24.バカは風邪ひかない。
花は、雨の降る景色を自室の窓から見ていた。
今日は少し肌寒く、居間の暖炉に火が入れられている。
これからマグノリアは冬を迎えるらしい。このユシュタールにも四季があるのだ。
ただ、冬でもかなり北に行かないと雪は降らないし、夏は南に行かなけば暑さを感じない。なので、このマグノリアの帝都サイノスではあまり夏は感じられず、春・秋・冬といった感じらしい。
花は窓の外に目を向けたまま、ずっと考えていた。
自分の使命について。
あれから毎晩、ルークにあの歌を歌っている。ルークは嬉しそうに聴いてくれるので、花もとても嬉しくなる。歌が終わると、ルークは花に軽くキスをし、そして二人で眠る。
花はずっとこのままでいたいと願ってしまう。
初めて会った時の、苦しそうな悲しそうなルークはもう見たくない。今なら自分はルークを癒せているのだと信じられそうだ。
でも、このままでいてはいけないとも思う。
『神様』は花にユシュタールのみんなを癒してほしいと言った。
だとしたら、ずっとルークの許に留まるわけにはいかないのではないか。ユシュタールはとても広いのだから。
――― でも、どうやって世界中に音楽を……歌を……?
ここにはテレビもラジオもない。とすれば、吟遊詩人のように旅をしながら歌うのか。
なぜか『毎度、ご町内を大変お騒がせしております。こちらは……』と、古紙回収業者のように、軽トラに乗った花がマイクを持ってユシュタール内を歌いながら回る姿を想像してしまった。
――― ないないないない!! いや、軽トラに乗るんじゃなくても、マイクを持つんじゃなくても、自分の歌を聞いてくださいって回るなんて恥ずかしすぎる!! それに……。
花は考え込んでしまった。
ユシュタールのみんなということは、セルショナードも、と言う事なのだ。
でも花はセルショナードにいい感情が持てなかった。セルショナードの民が悪いわけではないとわかっているが。
もし戦争が始まれば、一番に傷つき、苦しむのは民だ。いつも民は為政者の犠牲になるのだから。
だからといって、セルショナードの民に罪はない、と割り切る事ができるだろうか。
――― 『神の使徒』失格なんじゃ……。
そう思うと、どんどん弱気になっていく。
それにずっと考えている事がある。
もし、この世界中に音楽を奏でて癒しを届けられたなら、その後はどうなるんだろう?
『神様』は言っていた。「花は死ぬ予定だった」と。
だとすれば、『神の使徒』としての役目を終えた後は、天国へと旅立つのか。
考えれば考えるほどわからず、熱が出そうだった。
――― まあ、いっか。なるようになるでしょ。
久しぶりに、花は「まあ、いっか」と考えることを投げ出した。
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「ハナ様の侍女のセレナです」
訪問者の名を衛兵が告げた。
「入れろ」
花の侍女が訪ねてくることなど初めてだったので、ルークは花に何かあったのかと心配になった。
「ハナに何かあったのか?」
セレナが入室してきた途端、ルークは問い質した。
「ハナ様が、御気分がすぐれないとおっしゃったので、先程医師に診て頂きましたところ、お風邪を召されてしまったようです。それで――」
セレナはまだ言葉を続けていたが、ルークは最後まで聞かずに立ち上がるとパッと消えた。どうやら花の下へ転移したらしい。
「『うつすといけないから、今日は来ないで欲しい』との言付けだったのですが……」
セレナは呟き、それを聞いたレナードは吹き出した。
「セレナ、青鹿の間まで送るよ」
そう言ってレナードはセレナと一緒にルークの執務室を出たのだった。
**********
薬を飲んで眠っていた花は額に誰かの手を感じ、目を覚ました。
「――ルーク?」
「起き上がらなくていい。そのまま寝てろ」
ルークは起き上がろうとした花の肩を押さえて優しく言った。
「ルーク……うつすといけないから、今日は来ないでって頼んだのに……」
花は少し怒ったように呟いた。
「大丈夫だ。俺は大人になってから、風邪も、他の病気にも罹った事はない」
「……バカは風邪をひかない」
思わず呟いた花に、ルークはペチっと花の額を叩いた。
「痛い、酷い、病人に優しくない」
「優しくされないような事を言うからだろう。魔力が強ければ、病気にもならないんだ」
「えー、なんでも魔力だね。私、ラ・フランスだ」
「なんだ、それは?」
「洋ナシ(用なし)です」
「………ハナ、大丈夫か?」
呆れたルークだったが、いつもの花とかなり様子が違うので急に心配になってきた。
「んー大丈夫。季節の変わり目にいつも風邪ひいちゃうんです」
「そうか。治癒魔法をしてやろうか? 早く楽になれるぞ?」
「痛いのイヤ」
なんだか注射や点滴を思い出してそう言ってしまった。
「痛くはない。むしろ、気持ちいいぞ」
「なんかそれ、いけない誘惑みたい。ルークのスケベ」
「……本当に、大丈夫か?」
そう言ってルークは花の額に手をやる。かなり熱が上がって来たようだ。
「んー花は只今、病気療養中の為、黒い妖精のブラック花ちゃんが対応しております」
「ハナ……」
「ねえ、ルーク」
「ん? なんだ?」
「ずっと、傍においてね。離れないで……」
その言葉を最後に、花はまた眠ってしまったらしい。
「……」
――― なんだ? このかわいい生き物は!
ルークは思わず花を抱きしめようとして、堪えた。というか、悶えた。
内心ダダ漏れの黒い妖精、ブラック花ちゃんは、ルークに『萌え』という感情を教えたようだった。
次の日、すっかり熱の下がった花もまたすべてを覚えていた為、ブラック花の言葉に悶えた。
羞恥のあまりに。




