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19.遠くへ行きましょう。


「まだ、起きていたのか?」

 

 ルークの声に、寝台に座って図鑑を読んでいた花は顔を上げた。

 

「――ルーク」

 

 花はホッとしたような顔で笑う。

 その花の笑顔を見て、ルークは呟いた。

 

「……別に、笑うしか能がなくても構わないがな」

 

「え?」

 

 ルークの声は花には届かない。それに構わずルークは続けた。

 

「今日は遅くなるから、先に休むように伝えたはずなのに、なぜまだ起きているんだ?」

 

 花はいつもルークが来るまで起きて待っているので、今日はわざわざ、言付けをしたのだった。時刻は地球で言う0時を回っている。

 花はルークの問いにしれっと答える。

 

「私、明るすぎると眠れないんです。だから早く暗くして下さい」

 

「――お前な……」

 

 花の言葉に、ルークは怒ったような、呆れたような声を出す。

 もちろん花は明るくても眠れる。そして、それをルークもわかっている。

 ルークは先程までの暗澹たる思いが、花の笑顔によって消えていくように感じた。

 

 花はルークが心配だった。ユシュタールに迫る危機を、ルークは必死で防いでいる。なのに、ルークも誰も、何も言わない。

 貴族達はそれを当たり前の事としか思っていないようだ。

 そして、これから戦争が起こるかもしれない。詳しい事はわからないが、他国もルークの力に頼っているはずなのに。なぜなのか。

 花は腹が立って、悔しくて、心配で、悲しくて、グシャグシャの気持ちだった。

 

 寝台にルークも入って来て横になったので花も横になった。と、いつものように、部屋は優しい黒色に染まる。

 ぼんやりとした暗闇の中、ルークの影を見ていた花だったが、そっとルークに近づき、抱きしめた。

 意識的に、寝台でルークに近づいたのはこれが初めてだった。

 

「どうした? 抱いてほしくなったか?」

 

 そう言ったルークのニヤリと笑ったような気配がしたが、花はそれを無視した。

 

「ルーク、大丈夫?」

 

「……大丈夫だが?」

 

「本当に大丈夫?」

 

「俺は、大丈夫だ」

 

 少し含んだ言い方に花は気付いたが、気付かないふりをして答えた。

 

「そう。それならいいです」

 

「いいのか?」

 

「いい。ルークが大丈夫なら、私はそれでいいです」

 

「――お前、それは……」

 

 言いかけたルークだったが、花の寝息を聞いて、溜息を吐いた。

 

「相変わらず……」

 

 そう呟いて、ルークは心から楽しそうに笑った。

 

 ――― お前、それは殺し文句だろう。

 

 最後まで言わなかった言葉を飲み込んだ。

 

 

  **********

 

 

 ――― 苦しい。

 

 花は、息苦しさに目が覚めた。

 その苦しさの原因はすぐにわかった。

 ルークがかなりの力で花を抱きしめているのだ。すっかり慣れた体勢だが、こんなに力を入れられたことはない。

 

「ルーク?」

 

 声をかけるが返事はなく、ルークは苦しそうにうなされていた。

 

「ルーク!」

 

 先ほどより大きな声を出すが、ルークは目覚めない。

 花はなんとか動く右腕で、ルークの背中をなでる。

 

「ルーク、大丈夫だよ」

 

 何度も優しく声をかけながら背中をなで続けていると、腕の力が緩んだ。

 ホッとした花はルークの腕から抜けだし、起き上がった。そのままルークを見下ろすと、ルークはまだ苦しそうに眉間にしわを寄せ、歯を食いしばっている。

 眠りの中でまで苦しんでいるルークに、悲しみが募る。

 花はルークの傍に座り背中を優しくなでながら、小さい頃にナニー(乳母)に歌ってもらった子守唄代わりだった歌を歌った。

 優しく起こさないように、そっと。

 随分、久しぶりに歌った曲だったが、ちゃんと覚えていた。

 歌い終わってふと気がつくと、ルークが目を開けて驚いたように花を見ていた。

 

「あ……」

 

 花は歌を聞かれた事が恥ずかしくて、赤くなりながら、しどろもどろに話した。

 

「あの……ルークが……あんまりにも、うなされてて……歌を……」

 

 そんな花に構わず、ルークは起き上がり花に詰め寄った。

 

「ハナ、今のはなんだ? 治癒魔法の呪文か?」

 

「え? 呪文? ち。違います。ただの歌です。ご、ごめんなさい、起こすつもりはなかったんですけど……」

 

「歌? 今のが?」

 

 この言葉に花は傷ついた。

 

 ――― う。そりゃ、久しぶりに歌ったから、音痴だったかもしれないけど……。

 

「ハナ、もう一度歌ってくれ」

 

「ええ!?」

 

 ――― この状況で、もう一度歌えるだろうか? いや、歌えない。

 

 なぜか反語を使って、心の中で否定した。

 花は子供の頃から歌を歌うのが大好きだったが、酷く傷つく出来事があってから、人前で歌う事をやめてしまった。

 それからは誰もいない時、ピアノ練習室などで歌った。ピアノを弾きながら歌うこともあったが、決して、人には聞かせなかった。

 そして今、ルークに歌ってくれと言われても、改めて歌うことの恥かしさと言ったら。

 だが、ルークの眉間にしわを寄せた真剣な眼差しに、先ほどの苦しそうな顔を思い出して覚悟を決めた。

 

「……じゃあ」

 

 そう言って一度咳払いをし――咳払いすると、なんだか却って恥かしさが増したが、勇気を出して歌いだした。

 

 

 遠くへ 遠くへ行きましょう

 小鳥さえずる 森をぬけて

 風のわたる 丘をこえて

 遠くへ 遠くへ行きましょう

 そこがあなたの愛する場所

 

 遠くへ 遠くへ行きましょう

 星のまたたく 砂漠をこえて

 光かがやく 水面を渡り

 遠くへ 遠くへ行きましょう

 そこがあなたの愛される場所

 

 

 歌っているうちに、ノッてきた花だったが、歌い終わるとやはり恥かしい。俯きがちに、ルークを見やる。

 ルークは驚いたような、しかし、泣きだしてしまいそうな顔をしていた。

 

「ルーク?」

 

 花はルークの表情がつかめず、恐る恐る声をかけた。

 

「ハナ……お前はいったい何をしたんだ?」

 

「え?」

 

 問いかけながらも、ルークは自分の両の手を見て握ったり開いたりしている。

 

「ルーク?」

 

 もう一度、花は問いかけた。

 

「魔力が……満たされている」

 

「え?」

 

 やはりよくわからない花に、ルークは少し困ったように笑う。

 

「ハナ、ユシュタールが今、崩壊の危機に瀕しているのは知っているか?」

 

「――はい」

 

「――それを食い止める為に、魔力の強いものたちは必死で力を注いでいる。俺も、そのうちの一人だ……だから、俺自身がいくら魔力を生み出しても、次々と流れ出してしまって、俺の魔力の器が満たされるという事は、今までなかった」

 

 実際は、ルーク一人で食い止めているのに近かったが、それは言わなかった。

 

「それが今、満たされている」

 

「ホントに?」

 

「ああ。それに……何というか……上手く言えないが、とにかく、今すべてが満たされているような気がする」

 

「え?」

 

 ルークの言葉に、花は驚いた。

 

「ルークは……少しは楽になれた?」

 

「ああ」

 

 花の問いにルークは強く頷く。

 それを見た花は本当に嬉しそうに笑った。

 

「よかった……」

 

 ――― 少しはルークを癒せた? ルークは楽になれた? 私は役に立てた?

 

 誰に聞いているのでもない問いかけを心の中で繰り返す。

 気がつけば花は泣いていた。ポロポロと涙がこぼれ落ちてくる。

 

「ハナ、泣くな」

 

 ルークはそっと花を抱き寄せた。

 

 音楽を奏でられるのは楽器だけではない。声も素敵な音楽を奏でられる。

 素敵な声で、素敵な歌を、素敵な音楽を。

 歌声は心を満たし、体を癒す。

 

 その事に花は気付いた。

 花の歌でルークを癒せるなら、また歌おう。

 涙の止まらない花は、それでもルークの腕の中で決意したのだった。

 


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