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25.微笑み合戦の行方。

 

 ――― ピアノ弾きたい。

 

 この世界にきてもうすぐ二十日になる。花はそれだけピアノに触れていなかった。

 今まで毎日、何時間もピアノを弾いて過ごしたのに。

 もし今ここにピアノが現れても、思うように指が動かないだろう。

 

 ――― ピアノを弾いて、誰にも聞かれない場所で思いきり歌を歌って、そしてピアノが弾きたい。

 

 日々、花のピアノへ思慕は募るばかりだった。

 しかし、そんな花の気持ちを少し慰めてくれるような話が、お昼にもたらされた。

 

「街の楽師を、三日後に王宮に招くことにした」

 

 ルークの言葉は、ピアノへ、また故郷へ焦がれ、落ち込んだ花の気持ちを一気に浮き立たせてくれた。

 

 ――― 三日後か……どんな楽器があるんだろう?

 

 セレナたちに訊いても、どうも要領を得ない。どうやら、楽師たちが奏でる楽器、音楽は庶民たちのもので、貴族階級には縁がないらしい。

 ちなみにセレナもエレーンも、そして護衛騎士たちも、みんなすべて爵位をもった貴族の子女たちだ。

 

 ――― そんな高貴な方々に仕えてもらうなんて、なんか色々すみません。

 

 花は旧華族の出身とはいえ、所詮今は一般庶民な自分の為に、いつも気を配り世話をしてくれるセレナとエレーンに、また自分の身を盾にしてでも守ってくれるだろうカイルやジョシュ、他の護衛達に感謝した。

 もちろん、何度か花を狙った侵入者がいた事は気付いている。でも、ルークも皆も何も言わないので、気付かないふりをしていた。

 

 ――― 私は、安心して彼らに守られていればいい、私が不安がれば、彼らの矜持を傷付ける。

 

 そうした花の態度に彼らはいつしか、義務から忠誠へと気持ちを変えていった。

 

 

  **********

 

 

 ルークとの昼食の後、浮き立つ気持ちを王宮を散策して紛らわしていた花だったが、向こうから歩いてくる人物を見て、気分は急降下した。

 

 ――― 回れー、右!!

 

 自分に、コッソリ掛け声をかけ、本当にその場で回れ右をした。

 従っていた侍女のセレナも護衛も、突然の花の奇行に驚きはしたが、黙って付いて来てくれた。

 そして、角を曲がった途端――

 

「ぎゃあ!」

 

 花は淑女にあるまじき声をあげた。心の中とルークの前ではよく上げているが。

 

「おや、これはハナ様、偶然ですね」

 

 そう言って、先ほど廊下の向こう側にいたはずのネチネチ宰相は、爽やか暗黒笑顔を見せた。

 

「ええ、本当に。こんにちは、ディアン」

 

 ニッコリ微笑んでみせた花だったが、いつもの貴族達に見せるような優雅な微笑みではなく、心なしか引きつっていた。

 

「はい、こんにちは。では、お暇そうなので、お茶にしましょう」

 

 ――― 強制ですか……。

 

 こちらの気持ちも予定も聞く事もなく、「お暇そう」と、決定してしまったお茶会だった。

 そしてまた、貴族たちのサロンまで強制連行され、また貴族達はサロンから逃げ出したのであった。

 

「ハナ様、順調に作業は進んでいますか?」

 

 お茶が運ばれてくるまでの間、またもや微笑み合戦が無言で繰り広げられた。

 それからお茶を飲む間の一時休戦後ディアンが口を開いたのだが、何の事かさっぱりわからない花は素で聞き返した。

 

「?……何の作業ですか?」

 

「子作りです」

 

 

 ブフッー!!

 

 花は口に含んだ紅茶を、また盛大に噴き出した。

 目の前に座るディアンに向かって。

 

「す、すみません!!」

 

 何日か前とまったく同じ状況に陥った花だったが、よくよく見ると、そうではなかった。

 

「いえ、構いませんよ?」

 

 そう爽やかに黒く微笑むディアンに被害はまったくない。

 二人の間にあるテーブルには、花が噴き出したお茶が散っているのだが、よく見れば、ある一定の位置からディアン側には一切散っていなかった。

 

 ――― 魔法?

 

 ハンカチで口を拭きながら、花は思った。

 側ではセレナが慌てて浄化魔法を行っている。

 しばらくすると落ちつき、また会話は繰り広げられていくのだが。

 傍目には和やかな雰囲気で、会話しているように見えただろう。実際、和やかだった。花の心の中を除いて。

 会話内容を要約すれば、「子作りにしっかり励め」だ。

 

 ――― もし、『表向きだけの側室』だなんて、この人が知ったらどうするんだろう……。

 

 そんな恐ろしい事を考えて、花は身を震わせた。

 

 ――― よくわからないけど、絶対ヤバイ!! ばれないように気をつけないと!!

 

 そう心に誓った花だった。

 その後も、和やかに見える会話が進んでいたが、突然、パシンッ!! と何かが割れる音が響いた。

 

 途端――

 

「死ね!! 宰相!!」

 

 と言う怒号が聞こえたと同時に、ドンッ!! と、衝撃が花を襲った。

 一瞬、目を瞑った花だったが、目を開けると花の前にはセレナが庇うように立っていた。幸い、花もセレナも無傷のようだ。どうやら、見えない壁のようなものが、突然現れた侵入者二人の攻撃から守ってくれているらしい。

 その壁はセレナではなくディアンが張った結界だと、なぜか花は理解してディアンを見る。

 と、ディアンの胸の辺りが、ポウッっと光っているのが見えた。

 そこまで本当に一瞬の出来事だったのだが、次に花が意識した時にはルークの腕の中にいた。

 

「ハナ……」

 

 ホッとしたような、ルークの声が耳のすぐ近くで聞こえる。

 ルークに後ろから守るように抱きしめられているのだ。側にはレナードも険しい顔で立っていた。どうやら、異変を感じてすぐに駆けつけてくれたらしい。

 花は自分の体から力が抜けるのを感じた。

 やはり、かなりの恐怖を感じていたらしい。ルークがいるだけでこんなに安心できる。

 そうして落ちついた思考で、ディアンと侵入者たちに視線を向けて、驚いた。

 

 ――― あれ?

 

 もう一人増えている。

 いや、正確には一人とは言わないのかも知れない。

 ディアンと侵入者の間に立っていたのは、浅黒い肌に漆黒の髪、金色の瞳をした超絶美形。だが、花の目を引いたのはその容貌ではなく、その漆黒の髪の間から覗く、羊のようにくるりと巻いた角。

 その彼? が狂気染みた笑顔で、侵入者二人と戦って――いや、いたぶっていた。

 その後ろで、ディアンは腕を組んだまま爽やか暗黒笑顔で立って見ている。そして「アポルオン、殺してはいけませんよ」と言い、アポルオンと呼ばれた彼は「はい!」と嬉々として答えた。

 

 ――― ご主人様?

 

 そんな言葉が花の脳裏を(かす)めた。

 

 その後、なぜか中々開かなかったらしい扉から護衛たちが飛び込んできたが、侵入者たちの姿を見て足を止めた。

 二人は『世界ビックリ人間大賞』なるテレビ番組に出演する軟体人間のように背中が反り返ったような姿勢で呻いている。何か見えない物に縛られているようだ。

 

 ――― 体が柔らくて、良かったね。私なら無理。

 

 と思った花だったが、バキバキと骨の折れるような音がしていたので、決して良かった事はないだろう。

 そうして、二人は駆け付けた警備兵によって引き立てられていき、護衛もまた、花の無事と、皇帝が一緒にいるということに安堵して、扉の外へ出ていった。

 扉が閉められた途端、ニコニコしていたアポルオンが、ディアンに向き直って更に笑みを深くした。

 

「役に立ったでしょ? ディアン様」

 

 そう言ったアポルオンにディアンは微笑みながら、いきなり蹴りを入れた。

 

「え?」

 

 花は思わず驚きの声を上げた。

 アポルオンは、ディアンに蹴り飛ばされて床に蹲る。

 そのアポルオンの頭にダンッと足を乗せてグリグリ踏みつけながら、ディアンは爽やか暗黒笑顔で言った。

 

「どこがどう、役に立ったのか説明してほしいですね? 私の役に立ちたいと思うなら、私に防壁魔法を発動させるなんて鈍間(のろま)な事をしていてどうするんです? あの馬鹿共が侵入してくる前に、いや、生まれる前に殺しておきなさい。それよりも、寧ろお前が私に殺されなさい」

 

 ディアンは、更にアポルオンを踏みつけた足に力を入れる。

 

「え?」

 

 花はまた、驚きの声をあげた。

 しかし、すぐに我に返ってディアンを止めた方がいいのでは? と、ルークの方に向き直ったが、ルークもレナードまでも、諦めたような表情で首を振る。

 もう一度二人に向き直った花が見たものは、踏みつけられて悲痛な――いや、恍惚な表情をしたアポルオンだった。

 

「ディアンさま~。痛いです~。ゾクゾクします~。でも、それ以上やられちゃうと、ちょっとヤバいです~」

 

「え?」

 

 花は更にもう一度、驚きの声をあげた。

 先ほどの狂気染みた姿からは想像もつかないような、嬉しそうな声をアポルオンは上げている。

 それにディアンは「なら、逝ってしまえ」と踏みつけていた足を上げ、アポルオンは「え? ちょ、それはちょっと!!」と悲鳴を上げたかと思うと、ダンッ!! とディアンが足をもう一度強く踏み下ろした時には消えていた。

 

「チッ!!」

 

 ディアンの舌打ちが聞こえる。

 花はディアンの胸元がまたポウっと光っているのに気付いた。よく見るとそれは、胸元に挿してある黒く艶のあるペンだった。

 

「……ルーク、今のは……?」

 

 花は少し呆けたような様子でルークに訊いた。

 

「――あれは魔ペンだ」

 

「え?」

 

「魔ペンだ」

 

「え?」

 

 こんな言葉は言いたくない、といった屈辱的な表情をしているルークに、花はもう一度言わせてしまった。

 

「魔ペンだ」

 

「……魔剣じゃなくて?」

 

 花の言葉に、返事はなかったのだった。

 


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