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17.コサックダンスでどうでしょう。

 

 ルークたちが帰ってから暫くすると、また青鹿の扉がノックされるようになった。

 今度は、面会の申し込みだ。

 後宮への立ち入りは、昼の刻、二歩、三分以降と決まっている。地球時間でいうと十三時以降だ。腕時計をしていて本当によかったと思う(しかも太陽電池)。

 なんでこの世界の時間はこんなにややこしいんだと思うが、ひょっとしたら地球人より長い寿命の為、時間の感覚が違うのかも知れない。

 そう考えると、花は自分がのんびり散歩をしている人たちの中で一人、必死でマラソンをしている気分になる。

 

 午前中にあれほどの賄賂――もとい、贈り物が届いたのは、午後からの面会の為に心証を良くしようという魂胆もあるだろう。

 だが、今日もジャスティンに王宮を案内してもらう予定なので、すべて断る。昨日は、次々と足止めされた為、まだ三分の一も回っていないのだ。

 ジャスティンが迎えに来るまでに、セレナとエレーンに手伝ってもらって、贈り物の内容を送り主の名前と一緒にリストアップしていく。

 宝石やドレス、甘そうなお菓子など様々な物が仕分けられていく。

 

 その中で驚いたのが、昨日出会った政務長官のセインからも贈り物が届いていた事だ。

 それは花自ら包装を開け、中身を広げてみると――スケスケの夜着だった。

 

 ――― え? 『陛下を癒して差し上げて下さい』って、そう言う事!? そう言う事なの!? ねえ!!

 

 心の中で、セインに思いきりツッコミをいれた花だった。

 しかし、心がこもっているのはわかったので、この夜着は換金されることなく、花の衣裳部屋に仕舞われることになった。

 これ以来、花の中でセインは『スケベ親父』と名付けた。せっかく名前も覚えていたのに。

 そうして作業を進めるうちに、ふと花の視界に空き箱が入った。

 

 ――― そういえば、昔はよく空き箱を太鼓代わりに叩いて遊んだな……。

 

 昔を思い出した花は、ハッとした。

 

 ――― 楽器がなければ作ればいいんだ!!

 

 そう思い立った花は、居ても立ってもいられず作れそうな楽器を考えていたが、そこへジャスティンが迎えに現れ、一旦中断することにした。

 やっと使命が果たせるかも。そう思うと心が軽くなる。

 次から次へとまた湧いてくる、貴族たちの失礼な振る舞いも気にならない。

 今日の王宮見学ツアーには、護衛の二人とエレーンに付いて来てもらった。昨日はセレナだったので、今日は青鹿の間で待機してもらっている。要するにお留守番だ。

 

「ねえ、エレーン。エレーンは今、何歳なの?」

 

 花たち一行は、『月光の塔』という塔がある場所へ続く渡り廊下を歩いていた。

 ふと、昨日のルークとの会話を思い出した花は、気になってエレーンに尋ねた。

 

「私ですか? 私は若輩者で恥ずかしいんですが、四十八歳です」

 

「……へー」

 

 それから、セレナが五十三歳、ジョシュが百十四歳、カイルが九十八歳、そして、ジャスティンが二百八歳だという事を聞いた。もう、驚くのもバカバカしくなってきた。

 

 王宮を案内してもらいながら、貴族たちに邪魔されない間はジャスティンに、この世界の色々な事を聞いた。

 魔力というのは、五十歳くらいにピークに達し、そのまま力を持続していく。その持続時間には個人差があり、徐々に魔力が衰え始めると、容姿も衰えていく。しかし、衰え方にも個人差があるらしく、衰え始めて五十年くらいで亡くなる人もいれば、百年くらいは生きる人もいるらしい。

 ちなみに、この王宮にいると、魔力を補えるのでやはり、衰え方は緩やかになるらしい。

 

 それと、魔法についても聞いた。

 この国に住むほとんどの人間が、簡単な魔法なら使えるらしい。簡単な魔法とは、明かりを灯したり、汚れたものを綺麗にしたり等、生活に欠かせないような魔法で、生活魔法という。そして、そういう魔法でも、魔力の差が魔法の差になるらしい。

 例えば、浄化魔法では、汚れた服一枚を綺麗にするのが精一杯といった力と、家一軒を丸ごと綺麗にする程の力と、それくらいの差がある。

 そして、魔力がある程度強くなければ使えないのが、攻撃魔法や防御魔法らしい。これらは生活魔法に比べて格段に魔力も使うし、呪文も難しいらしい。だが、特に魔力の強い者、王族レベルの魔力を有する者は、別次元に魔法を存在させる事ができ――なんたらかんたらで、詠唱を必要としないらしい。とにかく凄いってことだ。

 最後に特別な魔法として、治癒魔法というのが存在するらしい。

 これは本当にごく限られた一部の人間にしか使えないらしく、また治癒と言っても、個人の持つ治癒力を高めるものなので、失ったものを取り戻せるわけではないらしい。

 例えば、治るのに一か月かかるような怪我を、治癒力を高めることによって、一時間で治すとか――要するに、早送りだ。

 

 ジャスティンの説明はわかりやすく、途中に邪魔が入ってもある程度理解することができた。

 ちなみに、ルークとレナード以外の花に関わる信用のおける人たちには、異世界ではなく遠い地方から来た、ということになっている。

 あと三分の一の王宮見学はまた明日、と部屋に戻る事にした。その途中で花は外に目を向けて、思わず声を上げた。

 

「あ! あれ!」

 

「ハナ様、どうされました?」

 

 ジャスティンが同じ方向を見て、不思議そうに聞いてきた。当然だろう、外には別段、変わったことなどないのだから。

 

「あの葉っぱが欲しいです」

 

「あの木の葉ですか?」

 

「はい」

 

 恐らく、その場にいた花以外の全員が不思議に思っていただろう。しかし皆、何も言わず「五,六枚欲しいです」と言った花の言葉に従い、ジャスティンが採って来てくれた。

 

「ありがとう」

 

 満面の笑みでお礼を言った花に、ジャスティンは一瞬、眩しそうな顔をしたが何も言わず、その場で深くお時儀をしただけだった。

 そうして、一行は青鹿の間へ戻ったのだった。

 

 ジャスティンに採って来てもらった葉、それは月桂樹によく似た葉っぱだった。

 昔、よく遊びに行った、母方の祖父の家の庭で育てていた月桂樹の葉で祖父がよく、草笛を吹いてくれていたのだ。

 それを思い出し、寝室へ一人下がって当時の祖父の真似をして、唇に葉をあてる。

 

 ブウー。

 

 ――― 難しいな……。

 

 ハフー。

 

 ――― うーん、こうだったかな?

 

 と、何度も何度も吹いてみるが、一向に音が鳴らない。そして、段々と花は酸欠状態になって、寝台に寝転んだ。

 その酸欠の苦しさに、花は思い出したくない事まで思い出した。

 

 ――― 私……笛の才能……というか、吹奏楽の才能がないんだった。

 

 花は音楽の授業が大好きだった。そして小学三年生になって、リコーダーを使うことになった時には、ずいぶん張り切っていた。というより、張り切り過ぎていた。

 そして、みんなで演奏している時に段々と息継ぎが出来なくなり、意識すればするほど出来なくなり、酸欠状態になって倒れたのだ。慌てた音楽の先生は、養護の先生を通さずに救急車を呼んでしまい、救急車で病院に運ばれてしまった。

 それからも頑張ったのだが、花のトラウマというより先生のトラウマになったらしく、花がリコーダーを吹く時には、恐ろしい程の視線を感じた為、上手く吹けず、そのまま花のトラウマにもなってしまった。

 その後、トラウマを克服しようと中等部へ進級して、部活で吹奏楽部に入部したのだが、悉く失敗に終わり、結局、パーカッション(打楽器)を担当する事になったのだった。

 

 ――― 笛なら、なんとか自分で作れるんじゃないかと思ったのにな……。

 

 結局、笛関係は諦めることにして大きく溜息を吐いた。

 

 ――― 正直なところ、打楽器が一番簡単なんだろうけど……。

 

 吹奏楽部では、パーカッションを担当してたので、思い入れもあるのだが。

 確かに、太鼓などの打楽器は、簡単に作れて気軽に演奏できる一番身近な楽器だろう。しかし、癒しとしてはどうなのだろうか。もちろん、太鼓一つで色々な音を出せ、楽しむ事はできる。思わず躍り出したくなるような、心が弾むような楽しさが作れる。

 

 ――― でも、何か違う気がする。

 

 思わずルークがウキウキと躍っている場面を想像して、花は顔を顰めた。

 そして、なぜかルークがコサックダンスを踊っている場面まで想像してしまい、一人爆笑した花だった。

 

 

  **********

 

 それから結局、いい案は思い浮かばず夕食を済ませた後、寝る準備を整えて一人寝室にいた。

 寝台に座ると、サイドチェストの上に置いた葉っぱが視界に入った。

 なんとなく、諦めきれずにもう一度、葉を口にあてる。

 

 ベヘー。

 

 バフー。

 

 

 やはり、どうにも吹けない。

 

 

 ブビー。

 

 ベブー。

 

 

「何してるんだ?」

 

「ばぎょ!!」

 

 突然、後ろからルークに声をかけられ、花は飛び上がるくらいに驚いた。ルークは顔を顰めている。

 

「ハナ……お前の悲鳴は、段々と人間離れしていってるぞ?」

 

「誰のせいだと思ってるんですか!?」

 

「で、何をしてたんだ?」

 

 花の言葉は相変わらず無視してルークはもう一度訊いた。花もそんなルークにこだわっても無駄なので、素直に答える。

 

「これは、く……」

 

「く?」

 

 素直に答えようと思ったが、楽器演奏を「なんの為にするのかわからない」と言うルークに、まともな音を出せない花が草笛を説明するのは誤解を招きそうで、草笛の名誉の為にやめた。

 

「これは草です」

 

「……そうだな」

 

「葉っぱとも言います」

 

「……そうだな」

 

「では、寝ます」

 

「……そうか」

 

 草笛の名誉は守れたかもしれないが、花の名誉は守れなかった。

 そうして寝台に横になった花はルークのコサックダンス姿をまた想像して、一人クスクス笑ってしまい、ルークから白い目を向けられていたのだが、気付かなかった。

 

 そして、また五分で眠りに落ちた。


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