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番外編.沙耶の音楽。

 

 時折、どこからか聞こえてくる美しい音色がある。

 それは、悲しみと苦しみに押し潰されそうな時、慰めてくれるかのような温かな音楽。

 前へと踏み出す一歩に迷い、怖くて動けなくなった時、励ましてくれるかのような優しい音楽。

 嬉しくて楽しくて心躍る時、一緒に喜んでくれるかのような明るい音楽。

 その全ての音色が懐かしく、訳がわからず涙が込み上げてくるのだ。


「――沙耶、大丈夫か? 看護師さんを呼ぼうか?」

「ううん……大丈夫。ありがとう」


 ベッドに横たわり、涙を流す沙耶を心配して夫が優しく声をかけてくれる。

 だが沙耶は微笑んで首を振ると、腕の中の愛しい存在を見つめた。


「ひょっとして、また聞こえた? 懐かしいピアノの音」

「うん。まるで祝福の鐘みたいだった」


 空から舞い下りてくるような不思議な音色は沙耶だけにしか聞こえない。

 そのことに初めは戸惑い、次第に受け入れ、今は胸に秘めている。

 それでも愛する人にだけは、その特別な音楽のことは話していたから理解してくれるのだ。


「やっぱり女の子だったね」

「ほんと沙耶の予想通りだったな。名前はどうする? 顔を見てみないと考えられないって言ってたけど、何かピンとくる名前はあった?」


 夫は問いかけながら沙耶の腕の中の赤ん坊の頬を指先で優しく突っついた。

 すると、三十分ほど前に生まれたばかりの赤ん坊は、ほんわり笑ったように見えた。


「……花」

「花の名前? 〝さくら〟とか〝もも〟とか?」

「ううん。〝はな〟よ。今の笑顔は反射だってわかってるけど、でも花のような笑顔だったと思わない? だから〝花〟……親バカかな?」

「花か……。うん、すごい可愛い。花にしよう」


 噛みしめるように呟いた夫は、明るく笑って頷いた。

 沙耶は夫に初めて会った時から、この笑顔に強く惹かれたのだ。


「……あなたの名前は花よ。小泉花。素敵でしょう?」


 沙耶は夫から娘へと視線を戻して優しく語りかけた。

 娘は――花は再びほんわり笑うと、満足したかのようにゆっくり目を閉じる。

 沙耶も夫も静かにその様子を見守り、やがて二人は顔を見合わせて微笑んだ。


「聞こえる」

「ん? 音楽が?」

「うん。子守歌のような優しい音色」

「くそぅ。何で俺には聞こえないかなあ。残念すぎる」


 夫はわざとらしく嘆いてベッドに顔を伏せた。

 しかし、すぐに顔を上げてにっこり笑う。


「ひょっとして、花には聞こえているのかもな。それで気持ちよくて眠ったとか?」

「……そうかも」


 今まで沙耶にしか聞こえなかった音楽が花にも聞こえているかもしれない。

 沙耶は夫の言葉に喜び、感謝した。

 こんな荒唐無稽な話を信じてくれる温かな人なのだ。


 ずっと沙耶の心にぽっかり空いていた穴を埋めてくれたのは夫。

 そして今、沙耶の心は娘の花を抱いて完全に満たされたようだった。


 花には夫と二人でたっぷりの愛情を注ごう。

 花と一緒にピアノを弾こう。


 まるで天上の音楽のような優しい音色に包まれて、沙耶は幸せな未来に夢を馳せたのだった。






 本日6月27日、最終巻である『猫かぶり姫と天上の音楽4』がJパブリッシング様のフェアリーキスより発売されます。

 詳しくは活動報告をご覧ください。

 ここまで続けることができたのも、応援してくださった皆様のおかげです。

 本当に本当にありがとうございました。

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