26.不可侵の森と至極の宝。
このユシュタールにはいくつかの『不可侵の森』と呼ばれる森がある。
その森に、人間は立ち入ってはならない。なぜなら『不可侵の森』は、魔物たちがすむ場所だからだ。一度、森へ足を踏み入れたなら、立ちどころに魔物たちに襲われる。
しかし、伝説は語る。
『不可侵の森』の最奥まで行き着けば、至極の宝を得る事が出来るだろう。と。
***
「で、行ったんですか? ディアンは」
「行ったんだ」
花の質問にルークは淡々と答えた。
あれからルークはディアンに「お前はもう、ハナには近付くな」と命じた。
どうやらディアンを狙った侵入者というか、暗殺者は後を絶たないらしい。そして、それをディアンは楽しんでいるらしいのだが、すごく迷惑な話だ。
その後、花はルークに青鹿の間へ送ってもらい、ルーク達は執務に戻った。
そして今、夕食後のお茶を飲みながら、例の『魔ペン』について話を聞いていた。
「確か、俺が皇太子時代だから……七十年は前になるが「ちょっと、行ってきます」と嫌がるレナードを引き摺って行ったな」
「レナード……」
花は、その時の光景が目に浮かぶようだった。
「その時に何があったのかは知らん。ただ、レナードは酷く憔悴して戻って来たな」
「……一応、聞きますが、ディアンは?」
「腹いっぱい肉を喰った後の猛獣のような顔をしていたな」
「……」
花はやはり、その時の光景が目に浮ぶようだった。
「まあレナードにとって幸いな事に、レナードはそこで魔剣を手に入れた」
「魔剣?」
やはり魔剣はあったのかと、花は驚いた。
「ああ、今佩いているのがそうだ。念の為に言っとくが、絶対触るなよ。下手に触ると、魂を食われる」
「……気をつけます」
さらりと言うルークに、花はひいた。
――― そう言う事は早く言っといてほしいな。万が一、何かあってからじゃ遅いよ。
「それで、あの魔ペンはいったい……?」
花のその言葉に、ルークは思いっきり顔を顰めた。
「ディアンの後を付いてきたんだ」
「はい?」
「飛んで」
「はい?」
さっぱり、要領がつかめない。
「あの魔ペンが、ディアンの後ろを飛んで付いてきたんですか?」
花はなんとか話をまとめて聞いてみたが、ルークから返って来た答えは違った。
「いや、飛んで付いてきたのは魔剣だ」
「……」
なんだか、さっぱりわからない。仕方なく根を詰めてルークの話を聞いた。
ルークはどうも、あまり思い出したくない出来事らしかったが、それでもゆっくりと話してくれた。
***
レナードとディアンが不可侵の森から帰還した時、ルークは驚いた。
ディアンの後ろに、ふらふらと剣が飛んで付いて来ているのだから。
だがディアンはそれに全く構わずに、無視を続ける。仕方なくルークは剣について訊いてみた。
「ディアン、あれは何だ?」
「はい? あれ? 何の事ですか?」
「いや、お前の後ろに飛んでいる剣だが」
「はい? 何をおっしゃってるんですか? 耄碌なさいましたか?」
「……」
ルークはそれ以上、問い質す事をやめた。
そして、ルークも同じように無視することにしたが、後ほどレナードに聞いたところによると、あれはレナードの魔剣と対になる魔剣らしい。
それ以上はレナードも語らなかったので、訊かなかった。聞いても碌なものではない事はわかっていたからだ。
そうして、ディアンが後ろに付いてくる魔剣の存在を無視して一か月が経った頃、ついにキレた。
――魔剣が。
「おい! お前!! いつまで俺を無視してるんだ!!」
魔剣から姿を現したアポルオンはディアンに詰め寄った。そして……泣きを見た。
更に違う世界を見た。というか、扉を開いてしまったらしい。
そうして、今のアポルオンが出来上がったわけだが、魔剣がなぜ魔ペンになってしまのか。
それは当時、まだ宰相ではなかったが、文官として働いていたディアンが剣を持ち歩く事などするわけもなく、焦れたアポルオンが常にディアンが持ち歩いていたあのペンに乗り移ってしまったのだ。
ディアンはあのペンを大事にしていたらしく、かなり憤ったが、その大事なペンに当たるわけにもいかず、アポルオンがペンから出て来る度に、先ほどのようなやり取りになるらしい。
***
「そんなに大事なペンだったんですか?」
ディアンが、そこまで大事にするペンというのが気になった。
「ああ、ジャスティンから貰った物らしい」
「ジャスティンから?」
「ああ、ジャスティンは俺達三人の教育係だったから、随分、世話になった。たぶんディアンはジャスティンにだけは頭が上がらないんじゃないか?」
「ジャスティン最強ですね」
すごく意外な新事実である。
花はもう一つ、気になる事を訊いた。
「抜け殻になった、剣はどうなったんですか?」
「今は、ただの剣となってしまったから……恐らく、レナードが大事に持ってるんじゃないか?」
「レナードの対の魔剣……魔ペンになっちゃったんですね……」
「――ああ」
「レナード……」
レナードにも、歌を聞いてもらった方がいいな。と思った花だった。