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27.空気を読め。

 

 夕の刻に入った頃、ディアンがルークの執務室へ、ノックと同時に入ってきた。

 ルークはそれを見て顔を顰めた。この時間に顔を出すディアンは碌な話を持って来ない。

 そして今回もその通りだった。

 

「陛下、早く子どもを作る努力をなさって下さい。まさか、しばらくは二人きりを楽しみたい、などとバカな事は思ってないでしょうね? あなたのような、地位と顔しか取柄のないような性格の悪い男、さっさと仕込んでおかないと、あのように頭のある娘には逃げられてしまいますよ。ハナ様が我に返られる前に、お早くお願いいたします」

 

「……」

 

 ルークはこの時「お前にだけは、言われたくない」と言う言葉を飲み込んだ。

 ディアンに何かを言えば、百倍になって返ってくるからだ。

 言いたい事を言って満足したのか、ディアンはさっさと帰って行った。

 

「レナード、あいつをなんとかしろ」

 

「謹んでお断り申し上げます」

 

「申し上げるな」

 

「無理です」

 

 ルークの八つ当たりのような言葉に答えたレナードだったが、その後、思わずひとり言のように呟いた。

 

「それにしても、ディアンに気に入られるなんて、ハナも気の毒な……」

 

「……そうだな」

 

 それにはルークも同意せざるを得なかった。

 

「だが、ディアンの言い分じゃないが、ハナがお前の子を生むのが一番、貴族たちへの牽制になるんだがな」

 

 今、ルークの執務机に上にあるのは貴族達からの正妃候補の名簿だった。花が側室になったらなったで、今度は「正妃を」と煩い。

 

「……それができれば、苦労はしないがな」

 

 最初に『表向きだけの側室』だと言ってしまったのだ。

 その言葉にルークは縛られていた。

 思わず呟いたルークの言葉にレナードは反応した。

 

「――お前まさか……まだハナに手を出していないのか?」

 

「……悪いか?」

 

「いや、悪くはないが……」

 

 レナードは驚きを隠せなかった。

 ルークとは長い付き合いなので、何を考えているかなど大体わかる。

 だから、ルークが本気で花に惚れてしまったのもわかっていたし、花の存在のお陰でルークの心が安定している事に安堵もしていた。

 そんな奇跡をもたらしてくれた花にレナードは感謝していたし、ルークの為に本気で花を守ろうと誓っていた。

 

 ――― だが、まさか、毎晩一緒に寝ておきながら、まだ抱いていないとは……。

 

 それだけ、大事にしているという事なのか。

 

 

  **********

 

 

「へっくしょいっ!!……ちくしょうめぇ」

 

「まあ、ハナ様、お寒いですか? 少し暖炉の火を強くしましょうか」

 

 淑女らしからぬ、と言うより、女性らしからぬクシャミをした花だったが、セレナはそれには触れず、心配して声をかけた。

 

「いえ、大丈夫です」

 

 花はうっかり地が出てしまったクシャミに顔を赤らめながら答えた。

 

 ――― うう。失敗した。でもクシャミくらいは気持ち良くしたいよね……。

 

 そんな事を考えながら、花はまた目を瞑った。

 今、花はセレナに化粧をされ、エレーンに髪を結ってもらっている。

 今日は花が初めて公式の場に出るという事で、二人はかなり気合を入れている。

 宮中で晩餐会があるのだ。

 最近、緊張の高まっているセルショナードとの交渉に力を注いでくれている臣下を労うためと言う名目で開かれる晩餐会。

 それに街の楽師を呼んでいるので、皇帝の寵妃である花にも楽しませようと皇帝が花も呼んだ、ということになっている。

 いよいよ楽師たちを見る事ができるのだ。

 随分回りくどい事だが、宮中のややこしい仕来(しきた)りの為らしい。

 そうして花は相変わらず、十人並みは十人並みなりに頑張ったという仕上がりになったのだが、セレナとエレーンは手放しで賞賛してくれるので、花は居た堪れなくなったのだった。

 

 

 時間になりセレナに付き添われて広間に入った花は、全ての席の末席へと案内された。セレナはかなり憤っているが、当然と言えば当然なので花は気にしなかった。

 例え皇帝の寵妃とはいえ、花は何の身分も持たないのだ。

 それでも普通は皇帝の側に配されるものらしいが、悪意ある誰かの差し金なのだろう。

 

 ――― 私は全然、全く気にしないんだけどな……いっそのこと床に正座してもいいくらい。

 

 ふかふかの絨毯を見ながら花は思った。そしてセレナを笑って宥めながら、用意された席に座る。

 花はとにかく楽器に、音楽に触れられるだけで十分だった。

 

 しばらくするとディアンが現れ、ルークの入室を告げた。

 レナードを供に入ってきたルークは花を目に留め、次に他の者達を見回した。

 一気にその場の空気が凍りつく。

 花はルークの冷たい怒りを感じた。それに驚きつつも花は笑った。ルークに向けて、満面の笑みで。

 ルークの怒りは花を思っての事なのだ。

 どうかその怒りを収めて欲しい。

 

 ――― 大丈夫。

 

 そんな思いを込めて、花はルークに笑いかける。

 ルークは、花の微笑みを浮かべた顔をじっと見返した。

 しばらく二人は見つめ合っていたが、ふとルークの怒りが緩んだ。

 と、同時にその場の空気も緩和する。

 その場にいた者たちは、詰めていた息を吐き出した。

 一部の愚かな者たちは、花の笑顔を「さすが、陛下に媚びるのが上手い」と侮蔑したが、聡い者たちは花の微笑みによる無言の説得に感謝していた。

 そしてこの席次を仕組んだ者を呪った。

 もし皇帝が怒りをとかなければ、恐らくこの場にいた者達全員が、なんらかの処分を受けただろう。

 そんな事もわからない愚か者に怒りを覚える。

 

 そうして始まった晩餐はどこか緊張をはらんだものだった。

 更に愚か者は悪意を以って、この席次を決めていた。

 花の隣の席に着いたのは、多くの女性と浮名を流しているジェームズと言う子爵であり、少年のように悪戯っぽい瞳を輝かせた優しい顔の青年だった。

 多くの貴婦人たちは、ジェームズの巧みな話術に引き込まれ、時折見せる少年のような眩しい笑顔に虜になった。そして、悪戯っぽい瞳が急に真摯な眼差しになり、甘い言葉を囁かれると、完全に落ちてしまうのである。

 一方、ジェームズも自惚れが強く、自分に(なび)かない女性はいないと思っている。それが例え皇帝の側室だとしても。

 愚か者はそんなジェームズを花の隣に配し、少しでも花がジェームズに惹かれればいいと、そして、皇帝の不興を買えばいいと願ったのだった。

 

 

 花は怒っていた。

 せっかくのおいしい食事をゆっくりと食べたいのに、隣に座ったジェームズと言う子爵がひっきりなしに話しかけてくる。

 しかも、その話の内容が全く面白くない。

 花は一生懸命、愛想笑いを浮かべて適当に相槌を打っているだけなのに、そんな花には気付かず、ひたすらしゃべり続けている。

 

 ――― 空気読め!! このKY野郎!!

 

 花は心の中で叫びながら、なんとかこの男の口を閉じさせる方法はないか、今この場にホッチキスがあれば留めてやるのに、と考えていた。

 そんな二人のやり取りを、周りの者達はチラリチラリと窺っていた。一部の者は嬉々として、一部の者は恐々として、一部の者は顔を顰めて。

 そうして同じように皇帝を窺う。皇帝は無表情に二人の様子を見ていた。

 

 

 ルークはなんとか怒りを抑えていた。

 目の前で繰り広げられる馬鹿気た光景に。

 花は明らかに愛想笑いを浮かべている。それに気付かず、口説き続ける馬鹿な男を殺さずにいるのは、(ひとえ)に、花がこの後の楽師たちを楽しみにしていたからだ。

 そして何より、この席次を仕組んだ愚か者に憤りを覚える。この場を見渡せば大体が想像つくが。

 この場で嬉々としている者達の、余りの愚かしさに笑いさえ込み上げてきていた。

 

 

 ジェームズは相変わらず花の愛想笑いに気付かない。

 いい加減うんざりした花は思わず溜息をついてしまった。

 それを何を勘違いしたのか、ジェームズはテーブルに置いていた花の左手を握り締めて言った。

 

「僕は、あなたの愁いを晴らしてさしあげたい」

 

 一瞬、呆気に取られた花だったが、すぐに嫌悪の為に吐き気がしてきた。

 

 ――― キモすぎる!!

 

 すぐさま手を引き抜くと、握られた左手をナプキンでこれ見よがしに拭いた。

 そして、そのナプキンを床に捨てたのだ。

 それは余りにも、あからさまな拒絶だった。

 


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