 私を殺す気ですか!? 息が出来ないじゃないですか!!」

 

「ハナ……」

 

 ひどく怒った様子の花だったが、どこか焦点がずれているような気がする。

 

「窒息するじゃないですか!! 私は呼吸(いき)をするのが苦手なんです!!」

 

「ハナ……それは人間としてどうかと思うが。まるで、魚が「泳ぎが苦手です」と言っているようなもんだぞ」

 

「何言ってるんですか? 魚はしゃべりません!!」

 

「……」

 

 どんどん話が逸れていってるが、それが花の照れ隠しだと言う事は、抱きしめた花から伝わってくる気持ちでルークにはわかっていた。

 

「ハナ」

 

「……なんですか?」

 

 優しく呼びかけるルークに、花は不貞腐れて答える。

 

「苦手なら練習すればいい」

 

「え?――な!?」

 

 そして、また唇を塞ぐルークに、未だ抱き締められたままの花は抗う術がない。

 

「や、ルーク……」

 

 先程よりは短いキスに花はなんとか声を出すが、再び唇を塞がれる。

 何度も何度も繰り返される深く短いキスに、再びグッタリとした花だったが、ルークはそのままキスを頬へ、耳へと移す。

 と――

 

「ぎゃあああああ!!」

 

 花の悲鳴が部屋に響いた。

 

「な・な・なな、何で耳に舌を入れるんですか!?」

 

 いつかの朝のやり取りのように、花は左耳を手で押さえ真っ赤になっている。

 

「ん? 消毒だ」

 

「何のですか!?」

 

 訳のわからないルークの言葉に、花は狼狽える。

 

「あの馬鹿の声を耳に入れただろう?」

 

「意味がわかりません!!」

 

 動揺する花に構わず、ルークは耳を押さえたままの花の手に口づけた。

 そして――

 

「いたっ!!」

 

 その手にそのまま噛みついた。

 

「な、何するんですか!?」

 

「消毒だ」

 

 先程と同じやり取りが続く。

 

「歯形が付いてるじゃないですか!?」

 

 痛みではない何かに、花の目に涙が滲む。

 それを見たルークは再び優しく花を抱きしめて言った。

 

「ハナ、泣くな……襲いたくなる」

 

 その言葉に花の思考は停止した。

 それにルークは苦笑して、花の額に優しくキスをする。

 

「さて、戻るか」

 

 そうして、今度は部屋の扉から外へ出た。

 広間へ戻った花はそこにジェームズが居ない事に気付いたが、何も言わず席につく。

 食事中に席を立ち、あろうことか花を抱き上げ消えた、余りにも大きく礼儀に反するルークの行動を諌める者はもちろんいない。

 ただ、席に着いたままじっと下を向いて頬を紅潮させた、心なしか、目に涙が滲んでいるような花の姿を見た一同は、「何をしたんだ!? 何を!」と、コッソリ心の中で皇帝に突っ込んだのだった。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ