23.ナンパでお茶会。
「図書館は楽しまれましたか?」
「ええ、とても。大体どんなものがあるのかも把握できましたので、満足しております」
もう我が儘は言いません。と暗に告げる。やはり護衛たちも堂々と守る方が楽だろうし、これ以上迷惑をかけるのは申し訳なかったからだ。
その言葉に更に爽やかに笑ったディアンは恐ろしい事を提案した。
「では、せっかくお会いできたのですから、これから一緒にお茶でもどうですか?」
――― なぜこれほどの爽やかな笑顔でナンパなセリフを吐いていながら、ここまで負のオーラを振りまけるのだろう……。
花はディアンの笑顔に戦慄したが、なんとか勇気を振り絞り、断ろうと口を開いた。
「あの……お誘いはとても嬉しいのですが……もう戻らないと……」
「大丈夫です」
――― 何が? 何が大丈夫なの!?
思わずカイルたち護衛の方へ視線を向けるが、みんな申し訳そうに目を伏せ、下を向いた。
――― くそー! 見捨てられた!!
花はカイルたちを恨みたくなったが、しょうがない。自分が同じ立場なら、迷わずそうしただろうから責められない。仕方なく、ディアンの提案と言う名の脅迫を受けた。
「わかりました……では、お言葉に甘えまして……」
こうして、試練のお茶会開催が決定した。
**********
ディアンに連行されたのは、貴族達のサロンだった。
侍女姿の花とディアンがサロンに入室した途端、そこにいた貴族達が沈没船から逃げ出すかのように、我先にと消えて行った。
恐らくディアンが誰かを探しに侍女を連れて入って来たと思ったのだろう。
――― この人……いったいどれ程の恐怖政治を行っているの?
マグノリア帝国の恐怖政治は二大巨頭によって行われており、ディアン以上にルークは臣下たちに恐れられている事を、花はまだ知らなかった。
レナードに言わせれば二人とも邪悪なオーラを纏いすぎて、もはや魔王と冥王にしか見えないそうだが。
「おや、空いていて助かりましたね」
そう言って爽やかに微笑むと、サロン付きの侍女にお茶の用意を頼む。
――― いや、空いていたんじゃなくて、空いたんです。たった今!!
花は心の中で相変わらずツッコミを入れながら、勧められた席に座る。
そうして、お茶が運ばれてくるまでのとても短くて恐ろしく長い間、二人無言で微笑み合っていた。
――― ここで目を逸らしたら負けだ!! きっと殺られる!!
まるで獰猛な猛獣に相対した時のように、自分を叱咤して花は睨み――いや、微笑み続けた。
部屋には、花とディアンの二人と急きょ駆け付けたセレナの三人だけだった。
いくら皇帝の信厚い宰相とはいえ、皇帝の側室と二人きりになることは許されない。
ちなみにディアンはレナード並に魔力が強いらしく、護衛は扉の外に控えている。
そうして恐る恐るといったていで、サロン付きの侍女がお茶を運んで来てセレナに引継ぎ、下がった後、ディアンが口を開いた。
「そういえば、侍女様はハルンベルツ侯爵をご存知ですか?」
侍女姿のままの花を、嫌味のように『侍女様』と呼んでディアンは尋ねた。
「ハルンベルツ侯爵ですか? 何度か偶然にお会いしておりますし、素敵な贈り物を頂きました。それに三人のお嬢様方とも一度、お茶をご一緒させて頂いております」
「そうなのですか? では今、生死の境を彷徨っているのはご存知ですか? お嬢様方三人と仲良く」
「そうなのですか!?」
花は素直に驚きを口に出した。
――― 内容にも驚きですが、言い方にも驚きです。怖いです。
「ええ、昨晩の事なのですがね……」
「暴漢にでも襲われたのですか?」
色々賄賂も頂いたし、お見舞いの品でも贈ったほうがいいだろうか? と思案していると、ディアンの口から更に驚きの言葉が出てきた。
「いえ、皇帝陛下のお力だそうですよ」
「陛下が!?」
「ええ。昨晩、セルショナードからの使者との晩餐の後に」
「そうですか……」
「ハルンベルツ侯爵もお嬢様方も、肋骨がすべて折れてしまって、いくつか臓腑に刺さり、また他の臓腑も圧迫によって損傷が激しいそうです」
「宰相様!」
淡々と怪我の具合を告げるディアンに、セレナが青ざめた顔で抗議の声を上げる。
女性に聞かせるような話ではない、ましてや皇帝の側室に話す内容ではない。
しかし、花はそれを聞いても少し顔色を悪くしただけで、また同じように答えた。
「そうですか……」
花は昨晩のルークの様子を思い出していた。あれほど苦しんでいたのはハルンベルツのせいなのかと思うと、ハルンベルツに同情よりも、怒りが湧く。
ディアンはそんな花を観察しながら紅茶に口をつけると、お菓子の載ったお皿を持ち上げた。
「この、チュシャの実のタルトはおいしいですよ? おひとつどうぞ」
そう言ってディアンは、血のように赤い色をした実がジャム状に潰され、ベッタリとタルトに載せてあるお菓子を勧めてきた。
「ありがとうございます」
花はニッコリと微笑み、タルトの乗ったお皿から一つ取り、口へと運んだ。
それをまた、爽やかに微笑みながら見ていたディアンが口を開く。
「そういえば、このタルト……ハルンベルツ侯爵の好物でしたよ、確か。侯爵が少しでも回復されたら、お見舞いに如何ですか?」
――― さっきから、ネチネチネチネチ……このネチネチ宰相め!!
花は心の中で勝手にディアンを名付けてから、微笑んで答える。
「まあ、なぜ私が侯爵のお見舞いを?」
「なされないのですか?」
「ええ」
「では、陛下がなぜこのような事をなされたかは、お聞きにならないのですか?」
「何のために?」
花は微笑みながら、わからない、と言う顔をする。
例え侯爵に一片の罪がなくとも、皇帝が断罪をしたのなら、それは罪なのだ。それを側室である花が口に出す事はあってはならないし、見舞いをするという事は皇帝の意に反すると言う事だ。
それをわかっていて問うてくる宰相の真意を量ろうと、花は微笑んだままディアンから視線を外さなかった。
それを受けたディアンは爽やか暗黒笑顔ではなく、ニヤリと笑った。
あの、ルークの意地悪そうな笑みとよく似ていた。
どうやら、色々と試されていたらしい。
**********
「レナードって、双子だったんですね」
夕食後のお茶を飲みながら、花はポツリと呟いた。
「……会ったらしいな」
「はい」
「災難だったな」
「はい」
実に簡潔な応答が続いたが、次に花は疑問を口にした。
「ルークとレナードと……ディアンは幼馴染みなんですね?」
「ああ、あいつらは身分も申し分なく、年も同じだったから、俺が生まれた時から将来の俺の近侍として、一緒に育てられたんだ。勉強も遊びも常に一緒だったが……何をしても、いつもディアンが一番だったな」
「え? でも……」
魔力はルークが一番ではないのか、と花は疑問に思ったのだが、その疑問にルークはすぐに答えてくれた。
「子供の時は皆、ほとんど魔力は持っていない。体の成長が止まる十八歳くらいから、魔力は増していくんだ。魔力が急激に伸びだしたら、体の成長はほとんど止まる。まあ、生まれた家系で、だいたいその子供の魔力がどれくらいになるかはわかるもんだ。たまに例外もあるがな」
「なるほど」
「あいつは子供の頃から、色々な意味で最強だったな……レナードが体を鍛えて騎士になったのも、元はあいつに……」
そこで、言葉を切ったルークの後を花は継いだ。
「勝つためですか?」
「いや……殴られても、蹴られても、痛みに耐えられるように、と……」
「レナード……」
――― 前向きなんだか、後ろ向きなんだが……。
なんだか花は色々とレナードが気の毒になってきた。
あのネチネチ宰相の弟に生まれたばかりに、いらない苦労をしたのかと同情する。
その時、ふと思った事を口にしてしまった。
「ディアンって……鞭とか持ってそうですよね」
「ん? 鞭は持ってないぞ? あいつが持っているのは……いや、やめておこう」
「何ですか!? なんで途中でやめるんですか!! 気になるじゃないですか!!」
本気で言ったわけではない言葉に、妙に気になる言葉を続けられて花はルークに詰め寄った。
「いや……ハナ、やはり人間知らない方が幸せな事もある」
朝と同じ事を言われたが、今度は納得できなかった。
「ええ!? なんですか!? それ!! 気になって眠れないじゃないですか!!」
「……じゃあ、気になっておけ」
「えええ!!」
***
そんなやり取りがあったものの、結局、その日の花は、二分で眠りに落ちた。
「――やっぱりか」
ルークは一人呟いたのだった。